月に誓う
「おっと君たち、ここは仕事場だから中に入っちゃいけないよ」
兵舎に入ろうとしたところ、門番に止められた。
くそっ、こんな所で足止めをされている暇はないんだがな。
「大事な用があるのですが……通していただけませんか?」
アーミラが門番にしか見えないよう、ちらりとスカートのすそを上げる。
オイオイこいつは……普通そーいう事するかな。アーミラの奇行に俺はドン引きしていた。
門番はそれを見てぷっと噴き出す。
「ちょっと君、どこでそんな事を覚えたんだい? そういうことはもっと大きくなってからにしなさい」
「むぅ……」
アーミラは頭をナデナデされてしまった。
完全に相手にされず、アーミラは不満そうに頬を膨らませている。
番兵たちは健全に、大人の女性がタイプなのである。
「大事な用があるんだよーっ!」
「ダメダメ、向こうで遊んでいなさい」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて子供らしくアピールするが、それもダメ。
門番はどうあっても通してくれそうにない。
だが丁度跳んだ拍子に、俺は見知った姿を見つけた。
「あーーーっ! ガエリオさーーーんっ!」
俺の声にガエリオは気づいたようだ。
笑顔で手を振りながら、こちらに向かってくる。
「やぁランガ君にアーミラちゃんじゃないか、よく来たね」
「こ、これはガエリオ隊長殿!」
俺とガエリオが知り合いだとわかると、門番は慌てて敬礼をした。
俺はその隙に番兵の間をすり抜けガエリオの元へ駆けていくと、耳元でこそこそと囁いた。
「ねぇねぇガエリオさん、元帥さんについて聞きたいんだけど。……ってこと、なかった?」
「ん? あぁ……そういえばそうだったかもしれないな」
考え込んだ後、ガエリオは答える。
……やっぱりか! ならばこの時計、使えるかもしれない。
「ありがとガエリオさん!」
「うん、またなにかあったら遊びに来るといい」
ガエリオに手を振って、俺は駆けだす。
これなら間違いなく、レヴァノフを追い詰められる。
あとは奴を糾弾する場を整える。
それには親父の力が不可欠だ。
■■■
家に帰ると、親父は鎧を着て出かけるところだった。
「おうランガ、アーミラちゃん、今帰りか?」
「父さんは今から仕事?」
「おうともさ。魔物は出るわ子供は行方不明になるわ、最近は出ずっぱりだぜ」
そう言って、ごきごきと肩を鳴らす。
顔には言う通り、疲労の色が見て取れた。
「大変でございますね。ダリル様」
「へっ、それが俺の、俺たちの仕事だからな」
口元を引き締め、まっすぐに前を向き、言う。
誇り高き番兵隊としての言葉。
親父は街を守る男の顔になっていた。
「いなくなったのはお前のクラスメイトなんだろう? まぁ俺に任せとけ! 何せこの街の新たな英雄なんだからな! ガハハ!」
大笑いしながら、親父は俺の頭をがしがしと撫でる。
今までの親父とは違う、自信に満ちた顔。
魔物を倒し、英雄扱いされたことで自信を得たのだろう。
そんな親父にこんなことをするのは気が引けるが……やらねばならない。
俺は神妙な面持ちで親父に声をかける。
「……父さん」
「ん、なんでぇ?」
そう尋ねる親父の目が、とろんと微睡む。
「はふぇ?」
気の抜けた声を発した親父は、足をがくがくと震えさせた後、床に腰を下ろした。
閉じていく親父の目にはアーミラの青く輝く瞳が映っている。
アーミラが目を閉じ、次に目を開けるとその輝きは収まっていた
「……これで良かったのですか? ランガ様」
「あぁ、上出来だ」
――――アーミラの持つ魔眼の一つ、睡眠の瞳。
それを最大出力で放ってもらった。
これで親父は三日三晩眠り通しだろう。
「あとは親父の名を使って、皆を集めるだけだな」
待ってろレヴァノフ。今決着をつけてやる……!
決意を胸に俺は月を見上げるのだった。




