治癒の少女4
エレクトラが目を覚ましたのは、見覚えのない部屋のベッドの上だった。
ぼーっとした頭で考える。昨日のことをあまり覚えていない。なんだか身体はひどく疲れているし、喉も渇いている。何があったのか、考えようとすると、吹き荒れる闇の力と恐怖を思い出した。
「よかった。起きたんだね」
不意に声を掛けられる。見れば、部屋の戸が開いており、部屋着のトリアが立っていた。
「あれ? あれ? トリア君? なんで?」
「なんでって……。そっか、覚えてないかな。昨日、森で倒れたんだよ」
トリアの言葉にハッとする。やっぱり、昨日のことは夢ではなかった。
「ザッシュさんたちは? 魔人が現れて、襲われたんだよ」
「落ち着いて。とりあえず水でも飲むといいよ」
トリアが持ってきていたコップを差し出す。逡巡したが、喉を鳴らしてコップの水を飲むと、ほっと一息をついた。
「とりあえず、昨日のことを説明するんだけど――」
「まあ、俺が説明するのが筋だろうし。その方が早いだろうな」
トリアの言葉を遮るように、部屋に来客が来る。今日はハンター装備に着替えているサイトと、彼の後ろからは心配そうなミアがついてきていた。
「ま、魔人さん!」
顔が真っ青になるエレク。急いで杖を探すが、ベッドの上にはもちろん無い。
「大丈夫だ、エレクちゃん。こいつは魔人でも何でもない。只のアホだ」
「ミアちゃんも……。どうなってるの?」
エレクは目を白黒させるばかりだった。
「事の始まりは、エレクの治癒術を使って、あいつらがハンター内で商売を始めた事だった」
状況を整理したい、ということでサイトが三人に説明を始めた。
「ギルドとしては、彼らの行為が違法行為ではなく、あくまでも自己責任で考えられる範囲内での行動であった為、制限を掛けるつもりもなかったし、罰則なんて考える必要もなかった訳だ。ただし、ここまでは正規のギルドという組織の考え方と、正攻法のルールの上での話だ。問題は個人の感情と不文律とも言えるハンターたちの思惑が面倒なことになっていた」
つまり、パーティ『闇夜の狼』に対するギルド内での不信や、同じハンターを食い物にしているやり方に異を唱える意見が広まりつつあったのだ。
「組織としては彼らに制限を掛けたり罰を設けたりすることはできない。自由が信条のハンターの行動を組織が害したなんて前例を作る上にはいかないしな。だからこそ、非正規の依頼として、彼らに天罰を与えてくれ、なんてことを考える奴が現れるようになった。ギルドの受付嬢とかな」
言いながらサイトが肩を竦めてみせる。
「それじゃあ、やっぱり私が原因だったんですね」
エレクが肩を落とす。
「そいつは違うな」と否定したのはサイトだった。
「エレク。お前はお前が考えている以上に、ギルド内にはお前だけを擁護する声があった。だいたいはミアみたいなお前に世話になった奴や、治癒で身体を治してもらったハンターたち。そして、そいつらの家族や仲間なんかが擁護に回っていたんだ」
ミアがサイトやトリア、マイトに話していたように、エレクが無償で街の人々に治癒術を使っていた話や彼女の人柄を彼らは近しい人たちに話していたのだ。そこに、怪我を治されたハンターたちが、彼女は深手を負った自分を優先して治癒術を使ってくれていた。後々になって法外な報酬を吹っかけてきたのは彼女の所属しているパーティーリーダーたちだった。なんていう話が段階的に広がっていくにつれて、ギルド内での彼らに対する不信は決定的なものへのなっていったのだ。
「で、色々と便宜を図ってくれている受付嬢が、俺を脅迫してきたんだ。方法、手段は問わないから何とかしろってな。で、俺は一計を案じることにしたんだ」
言って、悪戯を思いついた子供みたいな表情でサイトが嗤う。
「それで思いついたのが、魔人になってエレクたちを襲うなんて……」
「アホの極みだ」
「心外だな。あれ程、あいつらの人となりに合わせた作戦は無いぞ。とりあえず、決定的な格の差を見せつけた上で心がへし折れるまで痛めつけて追い込む。あそこまで追いつめたからこそ、あいつらの本性というか、根っこの部分が垣間見えた訳だ」
「あそこまでされたら、誰だって逃げるよ」
「かもな。でも、トリアならミアや俺を見捨てて、自分だけ逃げようとはしないだろ?」
「信頼が重いよ。僕だって自分がやばそうだったら一目散に逃げるんだから」
「いや、トリアは結局私や兄貴を見捨てられないと思う」
彼らのやり取りをみて、エレクがくすりと笑う。それから自分のことを思い出して、今度は自嘲的な笑みを浮かべるのだった。
「結局、私はザッシュさんたちに利用されていただけだったんですね」
「そうかもしれないな」
「でもね、最初は違ったんですよ。ザッシュさんたちも昔は、戦争とかで行く場所を無くした孤児出身で、お金が無かった頃は、同じ孤児出身の私とか他の子供を世話するようなことをしてくれていたんです」
エレクが昔のことを思い出す。戦禍によって行き場所を無くした自分を拾ってくれたのはザッシュだった。彼らの役に立ちたいと思って、昔から使えた治癒術の練習を始め、Fランクハンターとして彼らの後をついて回っていた。だが、いつしか彼らは変わって行ったのだ――。
「私の治癒の力はお金になるって、ザッシュさんたちは言っていました。貴族とか、国の偉い人を治癒すれば恩賞が出るし、身体を動かせないと働けない人たちにふっかければ、用意できるだけのお金を集めてくるって……。私もわかっていたんです」
言外に彼女は「私も同罪だ」と語っている。だが、否定したのは彼女をずっと擁護していたミアだった
「違う。間違っているぞ。エレクちゃんは街にやってきた最初の日に、街で治癒術を使い続けていたじゃないか。あれは、ザッシュたちに搾取される街の人が出ないようにしていたんだろ。わざわざ人目を集めるようなことをして、先に怪我や病気の人を治してくれていたんだ。あの日みたいなこと、今までもやっていたんだろ。そんなこと、私でもわかる。怪我を治してもらった人も、ギルドの皆も、とっくに気づいてる」
ミアの言葉にぽろぽろとエレクの目から涙がこぼれ落ちる。
「あの日、エレクちゃんが治してくれていなかったら、私はしばらく動けなかった。仮に治してもらっていたとしても、たぶんザッシュたちにお金をいっぱい要求されてた。だから、治してくれてありがとう、だ」
不器用な言い回しで、お礼を告げるミア。エレクは肩を震わせながら、何度も目元を拭っていた。
「これで何とかなるかな?」と、トリアがサイトに訊ねる。
「さあな、後はエレクの問題。これからどうしていきたいかは本人次第だ。今までどおりの生き方を続ける可能性もあるが……。まあ、大丈夫じゃないか」
ミアがエレクの背を撫でる。優しい目をした彼女を見て、サイトは目を細めていた。
「とりあえず、依頼は完了。文句なしのA評価だろ?」
「方法とか手段に文句は言いたいとこだけどね」
トリアの言葉に悪びれる様子もなく、サイトは二カッと笑ってみせた。




