光滅と聖女1
修行パート終了、ようやくカートリア編スタートです。
ちょっと間が空いてしまってごめんなさい。
カートリア聖公国――。
ベルベックのあるスピナ王国と北の国境線を境にして存在する小さな国だ。どこかの属国と言う訳でもなく、周囲の国とは対等で友好的な関係を築いている。
人口や産業も盛んではないこの国が、他の国から対等に見られている理由は、この国がクロス教と呼ばれる宗教の総本山であり、全ての教会の上に位置するとされているからに他ならない。
スピナ王国を始め、周囲の国でもクロス教を国教と定めている国が数多くある。多くの国ではクロス教の教義である『女神崇拝』や『聖女崇拝』などとして知られている。いわゆる、歴史のある国だ。
その為、カートリアとの外交で問題を起こしてしまえば、自国以外の周辺国家を敵に回すに等しく、また自国内での教会とクロス教徒が黙ってはいないだろう。
その為、カートリア聖公国との関係はどの国も重要課題として捉えている傾向がある。
もっとも、自由気ままなハンターにとってはあまり関係の無い話だ。
「ねえねえ、トリア君、これってどういう意味かな?」
場所はカートリアの図書館、光滅についての文献を調べている僕に、エレクが一冊の本を持ってくる。その本もやっぱり光滅関連の魔道書には違いないのだろうが、資料が古いせいか古代言語で書かれていた。
「どうして魔道書の類は、こう読み手に対する配慮が欠けているのでしょう?」
難解な言い回し、ある程度の知識があるのを前提に書かれているので、比喩などの表現などが更に理解するのを困難にしている。おかげで僕たちの調査の進展は芳しく無かった。
ティルメシアの家を離れて馬車で一週間、いくつかの町を経由して辿り着いたカートリア聖公国。
僕たちはハンターとしての働きの傍ら、『光滅の書』についての情報を集めていた。
フリーダが言うには――、
「私が鑑定で見た『光滅の書』についての記述や、今現在の所在などが分かれば、そこからトリアさんの両親を殺した犯人まで辿ることができるかもしれません」とのことだ。
もしかしたら父さんが光滅に関わった経緯を知ることができるかもしれない。
僕は父さんの足跡を見つけるような気持ちで調査をしていたのだ。
「赤き月、涙、溜める、湖と……。いや、こんなの読める訳ないって」
おまけに僕、エレク、フリーダの三人で調べているのだが、古代語についての知識があるのは僕だけ。しかも簡単な文字が読めるレベル。いっぱしの魔術師としてエレクだって魔術書の類は読めるけれど、こういう魔道書は僕の方が読み慣れているようだ。
ちなみに、サイト・ミア・マイト・カイゼルの四人は、カートリアのハンターギルドで挨拶と、いくつかの討伐依頼を受けている。
「滞在がどれくらいになるかわかりませんが、先立つものは必要ですので」とフリーダが言っていた。
その為、調査に不向きなマイトやミアは当然として、魔術の知識の無いカイゼルも今回は調査から外れている。サイトも魔術は使えるし本くらいは読み慣れているのだが、「俺が読んでも、わかるわけないだろ」と悪戯っぽく笑っていた。
「こほんっ……。それはそうとエレクさん、近すぎませんか?」
「ふぇ?」
僕にしなだれかかるように一冊の本を覗き込む彼女に対して、対面の席に座っていたフリーダがわざとらしい咳払いを一つする。そんな彼女に対してフリーダは、何でもないことのように答えた。
「だって私、トリア君のこと好きだし。いいよね?」
エレクが上目づかいに僕の顔を覗き込む。僕が反射的に頷いてしまうと、フリーダの持っていた羽ペンがぺきっと音を立てて割れていた。
どうしてこうなるのだろう、と僕は嘆息する。
カートリアにつく道中から、エレクのアピールはずっと続いていた。食事、水汲み、魔術の鍛錬、ちょっとした休憩。四六時中エレクは僕の傍にいて離れないのだ。
「エレク、一人にしてくれないかな?」と僕が訊くと、
「もしかしてトイレ? すぐに戻って来てね」なんて笑顔で言ってくる始末。
最初は「微笑ましいな」なんてサイトは僕をからかっていたが、ミアとフリーダの機嫌がどんどん悪くなっているのに気が付いたら、真剣な顔で「トリア、なんとかしてくれ」と言っていた。
僕は何度かエレクに説得を試みて、「今まで通りで……」とお願いしたのだが、「え? いつも通りだよ」と真顔で訊き返される。
そう言えば、普段から魔術の練習や家事など、ベルベックでも手伝ってくれていたし、比較的多くの時間を彼女とすごしていたのは事実だ。
せめて過度なスキンシップは慎んだ方が良いよ、と話をしたら――、
「こうでもしとかないと、トリア君、また他の女の子を連れてきそうで」と言われてしまう。これにはミアやフリーダも確かになんて頷いていて、サイトはやれやれと肩を竦めていた。
そう言う訳で、カートリアについてからも彼女の態度は一向に変わらず、こうして僕と一緒に調査・研究などもしてくれているわけだ。
ちなみに、ミアだって別に抵抗をしなかった訳じゃない。
カートリアについて早々、資金調達と光滅研究の二手に分かれるという話になった時、ミアは僕と一緒に行動すると言っていたのだ。しかし、これには僕とマイト以外の全員から駄目だしが出ていた。
「ミア、お前……魔術書なんて読めないだろ?」とサイトが言うと不機嫌になり、
「調査で役立てないなら、せめて資金調達で討伐・採取を行ってもらうしかありません」とフリーダに言われて落ち込んで、
「トリア君は私にまかせといてね」とエレクに言われて涙目になっていた。
最後にはカイゼルに「自己鍛錬も必要だろう」と説得されて不承不承とついて行っていたが、最後まで僕を見る目は厳しかったし、次に会った時にはやつあたりをされるだろう。
今後のことを考えると少しだけ憂鬱になった。
「とりあえず、今までの資料で見る限り、やはり『光滅の書』関連の記述は無さそうですね」
「そうだね。ティルメシアさんみたいな専門家でも聞いたことがないって言ってたくらいだし、簡単には見つからないかもしれない」
「私は別に調査機関が長くなるのは構わないけど。むしろ、二人でもいいかなって」
明らかに気落ちする僕とフリーダに対して、エレクの表情は明るい。
「へぇ~、エレクさん、私と二人でも構わないと?」
「何言ってるの、フリーダちゃん。トリア君と二人だよ」
フリーダの嫌味にも平然と答えるあたり、本当に思ってそうで怖かった。
「それにしても、『光滅』に関する資料がこんなに少ないとは思わなかったよ」
「まあ、元々はカートリアでも忌み言葉とされているようですし」
なんとか話題を逸らそうとすると、僕の呟きにフリーダが律儀に応えてくれる。
「不老不死、死者の蘇生、永遠の命。色々な意味がありますが、共通しているのは死を回避する、と言ったところでしょうか」
「そんな魔術ができたら凄いよね。治癒術なんかとは比べ物にならないよ」
「本当にそうでしょうか? 魔術については詳しくありませんが、私は恐ろしく感じます」
「どういう意味?」
「光を滅ぼす。この場合の光は人の生死とでも言いましょうか、自然の理そのものです。そして、光滅とはその理を滅ぼすことでしょう。死と言う当たり前さえも滅ぼしてしまうのは、転生者の魔術でだって不可能だと思います。それを実現するとして、『光滅の書』には何が書かれていると思いますか?」
フリーダの言葉に僕とエレクが考え込む。
そう、魔術は誰でも使える便利な力では無い。強力な魔術には強大な魔力が必要になり、相応の代償や儀式を必要とする。僕が使った『氷点の世界』だって、街一つを氷漬けにする為に何匹もの魔物を生贄にしなければならなかった。
「死を回避する魔術は誰もを幸せにする力では無いとは思うよ」
エレクがポツリと呟く。
「その魔術書をめぐって殺されたトリア君のお父さんやお母さんを考えればわかることじゃない」
「そうだね。ありがとう」
僕の言葉にエレクはちょっと顔を赤くする。
「べ、別に私にはどうでもいいことだけどね。私、トリア君以外には興味無いから」なんて顔を赤くしながらそっぽ向いていた。
「興味深い話ですねぇ」
「「「え?」」」
僕たちが話していると、不意に下ったらずな声が聞こえてくる。見れば、いつの間にか僕たちの近くには一人の少女が椅子に座っていて、にっこりと微笑みを浮かべていた。
銀色の髪に青い瞳、雪のように白い肌。歳は12~13歳くらいだろうか?
あどけなさの残る子供のような彼女は、地面にとどかない足をぶらぶらと揺らしていた。
「君は?」
「あ……、すみません。面白そうな話をされていたので、ついつい聞き入ってしまってました」
そう言うと彼女ははにかみながら手に持っていた帽子で口元を隠す。
「私はカフカと言います。皆さんは『光滅』を調べているんですよね。よかったら私とお話ししませんか?」
そう言って笑う彼女との出会いが僕たちの運命を変えるなんて、この時の僕は思ってもみなかった。




