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獣人ってやつ

「ありがとう、八百屋のおねーさん」

「あらまぁお姉さんだなんて、可愛らしい子だねぇ全く。ほらおまけだよ、持っていきな!」


 八百屋のおば……お姉さんにそう言って、おまけしてもらう。

 女性を呼ぶ時は基本、お姉さんがベターだ。

 憶えておいて損はないぜ。


「はい、ありがとう。これはお釣りだよ」


 そう言ってお姉さんが釣り銭を渡そうとした、その時である。

 ――殺気。

 咄嗟にお姉さんを突き飛ばし、身構える俺の視界を影が通り抜けた。


「ランガ様っ!」


 声を上げるアーミラに構わず、俺は視線で影を追う。

 長い手足を生かし、建物の上を跳躍する人影はその手に俺の小銭入れを持っていた。

 人影は俺と視線が合った事に気づくと、にやりと笑う。

 ちっ、スリか。


「ランガ様、追います!」

「わかった、俺もすぐに追いつく」


 駆けていくアーミラを見送り、俺はお姉さんに手を差し伸べる。


「大丈夫だった?」

「あたた……だ、大丈夫だよ……ランガちゃんも怪我はなかったかい?」

「うん、小銭入れをスられたみたい。憲兵さんに伝えに行ってくる」

「なんてこった! 大変じゃあないか! 私もついて行こうかい?」

「大丈夫だよ」


 ――取り返すからな。

 俺はそう呟いて、八百屋を後にする。

 ゆっくりと走り――全員の視線が切れたのを確認し、跳躍する。

 一瞬にして屋根の上に降り立った俺は、スリの逃げていった方へ駆けながらアーミラに念話をかける。


「アーミラ、捕らえたか?」

「申し訳ありません。かなり素早い奴でして……ですが北の三番区、路地裏へ追い込みました。現在追跡中です」


 一目があるとはいえ、あのアーミラがたかだかスリ一人を捕まえられないとはな。

 あの身体能力からして、只者ではないようだ。


「俺も向かう。奴から目を離すな」

「はいっ!」


 念話を切ると、北の三番区に向け速度を上げるのだった。


「ランガ様、お待ちしておりました」


 走っていたアーミラの横に、並び立つ。

 視線の先には小さな影が見えた。

 建物と建物の間を、かなりの速さで移動している。

 なるほど、狭い場所を自在に跳び回る身体能力か。

 土地勘のないアーミラでは苦戦するはずだ。

 だが、それもここまでである。


「ご苦労だったな、アーミラ。あとは俺に任せろ」


 そう言い残し、俺は思い切り屋根を蹴る。

 高速で景色が流れ、一気に距離を詰める。


「ひひっ、あの娘、しつこかったがここまでくりゃあ……」


 そのすぐ後、男の下卑た笑い声が聞こえた。

 既に俺は男の頭上へと迫っていた。

 振り上げた右足を、男目掛けて振り下ろす。


 ズンッ! と鈍い音がして男の頚椎にかかと落としがめり込んだ。

 そして勢いのまま、地面に叩きつける。

 着地し、見下ろすが男はピクピクと手足を痙攣させていた。

 どうやら立ち上がっては来れないようだ。


「はぁ、はぁ、さ、流石ですランガ様……」


 息を切らせながら、アーミラが追いついてきた。

 じっくりと見て、俺はようやくこの男の正体に気づく。

 男の腕には剛毛が生え、耳は尖っている。

 鋭い牙を持ち、身体は通常の成人男性より一回りは大きい。


「こいつ、獣人か」


 獣人とは、人と魔の間に生まれた半人半獣の種族である。

 高い身体能力を持つのが特徴で、性格は少々短気な者が多い。

 長年の月日を経て様々な種と混じった獣人は、姿形に現れる獣魔によって能力の差異がある。

 この顔貌、建物を跳び回る跳躍力からしてこの男は猿の獣魔が色濃く現れた獣人のようだ。

 生活圏は幅広く、人と暮らす者もいれば、魔族として生きる者もおり、獣人だけで暮らす者たちもいる。

 ただし人と暮らしている、と言ってもその性質は魔族寄り。

 この男のように盗賊まがいの事をしたり、悪人に雇われたりと闇の世界に暮らしているのだ。


「どうします? ランガ様、始末しちゃいますか?」

「お前たまにさらっと恐ろしい事言うよな。……適当に縛り上げて転がしておけばいいだろう。幸いここは衛兵の巡回ルートだしな」


 衛兵が見つかれば、適当に処理してくれるだろう。

 それにしても獣人か。

 嫌な奴の事を思い出しちまったぜ。


 ――魔軍四天王の一人、獣王レアン。

 獅子の獣人で、女だてらに獣人どもをまとめ上げて四天王にのし上がった奴だ。

 誇りがどうとか、礼儀がどうとか、人間の騎士みたいにうっとおしい奴だったっけ。

 その性格からついたあだ名が騎士王。

 俺の事が余程嫌いなのか、やたらと絡んできた記憶がある。

 俺は泥臭く戦うタイプだからな。礼儀を重んじるレアンとしては気に食わなかったんだろう。

 出来れば二度と会いたくない奴だ。

 そんな事をぼんやり考えていると、アーミラがジト目で見ているのに気づいた。


「……ランガ様、今他の女のことを考えませんでしたか?」

「ごほっ!!??」


 鋭すぎる質問に、思わず咳き込んでしまう。

 それを見逃すアーミラではない。


「あーーーっ! やはりそうなのですねっ! あの金髪デカ女のことですねっ!? まだ昔の女のことが忘れられないのですねっ!?」

「誰が昔の女だ。付き合った記憶はねぇよ」

「ランガ様はそう思われても向こうは違うかもしれないじゃないですかっ! 魔軍抱かれたい男ランキング常連だったなのは知ってるんですからねっ! ランガ様の浮気者っ!」

「言っておくがお前とも付き合ってないからな?」

「ううっ! どさくさに紛れて既成事実にしようと思ったのに……」


 勢いで付き合ってる事にしようとしたようだが、そうはいかんぞ。

 ていうかそんなランキングあったのかよ。初耳だ。

 ていうかそのランキング、アーミラが一人で票を入れてたんじゃないのか?


「いいから行くぞ。こいつが目を覚ましてしまう前にな」

「はいっ! デートに戻りましょうっ! 学友に聞いたのですが、最近は黒豆芋入りミルクティーとやらが流行っているようです。是非ご一緒しましょうっ!」

「……はいはい」


 こいつも大分人間かぶれしてきたな。

 アーミラに案内されてカフェで黒豆芋入りミルクティーとやらを飲んだが、確かに美味かった。

 モチモチした食感は癖になるかもしれないな。

 幸せそうにそれを飲み干すアーミラと共に、帰途に着くのだった。


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