鬼十字
「シューーー……!」
ゼルは俺をギョロリと睨め付け、全身から生やした触手をぶんぶんと振り乱している。
相当な速度……身体強化のみならず、そこらの生物を食べて強く、大きくなったようだ。
しかし如何に強化されようと所詮はゼル、俺が普通に戦えば瞬殺なのだが……
「親父さーん!頑張ってくれーーーっ!」
レントンは俺を親父だと勘違いしているのだ。
そんな状態で瞬殺してしまうわけにもいかないだろう。あれだけ苦戦していたのに、あまりに無理がある。
出来るだけ自然に、違和感なく戦って勝たなければならない。
やれやれ、苦労させられるぜ。
「シャーーー!!」
俺の苦労など知る由もなく、ゼルは襲いかかってくる。
襲いくる触手を俺は、手にした槍を軽く振るって切り落とした。
ボトボトと地面に落ちた触手が消滅していく。
「ギシ……!?」
あっさりと攻撃を防がれたゼルは、困惑しているようだ。
さっきまでは自分が押していたからな。
ちょっと不自然に見えた……か?
「おおっ!親父さんスゲェっ!さっきと動きが全然違うぞっ!」
しかしレントンは全く気付いてないようで、声援を送ってくる。
動きというか中身も全然違うわけだが……
まぁいいや、ボロが出ないうちにさっさと決めるか。
俺は悠然とゼルに歩み寄る。
ゼルは近寄らせまいと触手を振り回すが、その悉くを斬り払いながら往く。
一歩、二歩、そして三歩目で、俺はゼルと肉薄した。
ゆっくりと見上げると、ゼルは一際大きく鳴く。
「シ……ギシ……シャァァァァァァァ!」
咆哮と共に全身から触手を伸ばす――――それが最後の抵抗だった。
俺は一気に槍を振り抜き、その斬撃でゼルの身体が上下真っ二つに割れた。
だがまだ終わっていない。
上部に逃げた目の、核の部分を狙い、今度は槍を振り下ろす。
この手の不定形の魔物は身体の何処かに核を持ち、それを破壊せねば倒せないのだ。
――――一閃、ゼルの身体は十字に分断され、核もまた真っ二つに割れた。
粉々に散り砕けていく核を見届けた俺は、勢いのままに槍を地面に叩きつけた。
どおおおおおおおん! と衝撃波が吹き荒れ大きな土煙が上がる。
もうもうと立ち込める土煙。
これならレントンたちからは見えないか。
「今のうちに……っと」
俺は鎧を脱ぐと、また親父に着せ直していく。
これでよし、俺は土煙が晴れる前に、木の陰に姿を隠した。
「父さーーーん!」
そして何食わぬ顔で、駆け寄る俺。
親父を抱き起こして気つけを促した。
超忙しい。
俺を追ってレントンも、アーミラも駆け寄って来る。
「親父さん! だ、大丈夫かよっ!」
「……うーん、なんだぁ……一体……」
目を覚ました親父が、頭を押さえながら起き上がる。
何が起こったかわからないといった様子でぼんやりしている親父に、レントンは抱きついた。
「親父さん!スゲェ!スゲェよ!あの魔物を倒しちまうなんてっ!」
「俺が……魔物を……?」
キョトンととする親父に、アーミラが言う。
「えぇダリル様、貴方があの魔物を倒したのですよ。無我夢中だったからでしょうか、憶えてらっしゃらないようですね」
アーミラがそれに付け加える。ナイスフォローだ。
「うんうん、父さんすごいよ。あんな魔物を倒しちゃうなんて、僕びっくりしちゃった」
俺もついでにダメ押ししておく。
「そうだよ!吹き飛ばされてもうダメかと思ったけど、いきなり起き上がって魔物を一撃で倒しちゃうんだもんな!」
「恐らく我々がいたから力を発揮出来なかったのでしょうね」
「父さんカッコよかったよ!」
そう、これが俺のシナリオ。
親父のふりをして魔物を倒し、気絶した親父がやったという事にするのだ。
「…………」
羨望の目を向けられ、ポカーンとした顔で俺たちの言葉を聞いていた親父だったが、
「ガハハ!そうだろそうだろ!」
――――思いっきり乗ってきた。
やっぱりな、お調子者の親父ならそうくると思ったぜ。
我が父親ながら単純で助かる。
親父は大笑いしながら、どっかと腰を下ろす。
「そりゃあもちろん、苦戦して見えたのは魔物の注意を俺に引きつける為だ!お前らが逃げたのを確認したからようやく本気で戦う事にしたのさ!」
「おおっ!やっぱり!あの十文字斬り、すごかったっす!」
「おうとも!ありゃあ我が家系に代々伝わる秘技、『鬼十字』さ!」
……なーにが『鬼十字』だよ。
適当に放った攻撃がたまたま十文字斬りになっただけなんだが。
冷めた視線を送る俺とアーミラだが、レントンは未だ興奮冷めやらぬ様子で親父に詰め寄る。
「『鬼十字』!カッケェェェェェェ!!」
「ガハハ!そうだろうが!」
「うんうんっ!槍がグニャってなってるもん!マジ半端ねーよ!」
レントンの言葉に親父は自分の槍を見る。
槍は俺の攻撃に耐えきれず、ぐんにゃりと曲がっていた。
すまん親父。悪気はなかった。
「……げ、しまった。隊長にどやされちまう……」
「ま、まぁまぁ、僕たちを守るために戦ってくれたんだもん。隊長さんも許してくれるよ」
「そうだといいがねぇ……」
親父は落ち込んだ様子で、大きなため息を吐くのだった。