大人の都合で
「おうランガ、遅かったじゃあねぇか!」
帰った時には夕方だった。
あの後もお茶だのケーキだのと色々付き合わされたからな。
おかげでかなり時間がかかってしまった。
げっそりする俺と反対に、アーミラは元気いっぱいだ。
「ただいま帰りましたっ! すぐご飯にしますね、ダリル様っ!」
「おうアーミラちゃん、楽しかったかい?」
「はいっ! とっても!」
満面の笑みで応えるアーミラ。
なんつーいい笑顔だよ全く。
「ったくそれに比べて本当にだらしねぇなぁランガはよ」
「……ハハ」
思わず乾いた笑いが漏れる。
ほっとけちくしょう。女子のエネルギーは半端ないんだよ。
あぁすごく疲れちまったぜ。
早く風呂に入って飯食って寝たい。
「おかえり、ランガくん。アーミラちゃん。お邪魔しているよ」
「ガエリオさん」
中に入ると、そこにはイケメンなお兄さん、ガエリオがいた。
この人は親父の上司で、若くして兵隊長な上、美人の嫁と可愛い息子がいる。
その上剣の腕も立つという、デキる人だ。
ガエリオはにっこり微笑むと、俺たちの前にしゃがみ込む。
「おや、お使いに行ってきたのかい? 偉いねぇ」
「うん、ガエリオさんは何しにきたの?」
「僕は引越しのお祝いを持ってきたんだ。みんなで食べるといい」
テーブルの上にはどっさりとフルーツの入った籠が乗っていた。
おおっ、豪華だ。リンゴにバナナにブドウもある。
俺はフルーツが好物なのだ。
前世は森育ちの俺にとっては、いわゆるふるさとの味みたいなものなのである。
だが人間社会ではフルーツは高価なので中々買えないのだ。地味に嬉しい。
「わあっ! 僕フルーツ好きなんだー! やったぁ!」
「ははは、喜んでくれて嬉しいよ。またそのうち買ってきてあげよう」
喜ぶ俺の横で、アーミラが頭を下げる。
「ありがとうございます、ガエリオ様。よろしければ食事をご一緒にどうですか?」
「悪いがアーミラちゃん、妻が家で食事を作って待っているのでね。また今度にしておくよ」
爽やかに笑うガエリオ。
うーん、イケメンだ。
その上愛妻家とは隙がない。
「それじゃあ失礼するよ。……あぁダリル殿、例の件、よろしくお願いしますね」
「任せといてくださいよ、がっはっは!」
何やら他の用もあったらしい。
親父は胸を叩き、馬鹿笑いしている。
なんだか知らんが、安請け合いしてないといいが……してるんだろうな。
まぁ俺には関係ないだろうから別にいいか。
「それより腹ぁ減ったな。アーミラちゃん、ご飯作ってくれよ」
「わかりましたダリル様、ランガ様も少々お待ちくださいませ」
アーミラはそう言うと、買ってきたものを手際よく分け、調理していく。
あっという間に出来上がったのは焼き魚と厚切りのステーキ、そしてエビのクリーム煮だった。
「うほーぅ! こいつは美味そうだ! 流石アーミラちゃんだ!」
「喜んでいただけて光栄です。いかがですか? ランガ様」
「うん、美味そうだ」
相変わらず料理の腕はピカイチだ。
前世の頃から俺に手の込んだ料理をよく食わせて貰ったのを思い出す。
……ただ、油断すると精を付けさせようと、ゲテモノを食わせに来る事もあるので注意が必要である。
昔、虫を食べさせようとしてきたからなこいつは。
「美味ぇ! 美味ぇ!」
ばくばくと食べる親父に続き、俺も頂く。
むぅ、文句なく美味い。
もくもくと食べる俺を、アーミラはじーっと見つめている。
「ふふっ、如何ですか? ランガ様」
「すげぇ美味いよ。腕を上げたな」
「それは良かったです、ランガ様に誉めて頂くために頑張りましたから♪」
……可愛い事を言ってくれるじゃないか。
これで暴走癖さえなければいいんだが……それは難しいんだろうな。
ニコニコするアーミラに見られながら、俺は食事を終えるのだった。
■■■
「ところで父さん、ガエリオさんは何の用事だったの?」
食後のバナナを剥きながら、親父に聞く。
「おう、警備の任務だよ。隣町でなんでも大事な会議があるらしいから、来週には出かけるぞ」
「へぇ、大変だね」
いわゆる出張ってやつか。
番兵さんってやつは大変だ。
だがそれは好都合、親父がいなけりゃのんびりできるな。
修行したり本を読んだりしながら、ゆっくり過ごすとしよう。
「なーに言ってんだ。お前も行くんだよ。もちろんアーミラちゃんもな」
「はあっ!? な、なんで!?」
「なんでもクソもねぇよ。お前らだけじゃ生活出来ないだろ。子供ってのは保護者と一緒にいるもんだ」
「学校はどうするんだよ!」
「そりゃあ休むしかねぇだろ。友だちと会えないのは残念だろうが、少しの間だけだ。それに友だちなら向こうで出来るかもしれねぇぜ?」
そう言って親父は俺の頭をわさわさと撫でる。
むぅ、勝手に決めてくれるぜ。
だがよく考えればこの身体に生まれてこの方、街の外には出た事ない。
家出修行も悪くないが、街の外へ行くのも色々面白いものも見れるかもしれないか。
「はぁ、わかったよ」
「わかりゃいいんだ! じゃあ明日学校に行ったら先生に報告しておけよ。出立は明後日だからな」
「しかも急だもんなぁ……ガエリオさんはもっと早く言わなかったの?」
「いやー忘れててよ。今その返事を聞きに来たんだ!」
だと思ったよ。
あの人はしっかりしてるから、多分かなりもっと前から言ってたんだろうな。
呆れる俺の頭に、親父は手を載せてくる。
「がっはっは! 大人の世界ってのは存外時間が早く進むもんさ!」
自分が時間にルーズなだけだろうに。
大笑いする親父の背中を見ながら、俺はため息を吐くのだった。




