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宿怨

「トイレはあっちだってよ?」

「それを言うならランガ様、男性用のトイレも通り過ぎてしまわれましたが」

「……引っ込んじまったんだよ」

「あらまぁ」


 クスクス笑うアーミラを引き連れ、俺は走る。

 ホールの裏側、裏口の方へ回ると……見つけた!レヴァノフだ。

 お付きの従騎士たちと一緒である。

 俺は柱に身を隠し、様子を伺う。


「お疲れ様でした。元帥殿」

「あぁよいよい。私もいい気分転換が出来ましたからね。フォッフォッ」

「そう言っていただけるとありがたいです。もう宿に帰られますか?」

「そうさせて貰おうかな。少々疲れたのでね」

「馬車を用意しております。どうぞこちらへ」


 扉の向こうに消えていくレヴァノフと従騎士たち。

 それを追おうと駆け出すアーミラの腕を掴んで止めた。


「む……何故止めるのですランガ様」

「この街の高級ホテルは一つしかないから、わざわざすぐ後を追って危険を冒して追う必要はない。別ルートで先回りするぞ」

「ハッ」


 街唯一の高級ホテル『ロイヤルズ』は国王陛下が視察の際に泊まった事もあるという由緒正しきホテルである。

 訪れた有名人や金持ちは大抵ここに泊まるのだ。

 特にレヴァノフらは大人数。

 防犯の面を鑑みても、ここしかあるまい。


 逆側の扉から出た俺たちは、夜闇に紛れ屋根の上に跳ぶ。

 俺は当然、アーミラもまた魔力を極限まで減らしての跳躍。

 見事なそれに俺は目を丸くした。


「おお、大分魔力の制御が上手くなったな。アーミラ」

「ランガ様にいっぱいいっぱいシゴかれた成果ですわっ!」


 くねくねと腰をよじらせるアーミラ。

 先日ちょろっとやっただけだろうが。

 とはいえそれだけでここまで仕上げてくるとは、大したもんだ。

 屋根の上を跳び連ね、ホテルの前に辿りついた俺とアーミラはそこでレヴァノフを待つ。


「そうだアーミラ、お前『聞き耳』は立てられるか?」

「もちろんですともっ!」


 頷くアーミラと共に、耳に魔力を集中させる。

 これは簡単に言うとものすごくよく聞く、という俺のオリジナル技。

 便宜上『聞き耳』と呼んでいる。

 ある範囲に意識を集中させると、そこで何を話しているかが聞こえるのだ。

 意識を集中させると、レヴァノフの独り言が聞こえてくる。


「あの男……どうやらごく普通の番兵だったようじゃの」


 冷たく低い、地の底から響くような声。

 この喋り方は間違いなくレヴァノフのものだ。

 そして内容も俺の推測通り、親父を見に来ただけのようである。

 胸を撫で下ろす俺の耳に、次の言葉が聞こえてきた。


「しかしあの魔力の波動……あの生意気な小僧、ランガに相違ない。この街に潜んでいるのは間違いないはずじゃ……何としても捜しださねば」


 その言葉に俺は驚いた。

 俺に気づいていた、だと……?

 だがならば何故、あの時俺に気づかない様子だったのだろうか。

 しかし俺の疑問はすぐに解する事となる。


「あの小僧、我が別荘で破壊活動を行ったあげく魔力のニオイをこれ見よがしに残してきおって……!」


 別荘、破壊活動、魔力を残す……という言葉に俺はすぐにピンときた。

 レヴァノフの言う別荘とは以前アーミラに攫われ、監禁されていた場所だ。

 じろりと睨みつけると、アーミラは慌てて頭を下げた。


「も、もうしわけありませんっ! ランガ様っ!」

「はぁ……ったく、やっちまったもんは仕方ないけどよ……」


 シュンとするアーミラに、一応フォローを入れておく。

 それにしても今までの事件、大体アーミラが原因じゃねぇか。

 やはりこいつ、そばに置くべきではなかったか?

 俺は大きなため息を吐きつつ、再度レヴァノフの独り言に耳を傾ける。


「小僧は間違いなく、この街におる……探し出して必ず消さねば……!」


 ざわ、と背筋が泡立つ感触。

 レヴァノフの野郎、俺を殺すつもりだと……?

 その言葉を聞いた俺は、思わず口元を歪ませる。

 レヴァノフは四天王時代、俺を目の敵にしていた。

 何かにつけて因縁を飛ばし、他の四天王が俺を疎ましく思うよう根回しをしてきたのだ。

 俺を嵌めたのだって、こいつに違いない。


 そう思うと怒りがふつふつとわいてきた。

 上等だ。殺せるものなら殺してみやがれ。

 返り討ちにしてやる……!


「ランガ様……?」


 俺の殺意に気づいたアーミラが呟く。

 おっと、これ以上殺意を漏らせば場所を悟られる恐れがあるか。

 俺は立ち止まり、ホテルに入っていくレヴァノフを見送った。


「……とにかく、居所がわかればこっちのものだ。先手必勝、奴を排除するぞ」

「お待ちくださいランガ様」


 潜入しようとした俺をアーミラが制止する。


「……どうした?」

「レヴァノフはどうやら人間の中でもかなりの重職についている模様。周りには部下も侍らせておりますし、如何にランガ様と言えど魔軍四天王相手が相手ではすんなりとはいかないでしょう。周りに殺害現場を見られれば追われる身となります。ランガ様の望む平穏な生活とは程遠い結末になってしまうと思われますが」


 アーミラの言葉に、頭に上っていた血がスゥっと降りてくる。

 そうだ、冷静になれば考えなしにもほどがあったな。

 ったく、前世ではそれで失敗したというのに……俺は頭をがりがりと掻いて、アーミラに向き直る。


「……そうだったな。短慮が過ぎた」

「いえ、出過ぎた真似を申しました」


 恭しく頭を下げるアーミラ。

 しかしすぐに顔を上げる。


「差し出がましいようですが、私めに考えがございます」

「ふむ?」

「人の姿をしていても、奴は魔族。人喰いのサガからは逃れられません。死霊族が求めるのは新鮮な魂……王都のスレた魂に飽いたレヴァノフが田舎街の心気豊かな魂を欲するのは間違いないでしょう」

「……!なるほど、それを暴くのか」

「流石はランガ様、察しがいい」


 アーミラの言葉に納得した俺だったが、すぐに問題に気付いた。


「しかし……それには何か決定的な証拠を見つける必要があるんじゃないか? 奴は四天王一、用心深い男だぞ。そう簡単に隙を作るとも思えんが……」

「そのための、私です」


 アーミラは語気を強めて続ける。


「私がレヴァノフの部屋に侵入し、何か動かぬ証拠を見つけてまいります」


 強く、妖しく、アーミラの瞳が輝いた。

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