探偵団結成?
「おーっすランガ、ちょっといいかー?」
その翌日、出発を明日に控えた日である。
学校から帰ろうとした俺にレントンが声をかけてきた。
「明日から親父さんの都合でしばらく遠くに行くんだろ?実はその前に一つ解決して欲しいことがあってよ」
「私からもお願い。ねぇいいでしょ? ランガ君」
ナージャも一緒だ。
一体何の用だかわからないが、友人の頼みである。
無碍に断るわけにもいかないか。
「何だよ、言ってみな?」
俺の答えに、二人はパッと顔を明るくした。
「実は最近教室で靴が盗まれる事件が起こってるんだよ!」
「誰かのいたずらじゃないのか?」
「ううん、私たちも最初はそうかと思ったけれど、聞いて回っても盗まれている子たちには全然接点はないの」
「俺たち二人で探し回ったんだからだよ。でも全然見つからないし困ってたんだ!」
「……ちょっと待て」
俺は頭を抱えて二人に尋ねる。
「そもそも何で二人がそんな事をしてるんだ? 誰かに頼まれたのか?」
二人は何故かニヤリと笑うと、こそこそと俺に耳打ちをしてきた。
「……へへっ、実は俺たち、探偵団を結成したんだよ!」
「は?」
意味がわからない。
俺は思わず素の声が出た。
「番兵さんから聞いたんだけどよ、親父さん、前に人間に化けて街に入り込んだ魔族を見破って対峙したんだろ? まるで物語に出てくる名探偵みたいによ。それを聞いて俺たちもやろう――って話になったんだよ!」
「うん、謎を暴く名探偵――すごくかっこいいもの! だからレントンの誘いに乗ったの! これ、私が作ったのよ。かっこいいでしょう?」
そう言って胸のバッチを見せてくる。
バッチには探偵帽子のマークが刺繍されていた。
「お前の分もあるぞ。もちろんアーミラちゃんのもな」
……いらねぇ。
ったくこいつら子供っぽい事してるな。
いや、子供なんだけどさ。
「まぁ事情は分かったよ。俺で力になれるかはわからないけどな」
「何言ってんだよランガ、お前すげー頭いいじゃんか! なっ、頼む!」
「……まぁあまり期待しないでくれよな」
「頼りにしてるわよ。ランガ君」
キラキラした目で俺を見る二人。
あまり期待されても困るのだが……頼むから普通の子供が普通に解決出来る程度のものにしてくれよな。
そんな話をしているうちに、現場である下駄箱へとたどり着く。
「ここだ! 俺たちの靴が盗まれているんだ!」
下駄箱は学校の入り口に設置されており、誰でも出入り可能だ。
盗もうと思えば誰でも盗めるが……わざわざ部外者が子供の靴を盗む理由がない。
この街はそこそこ豊かだしな。
盗まれるのは決まってないらしいし、悪戯でもないとの事だが……はてさてとりあえず見て見るとしますかね。
俺は下駄箱の周りを、じっくりと見て回る。
犯人が何者かはわからんが、証拠は必ず現場にある。
下駄箱の中や下、地面に廊下まで、丹念に見て回っていると……見つけた。
俺は地面にしゃがみ込むと、そこに落ちた数本の毛をつまみ上げる。
この毛は……そうか、今の時期は確か……確信を得た俺は、口元に笑みを浮かべる。
「何かわかったの? ランガ君」
「……あぁ、靴泥棒の犯人がわかったぜ」
「もうかよ! やっぱりランガはすげぇや!」
「ね!」
俺の言葉に、二人は嬉しそうに顔を見合わせるのだった。
■■■
学校を出て、向かった先は学校の裏山である。
「おいおいランガ、こんなところに泥棒がいるのかよ」
「あぁ、間違いないぜ」
俺は前を歩きながらレントンの問いに答えた。
現在、犯人の残した足跡を追跡中である。
ほとんど残ってはいないが、目に魔力を集中させればうっすらとその痕跡が見える。
足跡は山の中腹辺りまで続いていた。
「ねぇまだランガ君。疲れてきたよぉ……」
「しっ」
俺はナージャを黙らせると、その場で身を隠す。
「な、何だ一体!?」
「レントンも静かに。ここから真っ直ぐ、大きな木の下辺りを見ろ」
「大木の……あっ!」
レントンが見つけたのは、靴だ。
それも幾つも転がっていた。
「おおっ! すげぇぞランガ! 俺の靴もある!」
「でもなぜこんな所に……」
「それはもう少し見ていればわかるさ。二人とも静かにな」
二人はこくこくと頷いて、俺の言葉の通り静かに待つ。
どれくらい待っていただろうか、木の根元で枯れ草が揺れ動いた。
声を出そうとするレントンを手で制する。
木の根元から飛び出してきたのは、子狐だった。
もう一匹子狐、続いて親狐も這い出してくる。
「わぁっ、狐だ!」
小声で叫ぶレントンとナージャ。
子狐二匹はまっすぐに靴へと向かっていくと、それに噛み付いた。
「キャンキャン!」
「ギャワン!ギャワン!」
激しく靴に噛みつきながら、尻尾を振り乱し駆け回る子狐たち。
靴を地面に叩きつけ、投げつけ、取り合い、メチャクチャにしている。
よく見れば靴は子狐に噛み付かれ、ボロボロになっていた。
「ねぇランガ君、あれは何をしているの?」
「あれは狩りの練習さ。今は狐の子育て期だからな。親狐は子供の為に人間の靴を盗んできて、それを狩りの練習に使うんだよ」
「狩りの? なんでそれで靴なんだ?」
「一説には人の足の匂いが狐の好物に似ているからだとか。腐った果物の匂いとかな。……って近所に住む猟師のおじさんが言ってたんだ」
ちなみに魔王軍が人間界に出てきた時も、最初はよくやられていた。
やられすぎて、裸足で戦争に行くことになった奴もいたっけか。
ちなみに靴を餌にして、狐を捕獲して喰っていた猛者もいる。
「へぇー、よく知ってるな」
レントンは感心したように唸る。
「腐った果実の……」
ナージャはショックを受けたようだ。
何やら自分の足を気にしているようである。
言っておくが腐った果実のような匂いってのは動物の鼻にとっては、という意味だからな。
「まぁそういうわけだ。どうする? 二人とも、取り返すか?」
俺の問いに、二人は跳ね回る子狐たちを見て少し考えた後、首を振って返した。
■■■
そのまま、俺たち三人は手ぶらのまま山を降りた。
「二人とも、取り返さなくて本当に良かったのか?」
「野暮なこと聞くなよな。子狐たちがあぁやって狩りの練習に励んでるんだ。もういいさ」
「えぇ、それにあんなにボロボロになったらもう履けないでしょうし」
「だな! ははは!」
二人はあっけらかんとした様子で笑っている。
「このことは私たちだけの秘密にしましょう? 大人たちが聞いたら狐の巣を潰しちゃうかもしれないし」
「おおっ! そりゃいい考えだ! ランガもいいよなっ!」
「俺はまぁいいけどよ……とりあえず靴箱には蓋か何かをしておいた方がいいぞ。また取られるし」
「わかってるって」
本当にわかっているのかよ。
まぁともあれ一件落着だな。
さて、帰るとするか。
あまり遅くなると、先に帰って食事の準備をしているアーミラが、泣くからな。
「なぁナージャ、やっぱり……」
「うん、そうねレントン」
二人は何やら目配せすると、俺の方を向き直る。
「ランガ、お前が俺たち探偵団のリーダーになってくれよ!」
「は?」
本日二度目の素の声だった。
おいおい、一度断っただろうが。
「だってこんな事件をすぐに解決しちゃうんだもの! ランガ君しか考えられないよ! アーミラちゃんも誘って、ねっ!?」
「い、いやしかしだな……俺も忙しいし……」
「もちろん暇な時だけでいいからよ!」
「そうそう、たまにでいいからっ!」
これだから子供は押しが強くて困る。
しかも悪気もないし、空気も読まないと来たもんだ。
これ以上言葉を並べても押し切られるだけかもな。
二人に詰め寄られ、俺は観念してため息を吐いた。
「……わかったよ。暇な時だけな」
「おおっ! やったぜ!」
「これ、仲間のバッチね! アーミラちゃんにも渡しておいて」
「ハイハイ……」
俺は自分とアーミラの分のバッチを受け取り、ポケットにしまう。
だが二人はバッチをすぐに付けろとでも言わんばかりに、見つめてくる。
仕方なく襟首の目立たないところに付けると、満足したようだった。
よし、探偵団ごっこはアーミラに押し付けよう。
俺はそう心に決め、その場を後にするのだった。




