使い魔対策
人ごみに紛れながらレヴァノフの様子をうかがっていると、キョロキョロと周りを見渡しているようだ。
どうやら何かを……というか四天王ランガ《オレ》を探しているんだろうな。
ならばそれを餌にすれば、時間を稼げるか。
俺はすぅと息を吸い込むと、大きく声を上げた。
「あっちの方で怪しい人を見たよーーーっ!」
俺の声にその場の人たちが反応して駆け寄ってくる。
「君、それは本当かね?」
「うん、あっちに逃げてった!」
近づいてくる番兵に、あえて大きな声で答える。
レヴァノフはそっぽを向いてはいるが、こちらに聞き耳を立てているようだった。
よし、聞いているな。
「えーっとね、浅黒い感じの肌で、短い黒髪だったかなー? おデコに何か生えてたし、見るからに怪しい人だったよ!」
あげつらえたのは四天王ランガの身体的特徴だ。
それを聞いたレヴァノフの耳がぴくんと動いた。
「なんと!それはもしや魔族では……こ、こうしちゃおれん! ガエリオ隊長に直ちに報告せよ! それまでは厳重体制だ!」
「ハッ!」
俺の言葉に反応したのは衛兵たちも同じである。
辺りはすぐに慌ただしくなってきた。
「おい、聞いたか魔族だってよ」
「怖いわねぇ。街中に魔物も出るし、最近物騒だわぁ」
集まってきた街の人たちも、不安そうにしはじめる。
そんな中、一人の男が前に出てきた。
「えー! おほん! おほん! おっっっほぉぉぉん!」
何度も咳払いをしながら現れたのは……親父だった。
やべっ、こんなところで顔を合わすのはまずい。
そう思った俺は思わず身体を隠した。
親父は俺に気づくこともなく、全員の前で大きく声を張り上げる。
「皆さま! ご安心下さい! 魔族だろうがなんだろうが、私にかかればすぐに退治して差し上げましょう!」
どん! と胸を張る親父に、その場の全員が呆気に取られている。
静寂が辺りを包む中、民衆の一人が親父に気づいたようだ。
「あ、あなたもしかして、『鬼十字』のダリルさんではありませんか!?」
「む……そう呼ばれたこともありましたかな?」
得意げな顔で頷く親父。いや、呼ばれてねーだろ。いつの間にそんな二つ名がついたんだよ。
だがそれを聞いた男はパッと明るい表情になる。
「やはり! いやぁ息子がファンなんですよ! どんな魔物も二撃必殺、十文字斬りにて瞬殺してしまうとか!」
手を叩いて興奮する男は、よく見たらレントンの父親だった。
レントンの奴、妙なところまで広めてやがるな。
「皆! ダリル殿が来たからにはもう安心だ! 魔族だろうとなんだろうと、すぐにやっつけてくれるさ!」
「おおおおおっ!」
レントン父の言葉に歓声が上がった。
どうやら親子揃って話を大きくする性格のようだ。
親父も満更でもない顔してんじゃねー。
そんな中、レヴァノフがそそくさと移動を始めた。
「あいつ……どこへ行くつもりだ? 俺の指した方向じゃないぞ」
何をするつもりだろうか。
俺は気づかれぬよう、レヴァノフを追う。
レヴァノフは路地裏の方へと向かっていた。
物陰に隠れながら追跡していると、不意に立ち止まりブツブツと呪文を唱え始めた。
「……仄暗き闇、重き雲、惑わす霧、死を運ぶ風、我が傀儡となりて征け。四刻囘霊縄」
レヴァノフが両手を広げると、掌から無数の黒い靄が空に溶けていく。
あれは確か……霧の使い魔を放つ魔術である。
「……ま、想定通りだがな」
目立つ存在であるレヴァノフ自身がそう容易く動くことは出来ない。
あとはアレを排除するのみだ。
確認した俺は、レヴァノフの使い魔を追う。
使い魔はゆっくりとした速度で辺りを彷徨うように探している。
街の人々はそれに気づかないようだ。
こいつは戦闘能力が殆どない代わりに、非常に姿が見え難いという特性を持つ。
ま、そこそこの使い手であれば魔力を目に集めれば見えるようになるがな。
「そして、こうしてやれば普通に姿が見えるようになる……!」
使い魔に追いついた俺は、用意しておいた灰を浴びせる。
すると宙にモヤっとした塊が浮かんでいるのが、はっきりと見えるようになった。
霧の身体を持つこの使い魔は非常に姿が見えにくいが、完全に見えないわけでもない。
魔物というのは様々な能力を持っているが、工夫次第でどうとでもなるのだ。
灰を被った使い魔は、それにも気づかず無警戒に人ごみの前に出た。
「キャアアアアアアアアアアアッ!!」
当然、悲鳴が上がる。
「魔物よ! 魔物がいるわ!」
「番兵呼んで来い! 今すぐに!」
「!? !? !?」
突然の騒ぎに使い魔は混乱しているようだ。
次第に番兵たちが集まり、戦闘が始まった。
「おっ!? なんだこいつ! 大して強くないぞ!」
「本当だ! やれ! やっちまえ!」
初めて見る魔物に最初は戸惑っていた番兵たちだったが、すぐに調子を掴み押し始めた。
こいつらは姿さえ見えてしまえばゼルより弱い魔物だからな。
普通の人間でも全然勝てる相手だろう。
……よし、ここは大丈夫だな。
俺はすぐに次の使い魔を追う。
「てぇい!」
同様に、次の使い魔にも灰を浴びせ、姿を露わにする。
街の人間がそれを見つけ、通報。
番兵が倒す。
それを何度か繰り返した。
「……ふぅ、これで終わりかな」
最後と思しき使い魔が番兵たちに倒されるのを確認した俺は、大きく息を吐く。
街の番兵が優秀で、下級の使い魔は役に立たない……レヴァノフはそう思った事だろう。
さてさて、レヴァノフよ、次はどう動く?
人間の部下に探させるなら良し、それともさらに上位の使い魔を出してくる可能性もなくはない……か。
しかしそれは街に混乱を起こす可能性がある。
レヴァノフとしてもリスキーなはず。
「他にありそうなのは……」
「ありそうなのは……何だね?」
不意に、聞こえてきた声に振り返る。
路地裏の隅に立っていたのは、レヴァノフ本人だった。




