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負けました

 パラパラと崩れ落ちる木片、もうもうと立ち上る埃。

 その中を揺らめく影――――アーミラがよろよろと立ち上がる。

 加減したとはいえちゃんと立ってくるか……どうやらそれなりには鍛えているようだ。


「はぁ……はぁ……は、ぁ……!」


 アーミラは息を切らせながらも、一歩、また一歩と歩み寄ってくる。

 まだやるつもりか。

 俺も戦闘を継続すべく身構える。

 瞬間、ゆらりとアーミラは身体をよろめかせた。

 倒れる――――!? 思わず抱きとめようとした俺目がけ、アーミラが突っ込んできた。

 しまっ――――


「ランガ様ぁっ!」


 後悔する暇もなく、俺はタックルをする形でアーミラに抱きつかれ、そのまま押し倒されてしまう。

 攻撃の意思はなかったようで、拍子抜けした俺は反撃の意を失った。


「ああっ! ランガ様はやはり素晴らしいっ! なんだかんだ言いながらも鍛錬は続けておられたのですね! そしてこれほどの力! かつてのランガ様の片鱗を感じましたっ! 感じちゃいましたっ! 思わずイっちゃう程にっ!」

「お、おう……」


 ドン引きする俺をにする事もなく、アーミラは力一杯俺を抱き締める。

 痛い痛い。


「やはり、やはりランガ様はランガ様だったのですねっ!私の心配など無用だったのですねっ!」

「なんの話かわからんが……ともあれ俺の勝ちだろう?」

「はいっ!負けましたっ!アーミラは完膚なきまでにランガ様に敗北しちゃいましたっ!えへっ!」


 満面の笑みで敗北宣言するアーミラ。

 その笑顔が恐ろしい。早くこの場を離れた方がいいかもしれない。

 その前に念押しをしておこう。


「……言っておくが俺は世界も征服しないし、お前の言う事も聞かん。いいな、わかったな」

「はいっ!もちろんでございますともっ!敗者は勝者に絶対服従、それが鬼族の掟でございますから!」

「まぁ今の俺らは人間なワケだが……理解してくれたならいい。じゃあ俺は行くぞ」

「はいっ!いってらっしゃいませっ!」


 微妙な会話のずれがなんだか不気味だが、わかってくれてよかったと言ったところか。

 なんだか妙に聞き分けがいい気がするが……とにかく帰ろう。

 もう日も沈んでいる。あの親父でも心配しているだろう。

 しかしやれやれ、疲れちまったな。

 先刻の衝撃でちょっぴり傾いた別荘を後にし、俺は帰途に就くのだった。


 ■■■


 街に帰る頃には暗くなっていた。結構遅くなったな。

 そういえば食事の準備をしていなかったか。

 親父、怒ってたら面倒だな……そんな事を考えながら、恐る恐る扉を開く。


「ただいまー……」

「おう、帰ったかランガ!」


 酒を飲みながら、親父が俺を迎えた。

 どうやらそこまで心配していなかったようで、ホッとする。


「心配させてごめんなさい、遅くなりました」


 頭を下げる俺の肩に、親父は手を載せる。


「いいんだよ。男子たるもの一人で過ごしたい夜もあるさ!それに心配はしてねぇよ。置手紙もあったしな」


 テーブルの上に置かれた紙には、レントンの家に泊りで遊びに行ってくると書かれていた。

 俺の筆跡で、である。アーミラの奴、俺の筆跡まで真似れるのかよ。


「ところでよ、お前んところに女の子が一人、迎えに来なかったか? 長ーい黒髪の、可愛い感じの子だ」

「……はぁ?」


 迎え?黒髪?女の子?嫌な予感が背筋を伝う。


「ただいま戻りました」


 既視感のある声に振り向くと、先刻別れたばかりのアーミラがそこにいた。

 しかも何故かメイド姿で。


「なっ……お、お前……アーミラっ!?」

「驚かせちゃいましたね。ランガ様」


 ぱちんとウインクをすると、アーミラは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる。

 話についていけてない俺を横に、親父とアーミラは仲良さげに会話し始める。


「おう、ランガとは会えたみたいだな。アーミラちゃん」

「えぇ、ついでに少しお話をして、仲良くさせてもらいました」

「ガハハ、もう呼び捨てだとはな。意外とやるじゃねぇか! ランガ!」

「いや、おま、これ、どういうことだっ!?」


 慌てふためく俺を、親父は呆れたような顔で見る。


「なんだ聞いてないのか?」

「聞いてねぇよっ! 全く! 微塵も! これっぽっちも!」


 何が何だかわからない。

 戸惑う俺に、親父が説明をし始めた。


「この子はアーミラ、家族でこの町に住むはずだったんだが、道中で両親を魔物に殺されたらしくってよ、可愛そうだから今日からウチで面倒見ることになったんだ。住み込みでメイドとして働いてくれるってよ。な、アーミラちゃん」

「はいっ!」


 満面の笑みを浮かべるアーミラを見て、俺は愕然とした。


「な、なに勝手な事を言ってるんだよ!」

「いいじゃあねーか。ちょうど男所帯でむさくるしかったしよぅ。それにお前、身寄りのないこの子を寒空の下に放り出すってのか? 俺はお前をそんな冷たい男に育てた覚えはないぞ?」

「いや、こいつは――――」


 言いかけて口ごもる。

 元魔軍四天王の副官、血のクイーンオブブラッドの転生体といえど、今のアーミラは見た目普通の少女なのだ。

 くっ、妙にあっさり引き下がったのはこれが理由か。

 一緒にいれば俺をかどわかすチャンスはいくらでもあると。

 俺が「やってくれたな」という視線を送ると、アーミラは悲しそうに目元に手を当て、鼻を鳴らし始める。


「いえ、ランガ様の気持ちもわかります。いきなり家族が増えるのはデリケートな問題ですし、受け入れられなくても仕方がありません。……わかりました。最期の路銀でメイド服を調達してきましたが、これ以上ご迷惑はかけられません。私は出て行く事に致します」

「おい落ち着けよ。アーミラちゃん!ランガだって気持ちの整理がついてないだけで、すぐに受け入れてくれるさ、な!」


 わかりやすいウソ泣きに親父は慌てて駆け寄り、慰めている。

 ったく、相変わらず女の涙に弱い親父だ。

 悪い女に騙されても知らねぇぞ。……いや、現在進行形で騙されてるぞ。

 親父は冷たい視線を送る俺の肩を抱き、小声で囁く。


(なぁ、考えてみろよランガ、同い年の美少女メイドと一つ屋根の下で暮らせるんだぜ? 友達もうらやましがるぞぉー。それにもう早起きしてご飯も作らなくていいし、掃除もしなくていいんだぞ? 何の問題があるってんだ?)

「父さんの言葉が問題だらけだよ……」


 とはいえ、ふむ。突っ込みを入れながらも、俺は考える。

 アーミラは何をしでかすかわからないヤバい奴だ。

 目の届くところにいた方が、対処しやすいかもしれないな。

 俺はため息を吐くと、諦めたように頷いた。


「……はぁ、わかったよ。父さんの家だしね、好きにすれば?」

「ガハハ、もちろんそうだが、同居人には許可を取っとかねーとな!」


 親父は大笑いしながら、ばしばしと俺の背を叩く。

 諦めたように項垂れる俺に、おずおずとアーミラが声をかけてきた。


「……よろしいのですか?」

「もちろんよろしいともさ。小さなメイドレディ?」


 わざとらしく礼をする親父の横で、俺は大きなため息を吐いた。


「はいはい、これからよろしくな、アーミラ」

「はいっ! よろしくお願いしますねっ! ダリル様、ランガ様っ!」


 アーミラが再度、俺に抱きついてきた。

 もうどうにでもなれ。


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