しばし、お別れ
「……というわけでクレア先生、しばらく学校を休ませてもらっていいですか?」
「そういう事だったらもちろん構わないわよ。あなたと、アーミラちゃんと、そしてダリルさんに神のご加護を」
目の前のシスター服の女性が胸元で十字を切る。
豊かな胸元でロザリオが揺れ、きらりと光った。
この人は俺の通うグリュエール教会神学校のシスター兼教師で、俺たちの担任だ。
いつも柔和な笑みを絶やさぬ優しい人で生徒からの人気も高い。
「ではお願いします。……ほらアーミラも頭下げろ」
「……おねがいしまーす」
だがアーミラは何故かこの先生とそりが合わないらしく、不機嫌そうなオーラを隠そうともしない。
今も頬を膨らませ、目を合わせようとしない。
クレア先生は気にせず微笑んでいるが。
「ふふっ、では二人とも、気を付けてね」
「はい、失礼します」
そんなわけで長期休暇の申告は終わり、俺たちは教員室を後にする。
「……お前、なんでそんな不機嫌そうなんだ?」
「ランガ様がデレデレしすぎだからですっ!」
ぷい、と横を向くアーミラ。
何言ってんだこいつ。
俺がキョトンとした顔をしていると、アーミラはやや涙目で俺を睨みつけてくる。
「あの女の胸ばかり見てたではありませんかっ! ……やはり、やはりランガ様も大きいのがいいのですかっ!? 確かに今の私はその……控えめではありますが、かつての私も負けてはおりません! 将来性はあります! そのうちきっと、あの女を超えて見せますっ!」
「……はぁ、そりゃ確かに見てたけど、それは俺の目線がクレア先生の胸の辺りだからだろ」
「合法的言い訳っ!?」
アーミラは何故かショックを受けているようだ。
ていうか言い訳じゃねーし。
そもそも前世ではお前だって胸元ばっくり開いた服を着て、俺にわざとらしく見せつけてきたじゃないかよ。
俺が無視してもしつこく、しつこくだ。
「馬鹿な事言ってないでクラスメイトにも挨拶に行くぞ。しばらく会えなくなるんだからよ」
「……あぁ、そういうのも必要でしょうか。ランガ様は本当に気が回りますね」
「それくらい普通だろ」
平穏な生活を望むなら、周囲への気配りは欠かせない。
そういう小さなところからほころびが出るものだからな。
人間社会では特に、である。
ちなみに前世でもそういう繋がりは大事にしていた方だ。
おかげで変わり者扱いされたけどな。
「ほれ、家に帰ったら行く準備があるんだからさっさと……」
「おーっす! ランガじゃねぇか!」
そんな事を言っていると、廊下の向こうから一組の少年少女が歩いてくる。
活発そうな少年は俺の友人レントン、そして地味な少女はナージャ、アーミラの友人だ。
「あら、ごきげんようナージャ。それにレントン」
「やっほーアーミラちゃん、今日も可愛いねー!」
「ごきげんよう、アーミラちゃん。そしてランガ君も」
元気よく手を振るレントンと、芝居がかかった仕草でスカートの裾を広げるナージャ。
レントンが俺に駆け寄ると、肩に腕を回してくる。
「おいおい、教員室なんか行って何してたんだよ、ランガ」
「あぁ、親の事情でしばらく学校を休むことになってな。その報告に来たんだ」
「マジかよっ! どれくらいだよ!?」
「さぁ……まぁ十日くらいだと思うけど……」
親父曰く、だが……親父の言葉はあまり信用できないんだよな。
一応クレア先生には二日ほど多めに言ってある。
「隣街に行くんだよ。親父仕事の付き添いでな。護衛の仕事らしい」
「おおっ! 鬼十字のダリルの活躍を生で見れかもしれないんだな! くぅー! 俺も行きてぇーっ!」
レントンは地団太を踏みながら悔しがっている。
こいつは親父の戦いを見て、信者になったのだ。
……実際には俺が親父の鎧を着て戦ったのを見てただけなんだけどな。
都合がいいのでそのまま勘違いしてもらっているのだ。
「ってなわけでしばしお休みなんだ。皆にもよろしく言っておいてくれ」
「仕方ねーなぁ。土産忘れんなよ!」
「あの、アーミラちゃんも行くの……ですか?」
ナージャの問いに、アーミラはこくりと頷く。
「寂しくなるわね。寂しいかしら? 『盟友ナージャ』」
「……! いえ、別れは永遠のものではありません。また再開の日を楽しみにしておきます。お達者で『我が友アーミラ』」
二人はそう言って握手を交わす。
「……なぁランガ、あいつらなんなんだ?」
「さぁ……」
ナージャはアーミラの大人びた喋り方に共感し、友人になった関係だ。
地味だが本などが好きなようで、演劇のようなやり取りにハマっているようなのである。
それにアーミラも付き合っているというわけだ。
俺とレントンには理解できない世界である。
「ちくしょー、ランガとはしばらく遊べないのかよー。つまんねーなぁ。ナージャ」
「えぇ、でもあなたと共にする時間も嫌いではなくってよ」
「こういう喋り方するからなぁー。あんまりやってると友達なくすぜお前」
「……なによ、かっこいいでしょう! それにあなたたちの前でしかやってません!」
レントンがからかうと、ナージャが少しむっとしたように睨む。
「はいはい、そうですねー。ていうかトランプやろうぜ、せっかくの休み時間だしよ」
「ふっ、別に構いませんが……瞬殺されても文句は言わないでくださいね?」
「いいやがったな? 覚悟しやがれよ!」
そんな会話をしながら、二人は駆けて行った。
「……あの二人、意外と仲良しだよな」
「えぇ、うらやましいです」
「ハッ、なんだそりゃ?」
取り残された俺たちは、それを見て苦笑すると学校を出るのだった。




