爆弾
翌日、学校へ行くとクレア先生が悲痛な面持ちで皆の前に立つ。
「……昨日からナージャちゃんが帰っていないそうです。見かけた人はすぐ、知らせて下さいね」
悲痛な面持ちでそう言うと、クレア先生は俺たちに色々と注意を促した。
知らない人についていかないとか、一人では遊ばないとか。
クレア先生の真剣さに皆、一生懸命聞いていた。
(恐らくレヴァノフの仕業だろうな)
子供の魂はレヴァノフにとっては大好物だ。
特に純朴な田舎の子供は、極上の味と聞く。
王都に本拠地を置くレヴァノフにとっては、旅行中に美味いものをつまむような感覚だろう。
被害が一人で終わるはずはない。
(一刻も早く何とかしないと、犠牲者が増える一方だ……!)
街の人たちを守る……なんて殊勝なことを言うつもりはないが、同じ学校に通う仲間を失うのは気分が悪い。
それは俺の心の平穏を乱す行為だ。
絶対許すわけにはいかない。
俺は決意を新たにし、アーミラと敵地へ向かうのだった。
■■■
学校が終わった俺とアーミラはホテル『ロイヤルズ』へとたどり着いた。
入り口はホテルの雇った衛兵が二人、微量な魔力の残り香を辿ると……レヴァノフがいるのは最上階か。
「馬鹿と煙は高いところが好きというが……」
「侵入は容易ではない、ですね」
先日は夜遅くにもかかわらず、衛兵が立っていた。
恐らく日夜ずっとであろう。
警備は厳重、この状況下でレヴァノフの部屋を捜索するのは容易ではない。
「こうしていても埒があきません。とりあえず外から登って部屋の近くまで行ってみましょうか」
「馬鹿、こんなに近くで魔力を練ったらすぐ感づかれるぞ」
如何に鈍いと言えど、レヴァノフは四天王だ。
魔力の気配が薄いこの街中、至近距離で魔力を使えばすぐに知られてしまうだろう。
特に元鬼族である俺とアーミラの魔力の気配は似ている。
四天王ランガに酷似した魔力の気配、レヴァノフが見逃すはずがない。
「では一体どうなさるおつもりですか……?」
「まぁ見ていろ、俺に考えがある」
■■■
「おっ、ランガじゃねーか! どうしたんだ一体?」
ホテルを出て、たどり着いたのはレントンの家である。
庭の池ではレントンが以前獲った魚に餌をやっていた。
アーミラの言った事を律儀にこなしているとは……なんか不憫だ。
「前に遊びで作ったアレ、あっただろ。まだあるか?」
「ん、アレか。倉庫にあるかもしれないが……どうかなぁ」
「そいつが欲しくてな。見てもいいか?」
「おう。じゃあ上がってけよ。アーミラちゃんも」
「……はぁ?」
不思議そうな顔をするアーミラを置いて、俺はレントンと共に倉庫へ向かう。
大扉を開けて中に入ると中は薄暗く、埃が舞っていた。
口元を押さえて奥へ行くと、パズルに釣り具、独楽に竹馬……様々な玩具が乱雑に置かれていた。
これは俺とレントンが遊びで作ったもの。
俺の家は狭いし親父がうるさいので置けないのだ。
その奥にある道具箱をゴソゴソと弄る。
「…………あった!」
そこから取り出したのは、手でつかめる程度の大きさの短筒。
ひょっこり覗き込んだレントンが声を上げる。
「おー懐かしいなぁ。まだあったのか。使い切ったと思ってたぜ!」
「あぁ、何かあった時のために残しておいたんだ」
「アレ面白かったもんなー!」
ワイワイと盛り上がる俺たちを見て、アーミラは首を傾げている。
「お二人方、それは一体……?」
疑問に答える代わりに、俺とレントンはニヤリと不敵に笑った。
■■■
深夜、草木も寝静まったような静寂の中。
俺は『ロイヤルズ』の向かい、民家の間にて息を潜めていた。
手には昼間にレントン宅から手に入れた短筒。
それを地面に固定し、上部から伸びた柔縄に火をつける。
すぐにその場を離れ、遠くの物陰から見守る。
パチパチと火の爆ぜる音と共に、火は縄を登っていき……筒の中へと入っていった。
その次の瞬間、
どぉぉぉぉぉぉぉん!!
閃光と共に爆音が鳴り響く。
爆発は空高くまで登り、爆風が辺りのゴミを周囲にまき散らした。
家々から声が聞こえて始め、人が外へ出てくる。
向かいあるホテルの中からも衛兵やホテルマンたちがが。
「よし、目論見通りっと……けほん」
鼻をくすぐる火薬の匂いに少しむせる。
レントン宅から持ってきたものは、爆弾だ。
四天王時代、人間の兵士から作り方を教えてもらい、それをレントンと一緒に作って遊びに使っていたのだ。
川に投げ込んで魚を気絶させたり、カエルの尻に突っ込んだりして遊んでいた。……うーん、我ながら若かった。
辺りは瞬く間に大騒ぎとなり、番兵隊も沢山集まり始めた。
「さて、とりあえず目的は果たしたか」
そう呟いて、俺はその場を立ち去るのだった。
■■■
その数日後……俺はアーミラを連れ再度『ロイヤルズ』を訪れた。
場所は人気のない裏口、とはいえ当然衛兵はいる。
通常の侵入は不可能に思われた。
「今からホテルから人を全員出してみせる。お前はその隙にレヴァノフの部屋に入り、何か証拠となるものを盗ってくるんだ」
「そんな魔法のような事が可能なのですか?……術式や魔道具を利用した大規模催眠とか? もしくは高レベルの魔眼……? しかしそれではレヴァノフに……」
「気取られるだろうな。だから両方とも違う」
そもそも大規模催眠も魔眼も、俺は有していない。
俺が行うのはもっと単純、かつ効果的なものだ。
「まぁ見ていろ。それよりすぐに忍び込めるよう、準備しておけ」
「はぁ……」
半信半疑といった顔のアーミラと共に待つことしばし、入口の方が騒がしくなってきた。
ぞろぞろと人が出てくるのを見て、アーミラは目を丸くする。
「お、驚きました……! 一体どのような手品を……?」
「先日の夜、あのホテルの前で爆発を起こしたのさ。そしてすぐに手紙を一通送っておいた。……『そのホテルには爆弾を仕掛けてた』とね」
そして手紙を見た従業員は客を逃がし、今に至るというわけだ。
先日の爆弾は囮。
アレを見せておけば、脅迫の手紙にもリアリティが増す。
もちろん、ホテルに爆弾など仕掛けてはいない。
「さぁ早く行け。ちんたらしてると探す時間が無くなっちまうぞ」
「は、はい!」
慌てて駆けだすアーミラがホテルに侵入したのを確認し、俺は表口の方に回る。
手紙の嘘はすぐにバレるだろう。
それまで誰も戻らないように、時間稼ぎをしないとな……
表口に回ると、従業員が逃げた客のチェックをしていた。
その中に豪華な服を着た老人――――レヴァノフがつまらなそうに佇んでいた。
 




