メイドのお仕事
「起きて下さいランガ様っ!朝ですよ!」
ベッドの上から声が聞こえる。
腹具合から見て、いつも起きる時間ではない気がする。
というか誰が起こしてるんだっけ……親父?いや、母さん?寝ぼけた頭で考えながらも、俺は布団を被り直し、ごろんと寝がえりを打った。
「むにゃ、まだ早いよ……」
「まぁ!そんな事はありません!日は昇っていますよ、ランガ様っ!」
その呼ばれ方に俺は飛び起きる。
目の前にはメイド姿のアーミラが満面の笑みを浮かべて立っていた。
「おはようございます。ランガ様、良い朝ですね」
「アー……ミラ……?」
「えぇ、えぇ、あなた様の忠実なるメイド、アーミラですとも。ランガ様?」
そうか、思い出した。
昨日からアーミラが一緒に住む事になったんだっけか。
痛む頭を押さえながら、俺はベッドから起き上がる。
「あらいけません、ランガ様ったら頭痛ですかっ!?丁度よく効くお薬がございますので、どうぞどうぞ」
「お、おう……ありがとな」
頭痛の種がアーミラ本人だとはとても言えない。
薬を手に訝しむ俺を見て、アーミラはくすりと笑う。
「ご安心を、別に変な物は入っておりませんよ。敗北を認めた今、ランガ様を薬や魔術でどうこうしようとは思っていませんので」
「確かに……ごく普通の市販薬のようだな」
貰った薬を飲み干しながら、俺はアーミラをじっと見る。
「先日も言ったがお前が何を言おうと、俺が戦いに身を投じる事はない。ウチで暮らすのは構わんが、それだけは理解しておけよ」
「えぇ、わかっておりますとも!」
念を押すと、やはり快諾するアーミラ。
俺が怪しんでいるのをわかったように、説明を付け加える。
「ランガ様が昔とお変わりないのがよく分かりましたから。であれば私はただ、ランガ様のお側においていただければそれで満足です。今はまだ!」
「……今はまだ、ね」
「はいっ! それより早くしないと朝食が冷めてしまいますよ」
釈然としないがこれ以上問答しても仕方ないか。
アーミラに連れられ居間に入ると、いい匂いが漂ってきた。
テーブルの上には焼き魚に香草のスープ、焼きたてのパンが並んでいる。
「さぁランガ様、粗食ですが、たっぷり召し上がって下さいませね」
「おぉ、こいつは美味しそうだ」
並べた朝食を前にして、ついテンションが上がる。
自分で作らない食事ってのはいいもんだ。
椅子に座る俺を見届け、アーミラは部屋を出る。
「私はダリル様を起こしてきますので、先に召し上がっていて下さいませ。何度かお声掛けしたのですが……お疲れなのでしょうか?」
親父め、メイドが来てもだらしないのは変わらずか。
「ほっときゃそのうち起きてくるよ」
「いけません! メイドが主人の父親を無下にするなどっ!」
「……そうか、まぁ気をつけろよな」
「?はい、わかりました」
アーミラは俺の言葉に首を傾げながらも、親父の部屋へと向かう。
それを見送りながら俺はずずずとスープをすする。あ、美味い。
廊下を歩く音が聞こえてくる。続いて扉をノックする音が何度か、そして開ける音が聞こえ、そして――――
どたん!ばたん!ごとん!がらがら!と色々なものが崩れる音が聞こえた。
やれやれ、やっぱりやっちまったか。俺はパンをかじりながら、親父の部屋へ向かう。
「ら、ランガ様ぁーっ」
アーミラは情けない声を出しながら、崩れかけた家具を支えていた。
やっぱりこうなっちまったか。
俺はパンを口に放り込むと、ひょいひょいと崩れかけていた家具を積み直す。
「と、扉を開けたらいきなり崩れて……」
「親父の部屋の入り口は軽くパズルみたいになってるからな。気を付けて入らないと物が崩れる」
「なぜですかぁーーーっ!!」
親父の部屋はめちゃくちゃ汚く、数十年放置された物置のようになっている。
中をまともに歩けるのは本人だけだ。
なお、当の本人はこれだけドタバタしてもまだいびきをかいていた。
「……んお?どうしたんだお前ら、そんなところで」
と思ったらいきなり目を覚ました。
のんきにあくびをしながら起き上がると、足元に散らばったガラクタを器用に避けて歩いている。
「父さんの荷物で、アーミラが潰れるところだったんだよ。そろそろ部屋を片付けなって」
「えー、十分片付いているだろー。無駄なものなんて一切ない、効率的かつ機能的な計算され尽くした配置だぞ」
どの口が言ってるんだどの口が。
無駄、非効率、非機能性を極めた、混沌空間の間違いじゃないのか。
「そう思ってるのは父さんだけだよ。な、アーミラ」
「仰る通りでございます」
即座に俺の言葉は肯定された。
有無を言わせぬ笑顔と共に。
「えぇー、アーミラちゃんランガの味方なのかよー。おじさんショック受けちゃうなー。片づけないとダメ?」
「ランガ様の、仰る通りでございます」
「どうしても?」
「ど う し て も で ご ざ い ま す」
親父が往生際悪く粘るが、アーミラは笑顔で首を振った。
こうなったアーミラはてこでも動かない。
それを感じ取ったのか、親父は早々に折れた。
「……はぁ、わかったよ。片づける、片づけます。とりあえず仕事から帰ってからな」
「はい! 朝食の準備は出来ておりますので、どうぞこちらへ」
笑顔のままなのが逆に怖いぞ、アーミラ。
親父は食卓につくなり、勢いよく食べ始める。
「おおっ!うめーうめー!これ美味いぜアーミラちゃん!」
「ありがとうございます。ダリル様も良い食べっぷりで」
親父は勢いよく食事をかきこみ、すぐに食事を終えた。
「ふい、ごっそさん!じゃあ仕事に行ってくるぜ!」
「お待ち下さいませ」
立ち上がろうとする親父を、アーミラは止める。
「なんでぇ?アーミラちゃん」
「食器を洗って下さいませ。あと自分の汚した場所を拭いて下さいませ」
「えぇ?待ってくれよ。俺は今から仕事に行かないといけないんだが……」
「下 さ い ま せ ?」
有無を言わさぬ迫力のある、笑み。
親父はその迫力に押され後ずさる。
「う……わ、わーったよ!」
親父は観念したのかさっさとテーブルを拭き、食器を洗って慌ただしく出て行った。
おぉ、あの親父に言う事を聞かせるとは……やるなアーミラ。
「ふぅ、全く何とも奔放なお父上です。ランガ様のお父上でなければ100回は殺しておりました」
「いや、殺すなよ」
涼しげな顔をして、物騒な事を言い出すアーミラ。
本気でやりそうなところが恐ろしい。
「まぁよろしい。ならば教育すれば良いだけですので。かつての我らが部隊のようにね」
四天王時代、俺の部隊の者はアーミラの指示で武器の手入れや掃除、食器の用意から洗浄まで、全て自分で行っていた。
モットーは「自分のケツは自分で拭け」である。
逆らう者は厳罰を受けるのだ。
「さて、じゃあ俺も片付けして学校に行くぜ」
そう言って立ち上がると、俺は食器を洗い始める。
「流石はランガ様でございます。言わずとも理解されていますね」
「いいよ、怖い顔で睨まれたくないからな」
「あら、心外な」
と言いつつも、アーミラは満足げに微笑む。
ちなみにそのルールは俺にも適応されている。
親父は帰ってきて、すぐに部屋を片づけさせられた。
それだけでなく、少しは家事をやるようになったのだ。
俺が言っても何一つ言う事を聞かなかったのに……これだけはアーミラが来て、よかったといったところかな。