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詰め

 静寂が辺りを包む。

 全員の視線が集まる中、レヴァノフは笑った。


「フォッフォッ! 英雄殿は冗談がお好きなようじゃの!」


 ひとしきり笑い終えた後、レヴァノフは俺を睨み上げる。

 鋭く、冷たい目であった。


「……しかし、あまりに妄想癖が過ぎるな。妄想に囚われた者は危険、力を持っていればなお、だ。これは処分の必要があるかの」

「レ、レヴァノフ殿!」


 先ほど声を上げていた番兵の男が、間に入って来た。


「申し訳ございません! うちのバカがとんでもない戯言を……おらダリル! さっさと謝りやがれ!」


 レヴァノフに何度も頭を下げながら、男は俺を睨む。

 彼は確かヴァーゴとか言ったか。

 親父が時々ウチに連れてきて、一緒に飲んでいた男だ。

 どうやら俺の頭がおかしくなってしまったのかと心配しているのだろうが……俺は首を横に振る。


「いいえ、そういうわけにはいきませんね。番兵隊として、街に入り込んだ魔族は速やかに排除せねばなりませんので」


 レヴァノフを睨みつけ、言う。

 もはや取り繕う必要はない――――という俺の決意に満ちた言葉にヴァーゴは息を飲む。


「ダリル……お前……くそっ! 知らねぇぞ! 馬鹿野郎!」


 ヴァーゴは荒々しく吐き捨てると、どっかと腰を下ろした。

 この人、口は悪いが親父を心配しているんだよな。

 親父が離婚した時も、真っ先に相談に乗っていたし。

 俺はヴァーゴの友情に苦笑しながらも、視線をレヴァノフへと戻す。


「そういうわけですよ。あなたが魔族という言葉、覆すつもりはない」

「……ふん、下らん。ワシが死体というならば、この血潮巡る顔身体はどう説明する? 死体どもは血の通わぬ青白い肉体であろうが」

「あれは下級の不死族アンデッドです。上位の魔族が手間暇かけければ、人の機能を丸々持たせたアンデッドくらいは作ることが可能です。その性能は本物と寸分違わぬ精巧なもの。刺せば血も出るし、臓腑も動いている。見た目による判別は不可能と言っていい」


 その言葉にヴァーゴが反論を上げた。


「おいおい、だったら元帥殿が魔物だと証明できないって事じゃねぇか!」

「元帥殿が魔物だという証拠はあるのか!?」

「そうだそうだ!」


 口々に騒ぎ立てる皆を一瞥し、頷く。


「もちろん、ありますとも」


 立ち上がり、俺はゆっくりと歩きながら語り始める。


「上位魔族は人の死体を、殆ど生前と同じように操るわけですが、その際に一つ行うことがあります」

「勿体つけてねぇで続きをさっさと言いやがれってんだ!」

「まぁまぁ、落ち着いてください」


 飛んでくるヤジが静まるのを待ち、口を開く。


「それは修復。回復魔術により殺した時の傷を修復するのですよ。その際に余計な部分まで修復してしまう事があるのです。十年前、ラングリード平原で起こった戦いを憶えていますか? 元帥が一個師団を率いて魔族の軍団と戦った時のことです。あの時元帥は左脚に攻撃を受け、杖をついていましたね? その割に今はどうもない様子ですが……」


 俺の言葉に全員が何かに気づいたように押し黙る。

 追及を受けたレヴァノフはそれを鼻で笑い飛ばした。


「ハッ、バカな事を。十年も経てば大抵の傷くらい治る! ワシの左脚はもう何年も前に完治済みだ!」

「ほう……そうなのですか? 左足はもう完治したと?」

「あぁ、そう言っている!」

「間違いはありませんか?」

「くどい!」


 レヴァノフははっきりと言い切った。

 それを聞いた皆は、信じられないといった目をレヴァノフに向ける。


「お、おい……今の……」

「あぁ……まさかマジで……」


 ひそひそと囁き声が聞こえ始める。


「な、なんだね一体……」


 疑問の声を上げるレヴァノフにガエリオが尋ねる。


「元帥殿、左脚の怪我が完治した、というのは間違いありませんか?」

「何度もそう言っておる! 間違いはない」

「そうですか……それはおかしいですね。ラングリードの戦いは僕も同行したのでよく覚えていますが、元帥がお怪我されたのは、右脚ですよ」

「ぁ――――」


 ガエリオの言葉にレヴァノフが硬直する。

 漏れ出た声は、自らの失態を表していた。

 動揺が一気に広がった。


「い、いや……これは失礼。ごほん、ただの言い間違いだ」


 せき込みながらも取り繕うレヴァノフだが、皆に撒かれた疑惑はそうぬぐえるものでない。

 俺はこの流れのまま、追撃を仕掛ける。


「言い間違い? それこそありえませんね。戦場の傷は戦士にとって最上の誉れ。宴の場ともなれば互いの古傷を語りあうもの。それを言い違える事などあり得ない!」


 ばん! と威圧するように手すりを叩く。

 広まる静寂。

 今まで俺の言葉を戯言と笑っていた者はもう誰一人としていなかった。

 レヴァノフは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 初めて見せた表情だった。


「……馬鹿な! 言葉尻を捉えただけで魔族扱いなど! あまりに卑怯下劣な行為ではないか! これ以上弁明の必要などない! ワシは忙しいのだ、帰らせてもらう!」


 逃げようとするレヴァノフの前に、数人の番兵たちが立ちふさがった。


「まぁ待ってくれよ元帥殿。もう少し話を聞こうじゃあないか」


 ヴァーゴが先頭に立ち、言った。

 それに他の番兵たちも続く。


「そうですねぇ。俺たちゃ馬鹿だから難しい事はよくわかりませんが、ダリルの野郎が言ってるのもちょっとはわかりますぜ」

「なぁに、あいつが適当こいてるのが分かったら、ボコボコにしてやりますんで!」

「くっ……」


 レヴァノフは左右を番兵たちに固められ、俺の前に戻るしかなかった。

 よし、流れは俺のもののようだな。

 一気に畳み掛けるべく、俺は麻袋を取り出し皆の前に出す。


「最後に、これをご覧下さい」


 そう言って袋を開け、中から取り出したのは黒く丸い毛玉のような生き物。

 それはもぞもぞと身体を動かした後、皆の方へ首を向けた。

 三角形の尖った耳、鮮やかな色彩の瞳、長く伸びた尻尾。

 突如現れたその生き物に、皆驚き戸惑う。


「それは……!」

「えぇ、猫ですよ」


 両腕に抱きかかえた猫は、不機嫌そうに俺を睨みつけるのだった。

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