治癒の少女3
ちょっと更新が遅くなりました。
ある日のこと。ミアと僕の二人はハンターパーティー『闇夜の狼』の後を尾行していた。
僕とサイトの考えを聞いたミアが、やっぱりエレクを放っておけないと僕を説得したのだ。
「けど、何ができるってわけじゃない。せいぜい、一定の距離から彼女を見守るくらいが関の山だ」とサイトは言っていた。
エレクがあの人たちの仲間である限り、僕たちにできることは何もないはずだった。
森の中に仮面をつけた男が現れる。黒いマントに、目元を隠すような派手なマスク。
「何をやっているんだ。あの馬鹿」
ミアが呟く。『闇夜の狼』の前に現れたマスク姿の男。どっからどう見てもサイトだった。
「何だお前?」
「俺たちに何か用か?」
しかし、わかるのは面識がある僕たちくらいだろう。現に、『闇夜の狼』一行は、自分たちの前に現れた珍妙な姿をした男が誰だかはわかっていないみたいだ。警戒しつつ、各々武器を構えて牽制している。
「聖女がいると聞いた。そこの小娘が聖女か?」
「聖女? エレクトラ、お前のことを言ってるのか」
「お前たち取り巻きの意見は聞いていない。優れた治癒の力を持ち、周辺のハンターを癒しているのはお前か、と訊いている」
サイトの問い掛けにエレクトラは慌てるだけで何も答えられない。彼らのリーダーであるザッシュは鼻で笑うと、その手に持った剣をサイトに向けて突き出した。
紙一重でサイトは胴に向かって突き出された剣を避けたが、槍士もサイトとの距離を詰めている。彼らが自分の身を守るために、サイトに襲いかかるのは時間の問題だった。
「聖女よ、答えろ。お前が、周辺のハンターの傷を癒しているのか?」
サイトが質問を繰り返す。まるでエレクの反応を待っているかのように。
そして、今度の質問に対して、エレクははっきりと頷いた。もちろん、彼女は聖女ではないだろう。だが、ハンターたちを癒しているのは彼女で、問い掛けに頷いて返すことによって、彼女は自分が聖女であることを同時に認めてしまっていたのだ。
『そうか……、ようやく見つけたぞ、忌まわしき聖女よ』
サイトの雰囲気が変わる。圧倒的なプレッシャーが周囲を支配する。彼を取り囲むハンターたちが後ずさりするが、もう遅い。彼らはサイトの攻撃圏内に入ってしまっているのだ。
爆発的な暴風が吹き荒れる。『闇夜の狼』のメンバーたちが吹き飛ばされる。砂埃が舞い、視界が覆われ、いくつもの石の槍が魔法陣と共に現れたかと思うと、空を闇が覆い尽くした。
『我は闇の眷族。魔人なり。忌まわしき聖女を葬るために参上した。今、この場で、その聖なる力を闇の力をもって殲滅しよう』
いつの間にか、彼の周りには闇でつくられたかのような、不気味なオーラが漂っている。そして、あまりにも非常識な周囲の環境変化まで起こしている魔法は、トリアやミアにとっては見慣れたものだ。しかし、初見のハンターたちに戦意を喪失させるには充分すぎるほど馬鹿げた力だった。
「怯むな。こっちにはエレクの治癒術があるんだ。周りを取り囲み、一勢にかかれ。魔人か何だか知らんが、人数差と治癒で押せばこちらに利があるはずだ」
さすがはパーティーリーダーと言ったところだろうか。最初に平常心を取り戻したのはザッシュだ。剣を構え一定の距離をとる。魔術師は詠唱を始めているし、槍士も同じように矛先をサイトに向けていた。
『面白い。相手になってやろう。来るがいい!』
彼らの前に経つサイトは口の端を釣り上げる。魔人どころか、そのセリフは魔王のそれだった。
闇が周囲で渦を巻く。地面から噴き出し、彼らを牽制する。サイトに向かって斬りかかったザッシュの身体を簡単に中に舞い上がらせていた。
「アイシクルスピア」
魔術師の魔法によって氷の槍がサイトに向かう。だが、彼が左手を向けるだけで、不可視の壁にぶつかるように氷の槍は砕け散る。
「あぁぁぁぁぁ!!」
雄たけびを上げながら剣士と槍士が別方向から襲いかかる。しかし、次の瞬間には魔法陣が展開し、二人の行く手には炎の壁が現れ、彼らを弾き飛ばしていた。
「エレクトラ! 何をやっている。俺たちを治癒するんだ。防御魔法を展開しろ」
「は、はい!」
ザッシュに怒鳴られて、エレクトラが魔法を使う。離れた場所にいるメンバー四人に対して白い魔法陣が足元に広がり、白い光が彼らを包みこんでいる。サイトが使っている渦巻く闇も、その白い光に阻まれて、彼らの身を護っているようだった。
「いいぞ。これなら奴の闇を無効化できる」
『さすが聖女だな。神聖魔法で我が闇を阻もうと言うのか』
ザッシュの顔に余裕が戻る。しかしサイトの表情からも笑みは消えない。
むしろ、サイトはまるでエレクがどこまでできるのか試しているようでもあり、この戦いを面白がっているようにも見えた。
『ならば、これはどうかな?』
サイトの右手から闇が爪を形作って飛ぶ。闇の爪は簡単に白い光を斬り裂くと、剣士の黒い鎧を砕かせた。
防御魔法と治癒術によって、すぐに剣士は起き上がる。だが、その表情は真っ青だ。仮にエレクの防御魔法が使われていなかったら、一撃で自分が死んでいたのがわかったようだ。
『この程度で済むと思うなよ。舞い踊れ、闇のカマイタチ』
漆黒の刃が周囲を駆け廻る。ハンターたちを蹂躙する。防御魔法を斬り裂き、治癒術で起き上がろうと、何度でもねじ伏せる。
なまじ優れた治癒術師がいるだけに始末が悪い。どれだけ離れていても自動的に回復されるので、倒れたままにはならない。命の危機を感じ取って防御をしてしまう。けれど自分でできる防御などたかが知れており、魔人を名乗るサイトの攻撃を防ぐことなどかなわなかった。
「駄目だ。勝てない」と最初に呟いたのは魔術師だった。
彼も何度も呪文を詠唱していた。むしろ、詠唱している間は見逃されていた。彼の魔法は何度も発動しているのに、まったくサイトには届かない。寸前で不可視の壁に遮られる。自分の魔法が足元にも及んでいない。絶望が彼を締め付け、心をへし折っていく。
詠唱することもできなくなり、ただ治癒されながら闇に地面を弾き飛ばされ続ける。
剣が折れ、鎧が砕け、震えて動けなくなる。槍はただの棒となり、なんとか立ちあがろうと身体を支えるも吹き飛ばされる。
圧倒的な力に蹂躙され続ける。やがて、彼らの身体を護っていた白い光も消え去る。
「何をやっている、エレクトラ!」
ザッシュが彼女を振り返ると、限界まで魔力を使い、もう魔法を使う力も残っていない彼女が、息をきらせて地に四肢をついていた。
『これで終わりだな。あっけないものだ――』
サイトが右手を掲げる。そこには、今までのカマイタチが可愛く見えるほどの、強大な爪をもった闇の腕が形作られていた。
「う、うわぁぁぁっぁぁぁ!」
叫び声をあげながら、最初に逃げたのはザッシュだった。剣も手放し、もんどりうちながら、這いつくばるように駆けだしていく。リーダーの姿をみて、剣士、槍士、魔術師と後に続く。
「待って……、皆……」
エレクもなんとか立ちあがろうとするが、まったく力が入らない。誰一人として彼女を気にするものはいない。彼女の視界が涙で滲み、自分が見捨てられたのだ、と悲しみが胸を締め付ける。
『さぁ、どうする。ミア?』
サイトが腕を振り下ろす。次の瞬間、その手の向かうはず場所にいたエレクの姿は消えていて、彼女は魔法の光で身体強化されたミアの腕の中にいた。
「アホか! やりすぎだ。馬鹿兄貴!」
開口一番、ミアがサイトに文句を叫ぶ。
「やりすぎたか?」なんて言いながら闇を払い、元に戻ったサイトが現れる。
森を覆っていた闇も消え去り、静けさが森に戻ってきていた。
今回、書いてて楽しかったです。




