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転生した俺

「――――朝、か」


 ゆっくりと身体を起こした俺は、窓ガラスに映る自分の姿を確認する。

 小さく柔らかい手、真っ白な肌、黒い髪、それは間違いなく人間の子供の姿だった。

 もう随分と見慣れた、自身の姿を見て呟く。


「あれからもう、十年になるんだな」


 ポリポリと頭を掻きながら、俺はベッドから起き上がる。

 勇者に倒された俺は人間に生まれ変わった。

 人間の中でもごく普通の家の、ありふれた子供として。

 鬼王だった頃の記憶も能力も依然として有しているが、人間の子供の身体ではその力はほとんど発揮出来ない。


 だが人間に生まれ変わったのは幸いだった。

 魔族の世界は力こそすべて、弱者は徹底的に蔑まれ、食われるか利用されるかだ。

 だから俺は強くなるしかなかった。

 しかし人間の世界であれば、立ち回り次第で平穏な暮らしを送れるはずだ。

 前世では周囲に持ち上げられ、強敵と戦い続ける血なまぐさい生活だったが、今回はそうはならない。

 ――――俺はこの人生、心穏やかで平凡な一生を送ってみせる。


 決意を新たにし、俺は両手で顔を叩くと部屋をぐるりと見渡す。

 木の板を張り合わせた床と小さな勉強机しかないこの質素な部屋が、今の俺の部屋だ。

 俺は立ち上がるとクローゼットの中に仕舞ってあるボロ服に袖を通し、ズボンを履いた。

 扉を開けて階段を降り、かまどのある炊事場へ行く。

 そしてかまどの中に火石の欠片を入れ、炎を付けた。

 これは魔術師が魔石を錬成をする際に出る燃え殻のようなもので、庶民はこれを使って火種とするのだ。

 火をつける程度なら今の俺でも魔術でどうとでもなるが、もちろんそんな事はしない。

 魔術を使う10歳児など、いるはずもない。


 フライパンに油を引いて、先日買ってあった干し肉を焼き始める。

 ぱちぱちと油の爆ぜる音がし始めたところで、同じく買っておいた卵を投入。

 蓋をしてしばらくそのまま温めると、目玉焼きの完成だ。

 皿に入れると、いいにおいがふんわりと鼻をくすぐる。


「おぉ、いい匂いじゃあねぇか。ランガ」


 だらしなく衣服を着崩した中年男がのっそりと炊事場に足を踏み入れる。

 男は大あくびをしながら俺に近づいて来ると、俺の頭の上に手を載せた

 そしてぐりぐり撫でながら、俺が作っていた目玉焼きをペロリと食べてしまった。

 この男は俺の父親、ダリル=バリアントだ。

 街の番兵をしており、酒と博打を好むだらしない男で母親とは三年前に離婚。

 以後、俺と二人でこの家に暮らしている。

 俺の呆れる視線にも気付かずムシャムシャと目玉焼きを食べる親父を見て、俺は困ったような顔をする。


「もー、ダメだよお父さん。の目玉焼きを勝手に食べちゃあさー」


 声をやや高めにし、子供らしい言葉で、言った。

 大人という生き物は子供が弱く可愛らしい存在である事を望む。

 それに応えてやれば波風は立ちにくい。

 長い人間生活の中で俺は学び、親父は俺の演技に思惑通りにハマっていた。

 俺の考えなど全く気づいていない様子で、豪快に笑う。


「ガハハ、男ってのはもっとワイルドに飽きるもんだぜ。ランガ、お前も男ならナヨナヨしてるんじゃねぇ!全くお前には強く育って欲しくて単身勇者様を苦しめた鬼の名を付けたが、名に似合わねぇ子に育ったもんだ!」


 だが親父はそんな俺の態度が気に入らないようだ。

 そう、かつての魔軍四天王ランガは一人で勇者を苦しめた強敵として伝説になっていた。

 たった一人で、武器も使わず。魔族らしからぬ正々堂々とした戦いぶりから、今でも人気があるらしい。

 ……単に他の四天王に武器を隠され、部下を全員離散させられていただけとは、とても言えないな。


「それじゃあ行ってくるぜ!」

「いってらっしゃい」


 食事を終えた親父は、俺よりも一足早く仕事へ行く。

 それを見送りながら朝食を詰め込むと俺も支度を始めた。


「さて、行くか」


 安い皮の靴を履き、扉を開き鍵をかけて駆け出す。


「あらおはよう、ランガちゃん」

「おはよう花屋のおばさん!今日もお花が綺麗だね!」

「おう、ランガ!いい天気だなぁ!」

「おはよう肉屋のおじさん!今日もいっぱい売れるといいね!」


 道行く人々と挨拶を交わしながら、俺は商店街の中を行く。

 ご近所さんとは仲良くしておいて損はない。

 何か起きた時に味方になって貰えるし、時々余り物なんかも貰える。

 皆、気のいい人たちばかりだ。


 商店街を抜けると目的地が見えてきた。

 ――――グリュエール教会神学校。

 教会が街の子供たちを預かり面倒を見る、学び舎である。

 読み書きに加え簡単な運動の指導、社会生活の基本を学ぶ場所だ。

 元魔族である俺が人間社会を学ぶ上でかなり役に立っている。


「おはよーランガ!」

「おはよう」

「ランガ、今度玉蹴りやろうぜー!」

「おう、負けねーぞ!」


 子供たちと「無邪気」な挨拶を交わしながら校舎の中へ入っていく。

 俺が教室に入り席に着いた少し後、授業の始まりを告げる教会の鐘が鳴った。


 それからしばらく、ガラガラと扉が開き修道女姿の女性が入ってくる。

 シスター・クレア。この幼年組の担任を務める先生である。

 クレア先生は皆をゆっくり見渡した後、屈託なく笑う。


「はーい、みんなおはよう!」

「おはようございます、クレアせんせーっ!!」


 それに呼応するように、子供たちは一斉に手を上げて元気よく返事をする。

 クレア先生はそれを満足げに見て頷いた。


「うんうん、みんな元気ね!じゃあ今日も神様の加護の元、楽しく一生懸命に一日を過ごしましょうね」

「はーーーいっ!」

「はい、それでは授業を始めます。まずは神学の教科書の27ページを開いて――――主は申されました、闇の中を進むには心の灯を……」


 クレア先生が上品に口を開き、歌うように教科書の文章を読み始める。

 神学の内容はほとんど、神を敬いなさい。善き行いをしなさい。悪の心を捨てなさい……といった話だ。

 最後は「神に感謝を」といった言葉で結ぶあたり、いかにも神学校といった感じだ。

 それにしても魔族である自分が神学校に通うとは、何とも皮肉である。


「はい、それではランガくん。この続きを読んで下さい」


 気づけばクレア先生がじっとこちらを見て、意味ありげに微笑んでいた。

 どうやらぼうっとしていたのを見抜かれたらしい。

 みんなもクスクスと笑っていた。

 だが聞いていなかった訳ではない。

 確かに考え事をしてはいたが、ほんの少しは意識を向けていた。


「主は言いました。谷底から吹き上がる風が天を衝く。その時天上からは高らかに笛が鳴り響き、世界は愛に満ちるであろう。すなわち福音である。神に感謝すべし」


 俺が続きを読み終えると、教室がしんと静まり返る。

 不思議に思った俺はクレア先生に尋ねる。


「あの、もういいですか?」

「え、えぇ……こほん、そ、それでは次の章にいきますね」


 随分と驚いた様子のクレア先生に首を傾げつつ、教科書をしげしげと眺める俺に、後ろの席の少年、レントンが小声で話しかけてきた。


(やるなぁランガ、今のは古代文だろ?いつの間に憶えたんだ?)

(あー……)


 レントンの言葉で、ようやく皆の態度に納得がいった。

 恐らくクレア先生は、ぼうっする俺を注意すべく難しい問題を出したのだ。

 しかしそれをあっさりと解かれ、呆けてしまったのだろう。

 古代文は魔族の常用語だったからつい、普通に読んでしまったのである。


(た、たまたまさ!父さんが知ってて教えてくれたんだよ)

(へぇー、ランガの親父さんて考古学でもかじってんのか?すげーんだな!)

(ハハハ……)


 レントンの言葉を、俺は笑って誤魔化す。

 つい魔族の時の癖が出てしまうな。

 普通の子供を演じるのも楽じゃない。


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