平穏な日常は訪れり
――――長い、長い夜が明けた。
ガエリオは今回の事件をすぐに王都へ報告し、レヴァノフの犯行は瞬く間に明るみに出た。
奴の屋敷には子供の骨が無数に転がっており、誘拐は自分の部下を洗脳し行われていたらしい。
仮に捕まったとしても頭のおかしくなった部下のせい……どこまでも薄汚い奴である。
捕まっていた部下たちはすぐに釈放され、王都では魔術による犯行を厳しく取り締まるようになったとか。
そして事件から数日が経った。
「いやぁ、まさか魔族が元帥に化けているとは。思いもよりませんでしたよ」
「それをうちの門番さんが見破って、しかも倒してしまうとはねぇ」
「ダリルさんゆーたかねぇ。以前魔物が街に入ってきた時も、その方が見つけ出して倒したとか。いやはやすごい方に守られとったんじゃなぁ」
街中は親父の噂で持ちきりだった。
騎士団元帥の身体は丁重に葬られ、街には平穏が戻っていた。
登校中の俺とアーミラの耳に親父の話題が次々飛び込んでくる。
「ダリル様の評判、凄い事になっていますね」
「狭い街だからなぁ……」
やる事のない田舎では、噂が回るのはとても早いものだ。
親父はというとすっかり鼻が高くなっており、連日近所の集まりに行っては酒を振舞ってもらっている。
子供たちにも人気のようで、よくサインをねだられているらしい。
昨日も夜遅くに、上機嫌で帰って来た。
あまり調子に乗らないといいんだが……やれやれ、それも無理な話か。
「おーーーっす!ランガー!」
その仕掛け役の一人が来たようだ。
どたどたと土煙を上げながら駆け寄ってきたのは、レントンである。
「おい見てくれよ! またまた親父さんにサイン貰っちまったぜ!」
自慢げに背中に書かれた親父の名前を見せつけてくるレントン。
そんなものを見せられても、俺は呆れた顔をするしかない。
「お、おう……」
「なんだよシケたツラしやがって、親父さんが英雄扱いされて、お前も嬉しいだろー? 言っとくけど俺がファン一号なんだからな! 息子だからって譲らねーぞ!」
レントンは俺の脇腹を肘でつつきながらニヤニヤしている。
いや、別に嬉しくはないんだが。むしろ恥ずかしいんだが。
「魔族! しかも四天王を倒すなんてなぁ! すごいなぁ! あこがれるなぁ! ……っておいランガ! 何スタスタ先に行ってるんだよーっ!」
レントンを置いて、俺は先に行くことにした。
これ以上は恥ずかしい。
「ランガ様、顔がお赤いですよ」
「うるせーっての」
からかうアーミラにそう返しながら、ふと考える。
「……しかしアーミラよ、レヴァノフの野郎、やたらと弱くなかったか?」
なんだかんだと言いつつも、レヴァノフは魔軍四天王の一人である。
人の身では本来の力は発揮出来ないのだろうが、それは俺も同じ。
むしろ子供の身体である俺の方が圧倒的に不利なはずだ。
しかし現実は逆。不利であるはずの俺の方が、奴を圧倒した。
「……もしかして気づいておられなかったのですか?」
「む?」
不思議がる俺を見て、アーミラはキョトンとした顔で続ける。
「ランガ様のお身体は人の身でありながら、既に以前と大差ない程にお強くなられております。相当の修業を積まれた結果でしょう! 本来の力を発揮出来ないレヴァノフでは相手になるはずがありません! えぇそうですとも!」
うっとりした顔でアーミラは答える。
以前と大差ないだと? そんな馬鹿な。
如何に鍛錬したとはいえ、今の俺は四天王時代と比べるべくもない。
(何故……いや、待てよ?)
考え込む俺の頭に、ふと考えがよぎる。
四天王時代は部下の育成に力を費やし、自分の修業はほどほどにせざるを得なかった。
だが人の身体に転生した俺はここ数年、ずっと自分の為だけに修行を続けていたのだ。
成長期である子供の身で、大人の合理的な頭を使って、効率的に。
そんなこんなで様々な歯車がかみ合い、俺を驚異的に成長させた……とか?
(……まぁ、それはないか)
如何に子供の身体とはいえ、そう劇的な効果があるわけもなし。
現にアーミラは同じ条件でも大した強さじゃないしな。
楽勝だったのは、やはりレヴァノフが何らかの理由で弱っていたのだろう。
身体が馴染まなかったか、それとも肉体が限界だったか……とにかくそんな感じに違いない。
そう結論付け、俺は首を左右に振る。
「ふふふ、ランガ様ったら、相変わらず謙虚であらせられますこと。本気を出せば世界すらその手に収めることができましょうに」
俺の後ろをついてきていたアーミラが物騒な事を言っている。
まだこいつ、世界征服がどうこう言っているぞ。
怖い、そしてしつこい。とりあえず撒こう。
そう決意して俺は駆けだした。
「あーーーん、待ってくださいランガ様ぁーーーっ!」
追いかけるアーミラを振り切って、俺はふと空を仰ぐ。
流れる雲の向こうには、教会の屋上でクレア先生が鐘を鳴らしているのが見えた。
からん、かららんときれいな音が街中に鳴り響く。
兎にも角にも、本日もまた平穏な日々が始まるのだった。
これにて第一部完となります。
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