いざ北の地へ4
それぞれ武器をとり、対峙するマイトとカイゼル。
「ちょっと待ちたまえ」
そんな二人に対し、制止の声を掛けたのはティルメシアだった。
「どうして君たち二人で戦うのかな?」
「ん? そんなの、俺の相手できるのはカイゼルくらいだからだよ。サイトは例外として、フリーダやエレクに俺の相手は無理だろ?」
「なるほど。それはカイゼルも同意見か?」
「無理かどうかはさておき、挑まれた勝負に背を向けるのは騎士の名折れだ」
「ふむ……。なるほどな」
ティルメシアはそう言ってニヤリと笑うと、杖を手にマイトに向き直った。
「マイトと言ったな。残念だが、今回はカイゼルとの戦いは諦めてもらう」
「はぁ? 何でだよ」
「決まっているだろう。男二人の戦いなど、見ていて可愛くも無いからだ。私がたのしくない」
「いや、可愛さとかいいだろうが」
「半分は冗談だよ。それよりも、君にはちょっと改めるべき認識がありそうだからね。フリーダ君、協力してくれるかな」
「「げっ!」」
奇しくも、マイトとフリーダの反応がシンクロする。しかし、フリーダには拒否することも出来ず、しぶしぶながら歩み出る。ティルメシアに何事か指示されて、嫌々ながら彼女はマイトの横に立つ。
「さてと、マイト君。君に受けてもらう試験は簡単だ。迷宮から脱出したまえ」
「ふぇ?」
ティルメシアはそう言うと、マイトに対して杖を向ける。次の瞬間、その場所にいたはずのマイトとフリーダの姿が地面に消えていった。
「今のは?」
「なぁに、地下通路に落としただけさ。少々の魔物と、簡単な迷宮と、罠や仕掛けが広がっている。まあ、彼一人ではどうにもならないかもしれないが、フリーダ君に同行させた。彼女ならうまくやるだろう」
そんな風に語るティルメシアを見て、僕は少しだけマイトが心配になるのだった。
………………。
地下に落とされた二人が見たのは、左右を壁に挟まれた一本道だった。
「ここは何だ?」
「遺跡の地下だそうですよ。元々は上の施設とあわせて使っていたようです。道がいり組んでいる上に、何階層かに分かれているそうで、現在地もわからない私たちにとっては迷宮ダンジョンと何ら変わりはありません」
「おいおい。まさか魔物まで出るんじゃないんだろうな」
「珍しく頭の回転が早いですね。出るみたいですよ」
ほら、と言いながらフリーダが指差す。そこには、武器を手にし、ボロボロの服を着た骸骨が三体。カラカラと音をならしながら近づいてくる。
「亡霊兵士といったところでしょうか?」
「言ってる場合か! 下がってろ!」
マイトは大剣を振りかぶり、三体同時にはじき飛ばす。
骸骨はバラバラと崩れ飛ぶ。
「大したことはねぇな」とマイトはニヤリと笑う。しかし、バラバラになった骸骨たちはひとりでに組上がると、再びマイトたちに迫り始めた。
「効かねぇってか?」
「違いますよ。体のどこかにある核を壊さないと……。右の兵士、左肩鎖骨が核です」
見れば、フリーダは眼鏡に手をつけて兵士を見ている。使い馴れた<鑑定>だ。指示に従ってマイトが袈裟斬りに大剣を振り下ろすと、骨を砕き、それ以上兵士は動かなかった。
「いけるぞ、次は!?」
マイトが訊くが、その時、通路奥から更に五体の兵士が姿を現す。
「これは……、相手してられませんね。逃げますか?」
「これくらい、どうってことねぇよ!」
「言ってる間にまだまだ増援が来そうですけど」
確かに、洞窟の奥からガラガラと何かがやって来る走るような音が聞こえる。さすがのマイトもたじろぎ、顔をひきつらせていた。
「仕方ねぇ。行くぞ!」
大剣の呪文処理を発動し、風の竜巻を兵士たちに叩き込む。バラバラにしても組上がるだろうが、足止めくらいにはなるだろう。
マイトとフリーダは並走しながら、兵士たちとは逆側に走り出した。
「おそらく地下二階よりも下。地下三階あたりじゃないでしょうか?」
兵士たちの追走を振り切り、マイトとフリーダの二人は地下通路を歩き続けていた。話している間にも分かれ道や空き部屋があり、フリーダは目印になるような印を壁や床にチョークで描いていた。
「どうしてわかるんだ?」
「私も何回か放り込まれていますから。これだけ歩いて見たことのある道はおろか、残していたマークも見つかりません。来たことの無い階層だと考えるのが妥当です」
「……冷静に言ってるが、お前も苦労したんだなぁ」
マイトの呟きに、今度はフリーダの顔が引きつる。
「とにかく、これが試験だと言うのなら、合格条件は脱出です。思考しなければ脱出できないダンジョンに、物理攻撃に耐性のある魔物。うまくあなたの弱点をついてます。ティルメシアさんは訳のわからないことを言いますが、意味の無いことはしていません。私と組ませた意味も考えてみてください」
フリーダの言う通り、マイトにとって亡霊兵士は天敵だ。個々の力は弱いとしても、フリーダの鑑定が無ければ核を判別することはできない。一体倒すことすら困難だ。加えて、何体もの兵士が隊をなして攻めてくれば、さすがに物量で押し切られる。マイトに対抗手段は無い。
せめてもの対抗手段として、フリーダを同行させたと考えれば納得できる。だがティルメシアは、亡霊兵士を鑑定させる為だけにフリーダを同行させたのだろうか?
マイトの脳裏に、ティルメシアが二人を送り込む前の直前の表情が浮かび上がる。だが、明確な答えは何も浮かびそうにない。
「トリアさんのように氷結で捕縛したりできれば、まだ対処のしようがあるんですが……」
現状では、二人で逃げながら脱出の道を探すしか手が無かった。
「仕方ないですね。あんまり使いたくは無かったんですが」
言いながらフリーダは翼の形の髪飾りを外す。掌に乗せると、薄く青く輝き、やがて銀色に輝く一羽の鳥となる。鳥は甲高い声を残すと、通路をまっすぐに飛んで行く。対照的にフリーダは目を閉じたまま、その場で座り込んでしまった。
「今のは何だ?」
「物見鳥という名前の魔法具です。ティルメシアさんに貰いました。彼女が言うには、自分一人では進むことのできない場所へ、索敵の為に飛ぶことのできる道具だそうです」
鳥の視覚はフリーダが共有している。その為、使用中はフリーダは鑑定も使えないし無防備になる。だが、今は傍にマイトがいる。
「亡霊兵士がいつ来るともわかりません。周囲を警戒してください。地道に道を歩いていては、いつ亡霊兵士と出くわすかわかりませんが、この方法ならば歩くよりも速く広範囲に、おまけに亡霊兵士の襲撃をかわしながら調査することができます」
フリーダは物見鳥を更に速く飛ばし続ける。マイトはその彼女に背を向けるように周囲に視線を走らせる。
「それもティルメシアとの修行の成果か?」
「ええ、不本意ながら」
「お前まで修行とは。やっぱりトリアの為か?」
「何が言いたいんです?」
「別に大したことはねぇよ。ただ、お前が仲間になった時、戦いはできない、なんて言っていたのにな」
「今でも立場は変わっていませんよ」
「こんなダンジョンみたいな場所に入っているのにか?」
マイトの言葉にフリーダは何も答えない。ただ真剣に、物見鳥の視界に集中を続けていた。
そんな彼女に対して「悪かった」とマイトは呟いた。
「何がです」
「さっき言ったことだよ。確かに俺の戦いの相手ができるのはカイゼルやサイトくらいだ。だけどお前やエレク、ミアも、それぞれ修行をしてきたんだろ。だからだな。俺の言い方が悪かった」
「何ですか、それ。謝ってるつもりですか?」
「悪いかよ」
照れたように顔を赤くするマイトに、フリーダは目を閉じたまま笑ってしまう。そこに――
「見つけました」
共有している視界に、上りの階段を見つける。比較的近くまで来ていたらしい。順路さえ間違えなければ、すぐに辿り着ける広間に、その階段はあった。
「ですが……、これは……」
「何だよ。出口を見つけたんだろ?」
「見つけたのはあくまで上りの階段です。問題は、周りに数十体の亡霊兵士がたむろしてることです」
彼女の視界に移ったのは、数多くの亡霊兵士が何をするでもなく、広間に立ちつくしている光景だ。今は動いてもいないが、マイトやフリーダを見つければ、まず間違いなく彼らは襲いかかってくるだろう。
数体相手にするだけでも困難なのに、数十体の亡霊兵士など相手にできる訳が無かった。
「別の道を探すしかないのか?」
「そうですね。でも……、一つだけ私に考えがあります」
フリーダはそう言うと、ポケットの中からあるものを取り出した。
物見鳥を回収し、フリーダの先導で二人は広間までやって来る。扉の影に姿を隠して様子を伺う。
まだ兵士たちはこちらに気が付いていないようで、微動だにせずに立ちつくしている。
「いいですか、チャンスは一回だけですよ」
彼女の言葉にマイトは頷きを返し、あるものを持って大剣を背負う。フリーダを傍に、マイトは受け取ったあるものを思いっきり亡霊兵士の群れへと投げつけた。
まっすぐに亡霊兵士の群れの中へと飛んで行ったそれは、たった一つのガラス玉だった。
ガラス玉はまっすぐに飛ぶと、一体の亡霊兵士の頭にぶつかって砕け散る。その瞬間、広間の中に『氷点の世界』と『十の大剣』が暴虐を振るった。
足元を氷結が広がり、骸骨兵士たちを縛り付ける。そして、幾重もの氷柱と大剣が宙を乱舞して骨を砕いていく。混乱におちいる広間。一瞬の隙を付き、大剣を背負い、その腕にフリーダを抱いたマイトが駆ける。
フリーダがマイトに渡したのは、以前にトリアが『投影』の中で暴走した時に使った魔術の封じ込められたガラス玉だった。あの時、サイトが圧縮を使ってトリアの魔術を封じ込め、暴発を防ぐためにフリーダが回収していたのだ。
広間の中を一直線に掛けるマイトとフリーダ。
亡霊兵士たちは足を縫いつけられて動けない。階段を駆け上がると上層階に出る。そこでマイトはフリーダを下ろし、大剣を抜き放つ。
「『風竜の鉤爪』!」
そして大剣の呪文処理を発動し、洞窟の天井を崩す。落ちた天井の岩によって階段が塞がり、二人を追いかけようとしていた骸骨兵士たちを足止めする。
「行くぜ、フリーダ!」
大剣を肩に担ぎ、マイトはフリーダの手を引いて走り出す。やがて二人がフリーダにも見覚えのある道まで出るのは時間の問題だった。




