置時計
俺とレヴァノフの視線が交差する。
パーティの時見せた柔和な表情はどこへやら、レヴァノフは鋭い目で俺を睨めつけていた。
「君は……さっきホテルの前で叫んでいた子だね? こんなところで一体どうしたんだい?」
レヴァノフは疑惑たっぷりといった口調で俺に声をかけてくる。
ヤバい、来るのは使い魔かせいぜい副官だろうと思っていたが……まさか本人が来るとは思わなかったぜ。
(こんな街中で戦うわけにはいかない……!)
勝ったとしても騎士団元帥殺し、街にはいられなくなる。
それどころか下手したら大陸規模で指名手配もあり得る。
ここは何とか誤魔化すしかない。
「あははは……ま、迷っちゃってー……」
「ほう? それはいけない。おじさんが送ってあげよう」
表情は優しいが、目は全く笑っていない。
恐らくこのまま人気のないところへ連れ込む気だろう。
そうなれば戦いは不可避、それだけは絶対マズい。
「い、いいよー。一人で帰れるからー……」
「そうはいかない。子供を守るのは大人の役目だからね」
適当言って逃げ出そうとするも、腕を広げて逃げ場を塞がれた。
くそっ、簡単には逃してくれそうにねーな。
「どうにも怪しいな……君、本当にさっき言ってたような男を見たのかね?」
「うん! 本当だよ!」
「しかし部下に密かに探らせたが、そんな男は見つからなかったらしいがね……本当なのかな?」
何が部下だ。部下は部下でも使い魔だろうが。
おもわず鋭く睨みつけていると、俺の視線に気付いたレヴァノフがこちらを向いた。
「……君、中々鋭い目をするじゃないか」
やべっ、何か勘付かれたか。
俺は愛想笑いで取り繕う。
「あ、あはは、そう? 普通だと思うけどー……」
「いいや、それはただの子供には出来ない目だよ」
レヴァノフは俺に確実に疑いを持っていた。
一歩、また一歩と近づいてくる。
ゆっくり、じわじわと手を伸ばしてくる。
――――仕方ない、やるしかないか。
俺は覚悟を決めて、大きく息を吸った。
全身に魔力を込める、その一瞬前――――
「……っ!」
レヴァノフの手が止まった。
ホテルの方向からは、強い魔力が発せられていた。
魔力の察知能力に低いレヴァノフですら気づく程の、強い魔力。
「……む、まぁいい。気を付けて帰るんだよ」
レヴァノフはくるりと踵を返し、俺に背を向けた。
……ふぅ、助かった。
さっきのはアーミラの仕業だな
仕事が終わったら、ホテルから離れた場所で魔力を開放しろと言っておいたのだ。
鈍いレヴァノフなら、副官であるアーミラと俺の魔力を勘違いすると思ったが、ビンゴだったな。
俺を置いてさっさと帰っていくレヴァノフを見送りながら、額の汗をぬぐうのだった。
■■■
「ランガ様! ご無事でしたかっ!?」
飛びついてくるアーミラを、ひょいと躱す。
それから少し後、俺はアーミラと再会した。
「それより、つけられてないだろうな」
「うぅ……大丈夫ですよぅ。言われた通りのルートで撒いてきましたからぁ」
不満そうな目でこちらを見上げるアーミラ。
魔力放出後は街の外へ行き、匂いと気配を誤魔化すべく森を通って帰って来いと指示していたのだ。
忠実にそれをやってきたのだろう、アーミラの頭には木の葉が付いていた。
それにレヴァノフの気配もホテル周辺で留まっている。
追跡の気配はない。
「……ふむ、確かに追っ手は来てないようだ。それで、アーミラ。本題だが」
「ハッ、レヴァノフを魔族と断罪する為の証拠でございますねっ! えぇこちらにございますともっ!」
アーミラはそう言うと、おもむろに懐を弄り始める。
取り出したのは……布の切れ端だった。
「これはレヴァノフの魔力がたっぷり染み付いた、衣服の一部です。ご覧下さいこの濃厚な魔力! これを見れば奴が魔族と即座に理解出来ましょう!」
得意げに胸を張るアーミラに、俺は大きなため息を返す。
「……で、見てすぐ魔力を感知できるような人間が、俺たち以外この街にいるのか?」
「あ……」
しまったという顔をするアーミラに、説明を続ける。
「魔力がどうとか、そういうのはダメだ。レヴァノフを追い詰めるのはあくまで普通の人間。誰にでも一目でわかる証拠じゃないといけない」
「……ではこの魔道具はどうでしょう!? 杖に水晶に、タロットもございますが」
レヴァノフから盗んできた魔道具を取り出すアーミラ。
だが俺はそれを一瞥し、首を振る。
「……ダメだな。これらの魔道具はちょっとした街ならどこでも手に入るものばかりだ。決め手にはならない」
何か証拠が見つかるかと思ったが、そう甘くはないか。
他に何か使えそうなものがないか、もう一度見直していると……
「……ん、これは?」
アーミラが並べた魔道具の中、猫の形をした置き時計に注目する。
「あぁ、これは魔界で流行った猫時計ですね」
「猫……か」
実は魔界には猫はいない。
というか魔物以外の動物は、基本的には存在していないのだ。
例外は食肉用の家畜くらい。
食うか食われるか、そんな厳しい世界なのである。
これは魔族の熟練工が、人間界に来た際に猫の姿を見て可愛らしいと思い製作した時計なのだ。
猫を見たことのなかった魔族にはそれが珍しく映り、貴族の間で一時期流行したのである
「可愛いけどすっごい品薄だったんですよねぇ実は私もちょっと欲しくて……盗ってきちゃいました。てへ」
「お前ってやつは……」
可愛らしく舌を出すアーミラに若干引きつつも、俺は気づいた。
これはもしかしたら使えるかもしれない。
顎に手を当て、考え込む。
「……いや、しかしお手柄だぞ! アーミラ」
「ほえっ!? な、なんですか? いきなり?」
目を白黒させるアーミラを置いて、俺は背を向け走り出す。
「だがしかし、これだけじゃ足りないな……行きたい場所がある。ついてこい!」
「ま、待ってくださいランガ様ーーーっ!」
走りながらも俺は思考をまとめていく。
俺の考えが正しければ、かならずアレがあるはず。
予想を確信に変えるべく、俺が向かったのは――――番兵たちの駐在する兵舎であった。




