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究追

 これは数日前、飯泥棒をした為に仕置きした黒猫だ。

 今は反省したのか、すっかり俺に懐いている。


「フー……!」


 抗議するように爪を立てようとする猫だが、腕をつかめば喰らうはずもない。

 ジタバタと暴れる猫を、俺は抱き直した。

 よーしよし、すっかり懐いているな! うん!


「猫……? 猫だと?」

「猫が一体何を……?」


 再度、ざわめきが辺りを包む。

 猫を抱く俺を見て、番兵たちが首を傾げている。

 そんな中、ヴァーゴが声を上げた。


「そうか、わかったぞ! 猫は古くから魔の気配を好むと聞く! その猫が元帥に寄っていけば魔族だと言いたいんだな!?」


 ドヤ顔のヴァーゴに、首を振って返す。


「残念ながら、全く違います」


 魔術の存在するこの世では、こういった呪いめいた迷信が幾つも存在する。

 だがそれはただ大多数の人間を安心させる為、一人の生け贄を作るようなもの。

 しかも吊し上げはそれで終わることはなく、疑心暗鬼になった民衆は次々と犠牲者を生み続ける。

 恐慌を作り出すならともかく、平穏に暮らしたい俺がやるべきことではない。


「何ィ!? じゃあなんだってんだ!?」


 声を荒げるヴァーゴに俺は魔界探索記をめくり、答える。


「この本にも書かれておりますが、魔界には猫がおりません。基本的に小動物は魔物の餌となってしまいますから。更に言えば魔族の纏う魔力を恐れ、決して近づく事もない。魔族は猫と触れ合う事は出来ないのです」


 あああああ、と憐れむような声が辺りに響く。


「魔族とはなんと哀れな生き物なのだ」

「猫と戯れる事も出来ないとは……悲しいな……」


 転生して思ったが、人間ってやつはやたら小動物を好む。

 特に猫、こんなもん生意気なだけだと思うが……甘やかしているから付け上がるんだぞ。

 猫は生意気な顔で俺を睨んでいる。


「……ともあれまぁ、それ故魔族には猫の鳴き声がわからないのですよ。元帥殿、あなたが魔族でないと言うならば……この猫がどう鳴くのか答えられるはず」


 俺の言葉にレヴァノフは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 魔界には猫はいない。魔族に猫は近づかない。

 だが自分は猫の声で鳴く置き時計を所持している。

 それを知らぬとは馬鹿め……とでも言いたそうであった。

 そんなレヴァノフに、合えて問う。


「……如何か?」

「ハッ!馬鹿馬鹿しい! 猫の鳴き声を知っているか、だと!? そんなもの分かりきっておろうが」

「えぇ分かりきっておりますね。……勿論、今度は言い間違えはナシですよ?」

「当然だ。誰でも知っているようなものを言い違えるはずがない! 猫の鳴き声、それは――――」

「それは?」


 レヴァノフは大きく息を吸い、吐くと同時に言った。


「『コケコッコー』だろうが!」


 はっきりと、きっぱりと、言い澱むことなく。

 その場にいる全員の耳に、間違いなく聞こえたようだった。

 レヴァノフに向けられた全員の信じられないといった目が、それを表していた。


「……皆さん、今の言葉を聞きましたか?」

「あ、あぁ……」

「えぇ、間違いなく聞きました……それにしても、まさか……」


 ヴァーゴもガエリオも、当然他の全員も、想定外の言葉だっただろう。

 怪訝な目を向けられ、レヴァノフは戸惑っている。


「な、何だ!? 猫が『コケコッコー』と鳴くのがおかしいのか!?」


 どうやらレヴァノフはそのおかしさに、全く気づいていないようだった。

 俺は返答の代わりに、ばん! と手すりを叩いた。


「『コケコッコー』と鳴く猫などいないッ!」

「な――――ッ!?」


 驚愕の声を上げるレヴァノフ。

 俺の手からすり抜けた猫が飛び降り、『ニャー』と鳴いた。


「ななななな、ななななな、ななななななななな……!」


 振るえ声で『な』を連呼するレヴァノフ。

 ここにきては弁解のしようもない。

 その顔は鬼気迫るものがあり、今までの柔和な老人とは打って変わった――――まさしく魔族めいたものだった。


「し、しかし何故元帥殿はそのような間違いを……?」

「原因はこれですよ」


 そう言って俺が取り出したのは、レヴァノフの部屋から取ってきた猫の置時計。


「これは魔界で売られていた時計です。魔界では猫がとても珍しく、一時期流行りましてね。……ですがこれには一つ、間違いがあるのですよ」


 そう言って猫の頭の部分を押すと、時計は『コケコッコー』という間の抜けた音を鳴らした。


「とある魔族の職人が人間界に赴き、猫を見て、この時計を製作したと言われています。しかしその職人はその際近くにいた鶏の鳴き声を猫のものと勘違いしてしまったのでしょう。この猫時計は『コケコッコー』と鳴くのです。元帥殿……いえ、レヴァノフはそれを知らずに答えてしまった」

「な、なんと……」


 もはや言い間違えなどと言い逃れするのは不可能。

 間違いようのない事実に、皆はレヴァノフから離れていく。


「た、確かにワシが物知らずだったと言う事は認めよう! しかしそれが魔族に繋がるか!? 子供の誘拐に繋がるか!? それはただの状況証拠にしかならぬ! そうだろうッ!?」


 それでもレヴァノフは弁明の声を重ねる。

 あまりの見苦しさに、その場の全員がドン引きしていた。

 し、しぶとい……さっき間違いないとか言ってたくせに……

 だがレヴァノフの言う通り、これだけではまだ憶測の域を出ない

 とはいえこいつの往生際の悪さは想定の範囲内、もう少し、もう少し待てば決定的な証拠が届くはずだが……


「ふん、もういいだろう! これ以上つまらん話に付き合ってやる義理もない!」


 声を荒げ、踵を返すレヴァノフに、俺は慌てて声をかける。


「ま、まて! レヴァノフ!」

「レヴァノフだぁ……? そんな名前は知らんなッ! ワシは忙しいのだ。帰らせて貰う!」


 レヴァノフが扉に向かうのを止めようとして、思い留まる。

 ダメだ。俺の正体をバラす訳にはいかない。

 力づくでは止められない。

 そして街の外に逃げられたら最後、有耶無耶にされてしまうだろう。

 もうダメか、諦めかけたその時である。


「お待たせしましたっ!」


 大扉を開け、入ってきたのはアーミラだった。

 その横に立つのは見覚えのある少女――――行方不明になっていたクラスメイトのナージャである。

 どうやら間に合ったようだな。

 アーミラは俺を見上げ、ぱちんとウインクをした。


「この娘は元帥のいた屋敷に囚われていましたわっ! 今しがた私が侵入し、助け出しました!」

「ど、どうも……ご迷惑おかけしました……」


 大きく胸を張るアーミラの横で、ナージャは申し訳なさそうに小さく頭を下げる。

 レヴァノフを呼び出しこちらで引きつけ、その隙にアーミラを捜索に向かわせたのである。

 あの屋敷がレヴァノフのものだと分かった時、そこに行方不明となったクラスメイトのナージャが囚われていると思ったのだ。

 そして、予想は的中した。


「あーーーーーっ!」


 ナージャがレヴァノフを指差し、声を上げる。


「この人です! 私、あの屋敷でこの人を見ました!」


 指から身を躱そうとするレヴァノフだが、ナージャはそれを追う。

 右、左、右、と。

 ……見苦しいやり取りを見届けた後、俺は落ち着いた口調で言った。


「――――さて、もはや言い逃れは出来ませんね」


 ヴァーゴの、ガエリオの、番兵たちの、アーミラの、そして俺の視線を受けるレヴァノフに、俺はトドメを刺す。


「正体を現せ! 魔軍四天王、死王レヴァノフ!」


 静寂の中、レヴァノフは俯いていた。

 だが次第にその肩を震わせ始める。


「……くっ」


 声が漏れた、その直後。


「くははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」


 レヴァノフの笑い声が、辺りに響き渡った。

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