いざ北の地へ5
「さてと、最後は少年の試験といこうか」
マイトを地下迷宮に落とした後、ティルメシアに声を掛けられた僕は、思わずビクリと震えてしまった。
それはそうだろう。
目の前でミアとリズリットの戦いを見せられ、マイトとフリーダに至っては地下に姿を消したのだ。この分じゃ、僕の試験がどうなるかわかったものではない。
「そう身構えなくてもいいよ。私は可愛いものが傷つくのは耐えられない。だから、君に対する試験はオーソドックスなものにした」
「本当に?」
「ああ、本当だとも。ただ普通に戦ってくれればいい」
「それなら多少安心だけど……。でも、誰と?」
思わず僕はサイトを見てしまう。しかし、彼はかぶりを振る。
「本来なら俺が相手をしてやりたいが、ティルメシアに止められている」
「当然だ。お前と戦いになれば、無傷では済まないだろ?」
心外だと言わんばかりのサイトだが、この件に関しては僕も同感だ。サイトと本気で戦闘になれば、どうやっても勝てる見込みは無い。
「それじゃあティルメシアさんが?」
サイトが駄目なら、と訊ねてみるが、彼女もまた残念そうにかぶりを振る。
「君からの誘い、願っても無いことだ。しかし君の試験に限り、もう一人、私の卒業試験をまだ受けていないものがいるのでね。合同試験とさせていただこう」
そう言うとティルメシアの視線がその一人に向けられる。
彼女は狼狽し、また信じられないとばかりに目を大きく開けていた。
「エレクトラ=アレース。トリア少年に勝つこと、これが君への卒業試験だ」
名前を呼ばれたエレクトラは、広間の中央に歩み出る。
その手には彼女が愛用する杖が握られている。しかし、表情は困惑、血の気も無くなり、その手や足が震えている。とてもじゃないが、戦えるようには見えない。
「ティルメシアさん、これじゃあ戦いになんて――」
「君からの戦いの中止は受け入れられない」
僕の言葉にかぶせるように、彼女が断ずる。
「考えてもみるんだ。彼女はサイトに育てられた規格外の白魔術師だ。聖女と呼ばれてもおかしく無い程の治癒術、邪気を払う程の神聖魔法。そして精霊獣を従える為の召喚魔術。片や君は、ただの魔法使いで、転生者の魔術が使えるだけだ」
「確かにその通りです。でも、エレクがあの調子じゃ」
「私は意見を変えるつもりは無いよ。少年、君の相手はエレクトラだ。そしてエレクトラ、君もだ。君が望むものを手に入れるには、今は少年を倒すしかない。わかっているんだろう?」
名前を呼ばれたエレクがまたビクリと身体を震わせる。
そんな彼女に近づき、ティルメシアが何事か囁く。すると、今まで戸惑いの中にいたエレクトラの瞳から迷いが消える。そして、次に僕が目にしたのは覚悟を決めた彼女の顔だった。
「トリア君、大丈夫だよ」
「エレク……?」
「すぐに終わらせるから、だから、私と戦って!」
エレクトラが杖を振るう。周囲の土が隆起し、狼を形作る。
「土の精霊獣『神威』。トリア君を倒して」
指示に従うように精霊獣が吠える。そして、僕の周囲にいくつもの魔法陣が展開する。
「トリア!!」
ミアの叫び声が聞こえる。僕は瞬間的に移動魔術でエレクと距離をとる。僕のいた場所には、ストーンエッジが数本、突き刺さっている。手加減など無い。一撃で僕を戦闘不能にする一撃だった。
土煙りの中、精霊獣を従えるエレクがこちらを見ている。僕は背筋に走る寒気を感じていた。
ティルメシアが何を彼女に囁いたのかはわからない。でも、エレクは本気だ。本当に僕を倒すつもりで戦っている。それに、彼女は「終わらせる」と言ったのだ。
エレク自身、無意識のうちに僕との力の差を自覚しているのかもしれない。
「拘束しろ、『アイスロック』!」
僕はポーチの中から圧縮魔法陣を投げだすと、エレクに向かって氷結を走らせる。
「トリア君の得意技だよね。でも、駄目だよ」
エレクトラが何をするでもなく、彼女の目の前で魔法障壁が広がり、僕の魔術は止められる。
「拘束は効かない。トリア君の得意な魔法は全部知ってる。ずっと見てきたんだから」
クスリと微笑むエレク。頬を染め、僕に向かって杖を向ける。
「『神威』今度はちゃんと止めるんだよ」
そして今度は土の壁が現れる。僕も使う『アースウォール』だ。再び移動魔術でその場を離れて、僕は圧縮魔法陣で壁を砕く為の氷の槍を放つ。壁を砕いたところで、石の槍や礫が次々に飛来して、僕はなんとかバリア魔法でその場をしのいでいた。
精霊獣の魔術がやっかいだ。中級程度の魔術なら無詠唱で連続使用ができる。
しかし、ノーリスクでは無いのだろう。僕が魔術を使って精神力をすり減らしているのに対し、エレクも額に汗をかいている。杖で身体を支え、今にも倒れそうだ。単純な魔力容量の問題では無いのだろう。エレクの精霊術は、召喚獣を出し続けるだけで疲労が蓄積するようだ。
このままじゃ、共倒れだ。頭の中で手持ちのカードを並べる。この状況下で、それでも僕が打ち勝つ為の方法を考える。
「エレク、これが最後の魔術だ!」
覚悟を決めた僕は、エレクの前に姿を出す。そして、最大魔術の詠唱を終える。
「広がれ氷なる牢獄よ! 降り注げ氷の剣よ! 『氷点の世界』」
僕の足元に魔法陣が広がる。僕を中心に冷気が迸り、洞窟を凍らせていく。そして空中に現れた幾重もの氷柱が降り注ぎ始める。僕の使える氷の最大魔術でごっそりと精神力が削られていく。
「凄い。凄いよ、トリア君。でも……、『神威』お願い!」
なのにエレクは小さく呟くと精霊獣を走らせる。神威の咆哮によって、次々と氷柱は砕け、足元を伝う氷結は『アースウォール』や『神殿の石柱』に阻まれる。そして、この状況こそが千載一遇の好機だった。
疲れた体に力を込めて、最大の移動魔術でエレクに肉薄する。
「油断したね、エレク」
手を伸ばし、彼女の頬に優しく触れるとエレクの頬が赤く染まった。エレクの周囲を空間ごと固定する。
「『圧縮』!」
僕はそのまま彼女を圧縮呪文の中に捕縛したのだった。
………………。
「ティルメシア、やりすぎだ」
全てが終わった時、さすがにサイトが彼女に詰め寄っていた。
僕の腕の中には圧縮解除されたエレクが抱かれている。精霊術の使い過ぎで、気絶しているだけのようだが、圧縮から出てきて動かない彼女を見た時、僕は肝を冷やした。
「何を言ったかは知らないが、エレクの気持ちに付け込んだのか?」
「こうでもしないと彼女が報われないじゃないか」
サイトの言葉にティルメシアがクスリと笑う。
「規格外の力を持った彼女だが、やはり結果は火を見るより明らかだ。まだ彼女ではトリア少年にすら及んでいない。サイト、お前の育てた白魔術師では戦えないんだよ」
「どういうことだ?」
「本当はわかっているんだろう」
彼女は僕に歩み寄ると、エレクの髪にそっと触れる。
「治癒術、神聖魔法と稀有な才能を身につけながら、その実、彼女は実力を発揮できていない。精霊獣がそれを示しているじゃないか」
彼女に指摘され、僕は気がついてた事実をあらためて突き付けられた。
「神聖魔術を使える彼女が、どうして土属性の精霊獣を使う? 憧れた少年が土属性の魔術を使うからだ。すぐれた力をもつ精霊獣がどうして狼の姿になっている? 彼女の過ごした日々の影響だ。彼女に必要なのは私の魔術の修行では無い。彼女の心を支えるだけの何かだよ」
ティルメシアの黒い瞳が僕に向けられる。
「少年、私には彼女の心の内を語ることはできない。しかし、君ならば彼女の気持ちに気を配ることはできるだろう? 彼女が私に会いに来た目的は何だ? 彼女は本当に盗賊の捕縛や『光滅の書』の秘密を知りたいと思っているのか? それはただの過程にすぎず、本当の目的はその先にいる君じゃないのか」
最後に「よく考えてみてほしい」とだけ囁いてティルメシアは少し寂しそうな顔をしていた。
その後、ティルメシアからは僕とマイトの試験の合格が伝えられた。リズリットはしばらくは彼女のもとで修業したいと言う意向をくみ取って残るらしい。
そしてエレクは、彼女の目覚めを待って、改めてどうするのかを決めるとのことだった。




