夜の修行
夜になって俺は目を覚ました。
起き上がり、横目で隣においてあるベッドを見ると、アーミラが寝息を立てていた。
(……どうやら寝ているようだな)
アーミラがウチに住むことになったわけだが貧乏暮らしの我が家に空いている部屋があるわけもなく、アーミラは俺の部屋で寝る事になったのだ。
もちろん俺は反対した。男女が同じ部屋はまずいだろ、と。
しかし、『別にいいだろ、子供同士なんだから』と一蹴されてしまったのである。
ちなみにアーミラは当然のように大喜びであった。
全く、アーミラが一緒だと行動が制限されるんだがな……わざわざこんな事をしなきゃならん。
俺が深夜に起きた理由は日課の魔物討伐兼、修行。
アーミラと一緒では目立つので、学校の帰りがけには行けなかったのだ。
皆が寝静まった今なら、門番の監視も緩いし楽に抜け出せるだろう。
「さて、行くとするかな……」
小声で呟きながら、音を立てぬよう起き上がると、
「どちらに行かれるのです?ランガ様」
むくりと起き上がるアーミラ。
その目はパッチリと開いていた。
狸寝入りかよ、ちくしょう。
「……トイレだよ」
俺が誤魔化そうとすると、アーミラはお見通しといった顔でクスクス笑った。
「ふふっ、相変わらず嘘の下手なこと。そこがまた清廉潔白なランガ様らしいですが。恐らくですが、秘密の修業とか!ズバリそういうのではないでしょうかっ!?あ、そのため息は当たりですねっ!?」
まさにピタリと当ててきやがった。
「……全くお前は恐ろしい奴だよ」
「ランガ様のお考えになる事くらいわからずして、どうして副官が務まりましょう!ついて行ってもよろしいですかっ!?」
「ダメと言ってもどうせついてくるんだろ?……好きにしな」
「言わずと想いが伝わる……なんだかランガ様と通じ合っているようで嬉しいですわ」
アーミラは両手を頬に当て、もじもじと腰をくねらせている。
お前の言いたいことくらい大体わかるわ。
■■■
「それでは張り切ってまいりましょう!」
家を出たアーミラは、小声で『おー』と言いながら片手を上げた。
俺も続いて夜道を歩く。
しばらくすると、いつもの抜け道に辿りついた。
「こっちだ。抜け道を作ってある」
「なるほど……藁で隠しているのですね」
藁を除け、壁にあけた穴を通り抜けると街の外へ出た。
「荒野で魔物を狩る。とりあえずついてこい」
「わかりました!」
アーミラを従え、荒野を歩いていると夜闇に蠢く塊を見つけた。
「ゼル……ですね。しかしこの程度の魔物を倒したとて……」
「修行にはならんか?まぁ見ていろ」
俺が近づくのに気付いたのか、ゼルが体内にある目を向けてきた。
アーミラには下がらせたまま、向かい合う。
「シュー!」
全身から触手を生やし向かってくるゼル。
俺はそれを軽くいなしながら、いつも通り身体強化の魔術をかけていく。
そのやり取りは次第に速くなり、アーミラは目を見開いた。
「な、なんと……そのような修行法があったとは……不定形の魔物であるゼルには筋力による限界はないし、相当レベルまで身体強化が可能……!」
「そんな……ほっ、ところ……だ!」
触手の速度はすでにゼルの限界値辺りまで上がっていた。
こいつは個体値が低いな。俺には少し物足りない相手だ。
「アーミラ、代わってみるか?」
「よろしいのですか?」
「あぁ、だが――――気を抜くなよ」
俺はゼルに肉薄すると、加減した蹴りをぶち込んだ。
吹っ飛ばされたゼルはアーミラの方へ転がっていく。
「シュウゥゥゥ……!」
ゼルとアーミラの目が合う。
どうやら今度はアーミラを標的としたようだ。
アーミラもまた、戦闘態勢に入る。
「……貴方に恨みはありませんが、ランガ様に有能副官アピールをする良い機会ですので」
「シャーーー!!」
奇声を上げながら触手を振りみだし、ゼルはアーミラに襲い掛かる。
振り下ろされる触手を手刀にて切断を試みるアーミラ。
だが、触手は切り落とされることなくその手にへばりついた。
「な……!」
「ゼルの身体は長時間触れるとネバつく。魔力でガードするか、触れる箇所を最小限にするか……というか両方やるんだ」
「ひいっ!無茶ぶりですーっ!」
「シャーーーッ!ギシャーーーッ!」
降り注ぐ触手の雨あられ。
アーミラは両手に魔力を纏わ、必死に抵抗するが次第に防ぎきれなくなっていく。
ここまでだな。俺は両者の間に入ると、襲い来る触手を全て弾き飛ばした。
「ランガ様……!」
「悪いな。ちょっと無茶をさせすぎた」
無意識に自分の感覚を押し付けてしまうのは俺の悪い癖だ。
俺のやっている修行をアーミラが簡単にこなせるはずもない。
ゼルを睨みつけると、拳に魔力を込める。
「……というわけで、さよならだ」
「ギ――――」
ゼルが声を発する暇、俺はその中心に拳を叩きこんだ。
魔力を叩きこまれたゼルは膨張し、破裂し、消滅した。
「……ふぅ、大丈夫か?」
呆けた顔でへたり込むアーミラに手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます……」
俺の手を取るアーミラの身体は、ゼルの粘液でべっとりと濡れていた。
「おう、気にするな……というか俺が悪かった。すまん」
「いえ、力不足を痛感いたしました。ランガ様は毎日このような修行を積んでいたのですね……」
「勘違いするなよ。平穏に暮らすにはある程度の力が必要なだけだからな」
「ある程度……でございますか」
アーミラはそう言いながら、白い目を向けてくる。
いや、このくらいは普通だと思うんだが。
「やはりというか、流石はランガ様ですね。感服いたしました」
「お、おう……」
アーミラの呆れたような敬うような言葉に、俺はなんだか不条理な気持ちになるのだった。