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プロローグ

 血が、止まらない。

 胸元にはぽっかりと大きな穴が空き、そこから止めどなく青い血が流れ落ちていく。

 燃え上がるような深紅の髪も、今は大量の血を浴びて弱々しく垂れ下がっていた。

 膝をつく俺を見下すのは黒髪の青年束ねるパーティ。

 勇者パーティ、俺たち魔族は彼らの事をそう呼んでいた。


「が……は……ッ!」


 喉元からこみ上げる血を、大量に吐いた。

 先刻の一撃が俺の胴を抉り、肺から血が溢れ逆流し続けているのだ。

 死の見える一撃に、俺の脳内を走馬燈が巡る。


 ■■■


 俺は下級魔族である鬼、その中でも更に下種である小鬼ゴブリンとして生まれた。

 ゴブリンという種族は大量に生まれはするものの、個としての強さは低く、多くは大人まで生きられない。

 だから俺は生き残るために努力した。

 別に強くなって弱者を虐げたいとかそういうのではなく、純粋に俺自身が平穏に暮らすために。


 鍛錬は言わずもがな、栄養価の高いものを選んで食し、強い相手とは出来るだけ正面からは戦わず、仲間を作り、工夫して……地道に地道に積み上げた。

 その甲斐あって、俺は仲間と共に上位種へと昇り詰めていく。

 小鬼ゴブリンから大鬼オーガ、そして剛鬼チャンピオン、最上位種である鬼王ロードへと。


 鬼王となった俺は魔王直々に声をかけられ魔軍四天王に誘われた。

 なにせ俺の仲間は100を超え、ちょっとした国なら軽くつぶせるほどの戦力を持っていた。

 俺自身の個としての強さよりも、群としての強さを評価されたのだろう。

 魔王はそうは言わなかったが……まぁ四天王の一人がやられたと言っていたのでタイミング的なものだと思われる。


 平穏を求めていた俺は最初は断ったが、周りに押されどうしてもやらざるを得ない状況になったのだ。

 生き残るために増やした仲間だったが、この時ばかりはちょっぴり後悔した。

 とはいえ絶対に嫌だったという程でもなく、楽しめるかもしれないと結局引き受けたのである。


 だがそんな俺を、他の四天王たちはよく思わなかったらしい。

「奴は四天王の中でも最弱」「魔族の面汚し」「運良く成りあがっただけの下賤の者」

 などと言われたい放題だった。

 確かに他の四天王は生まれついての最上位魔族ばかりだったので、下等種だった俺のことはさぞ不快だっただろう。

 俺は気にしなかったが、部下の者たちはそれを聞いてよく怒っていた。

 特に副官はそのたびに戦いを挑もうとするので、あまり耳に入れないように気を使っていた。

 思えばその頃から、いろいろ面倒に思い始めてたんだっけか。

 俺は出来るだけ波風を立てないよう、日々を過ごすようになっていた。


 そんなある日、魔王を倒すべく勇者たちが攻めてきたのだ。

 まず俺に迎撃の命が出た。それはいい。

 だが他の四天王たちは、あろうことか俺の部下たちを城の防衛に出させていたのだ。

 俺の強さは群としての強さ、個としての強さは秀でているわけではない。

 偶然にしては出来すぎたタイミングだったので、連中の仕業で間違いはないだろう。

 よほど俺のことが気に入らなかったと見える。

 そう仕組んだのだ、気に入らない俺を殺すために。


 ■■■


 ――――そうして俺は単身勇者パーティと対峙し、今に至る。

 彼らは地面に這いつくばる俺を見下ろしながらも、油断なく武器を構えている。

 奴らの強さは一級、そして俺は満身創痍。加えて多勢に無勢。

 どうやらここで終わりのようだ。そう確信した俺は、


「く、くくく……」


 思わず、笑った。

 勇者たちは窮地にて笑う俺を見て、不気味に思ったのか後ずさる。

 俺はざり、ざりと足を引きずりながらも勇者たちに歩み寄る。


「ははははははははっ! 大したものだ勇者ども! だが魔軍四天王が一人、鬼王ランガ! そう簡単にやられてやるわけにはいかぬ! 全力全霊を以って抗おう!」


 俺はそう宣言し、腹に力を込めた。

 めきめきと肉の軋む音が鳴り、傷が塞がっていく。

 魔力を全開に放出すると、筋肉がさらに隆起し額にある第三の目が開かれた。

 俺が全力で戦う時の戦闘形態だ。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 雄たけびを上げながら地面を蹴る。

 一歩、一歩蹴り進むたびに足場にしていた岩石が粉々に砕け散っていく。

 俺は拳を固く握り締め、振り上げる。

 勇者もまた、俺を迎撃すべく剣を構えなおした。


 がきぃぃぃぃぃん!!

 剣と拳が交わり、それを起点として衝撃波が吹き荒れる。

 最後の戦いが始まった。

 勇者パーティも俺も、互いが、各々が、すべての力を出し尽くす死闘の末――――俺は命を落とした。



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