いざ北の地へ3
リズリットは弓使いだ。
本来の戦いは遠距離からの狙撃。パーティ後方での支援攻撃や、奇襲などが得意分野だ。ただ、その反面、近接戦闘は苦手だし、物陰に隠れての移動、速射が必要になってくる。
対するミアはスピードが持ち味の双剣士。魔法こそ使えないものの、近接での戦いが得意だ。
この二人の戦いなら、どれだけ自分の間合いで戦うことができるかが、勝敗の分かれ目になりそうだった。
「あの、そんなに私の事、パーティに入れたくないの?」
淡々と無表情に戦いの準備をするミアに、リズリットが訊ねる。対するミアは無言で首をふった。
「別にそう言う訳じゃない」
「え? だったら何で勝負を?」
「私にもわからん。ただ、トリアのあのいつもと変わらない様子なんかを見てたらムカついた」
「あぁ、完全にとばっちりだね、これ」
「多少はすまないと思っている。でも、私にもトリアにも事情がある。半端な覚悟なら仲間にはできない。だから本気で戦う」
「そっか。うーん……、そうかぁ」
リズはそう言うと髪を掻き、弓を取り出した。
「仕方ないね。私もちょっとトリア君に興味あるしね。ちゃんと戦うよ」
そう言うと、数本の矢を手にとり、笑みを浮かべる。
「ミアちゃん、私って室内での戦い初めてなんだよね。ちょっと距離感測りたいから、何度か試し打ちしてもいいかな?」
「別にかまわない」
「ありがとう」
そう言うとリズは洞窟の上に向かって一本。左右の壁に向かって一本ずつ。そして、上に打ち上げた矢を自分とミアの中間地点に一本、それぞれ放つ。
「あれは……?」
フリーダが首を傾げながら眼鏡に手を添える。瞬間的にフリーダの表情が驚きに変わる。しかし――。
「口出しは無粋と言うものだよ。ミア君がかまわない、と言っている限りはね」
ティルメシアが彼女に囁き、フリーダは何も言うことができなくなった。
「それじゃあ、始めよっか」
「いつでもこい」
リズの言葉にミアが頷く。そして、リズがミアに対して引いた一射が、戦いの合図となった。
自分に向かってまっすぐ飛ぶ矢を、ミアは持ち前のスピードで簡単に避ける。
「『加速強化』!」
そして、ミアの言葉と共に、彼女の身体が燐光に包まれる。
「強化魔法」
驚いたのはトリアだ。
ミアは魔法を使えない。生まれつき、一切の魔法を使うことができなかったのだ。だからこそ、トリアはミアと契約魔法で身体強化などのサポートをしていたし、ミアもその為のコンビネーションの技なども使っていた。その彼女が、自分で魔法を使っている姿は信じられなかった。
「別に驚くことじゃない。彼女が身につけているレガース。あのレガースに呪文処理が施されているだけだよ。彼女一人でも戦えるように、私が用意させて貰った」
何でもないことのようにティルメシアが答える。
確かに、武器への呪文処理は魔術師なら使うことができる。マイトだって大剣に呪文処理をしているし、付与する呪文を身体強化にすれば、たとえ魔法が使えなくても自身を強化することは可能になる。
「もっとも、普通はノーアクションで攻撃魔法を使えるように、付与するのが通常だがな」
話している内に、加速したミアがリズとの距離を詰めにかかる。リズは次の矢を放とうとはせず、余裕を持って弓を構えるだけだ。
ミアは双剣を手に、一気に勝負を決めにかかるつもりだった。しかし次の瞬間――、
「……っ!」
ミアの足元に突如として魔法陣が発動する。まるで彼女を下から突き上げるように、ストーンエッジが三本、彼女めがけて隆起した。
咄嗟に跳躍して回避するが、その彼女めがけて矢が放たれる。ギリギリのところで双剣で弾くが、
「トラップ発動」
リズがにんまりと指を鳴らす。
天井に撃ち込まれた矢を中心に魔法陣が広がり、巨岩が三つ、洞窟内に落下する。
否応なしに距離をとらされるミア。そして、石の槍や巨岩を利用して、ミアから姿を隠すリズ。ここまでの戦いは、全てがリズの思惑通り進んでしまっていた。
そしてまた一射、巨岩の影から天井に向かって矢が撃ち込まれる。
ミアは岩を回り込むように発射地点に向かうが、到着する頃にはその場にもうリズはいない。しかも、別のトラップがその場には仕掛けられていたようで、またも石の槍がミアを襲った。
「驚いたな、罠魔法か?」
サイトですら目を丸くして事態を見守っている。
「いや、実は僕も良く知らないんだ」
「知らない?」
「うん。何でも、弓の効力らしいんだけど、矢の当った場所に罠を設置できるとかで」
「で、あの動きと。戦略、予測。よく練られている」
会話をしている間にも、リズの矢は洞窟内にいくつか撃ち込まれている。対するミアは次々と発動するトラップに動きを制限され、自由に動けない。発射地点目がけてナイフの投擲などもしているが、効果はなさそうだった。
「頑張るねぇ、ミアちゃん。でも、そろそろ降参した方がいいんじゃないかな?」
洞窟内を反響し、どこからかリズの声が聞こえる。
「これ以上続けるようなら、もっと凄い罠、使うかもしれないよ?」
「そこだ!」
ミアは跳躍するといくつかのナイフを投擲する。しかし、その場所には誰もおらず、更に天井からいくつかの岩が降り注いで、室内には更に身を隠す障害物が増えていく。
「完全に彼女の思惑通りですね。持っている条件を最大限に使い、戦略的に戦いを進める。使われている罠もストーンエッジや巨岩落とし。ミアさんの立場なら、まるでトリアさんと戦っている気分じゃないでしょうか」
フリーダが淡々と分析する。実際、ミアもここまで戦いにくい相手は初めてだった。
「だとしても、ミア君を戦闘不能にしなければ、彼女に勝機はないよ。リズ君は些か、決め手に欠ける」
「対するミアは、まだ奥の手を隠しているしな」
ティルメシアとカイゼルが見守る中、ミアは一度足を止めると深呼吸する。彼女の周囲には何も遮蔽物は無い。格好の的だ。
そんなミアめがけて矢が放たれる。狙いはおそらく腕。
「――っ!」
しかし、ミアは自分に向かって放たれた矢を、いとも簡単に素手でつかみ取るとへし折って見せた。
「『膂力増強』『加速強化』『斬撃強化』」
ミアの言葉に応えるように、彼女の身体を包む光が更に強くなる。左右の双剣にも施されていた呪文処理が魔法陣を光らせている。そして今度は余裕を持ってニヤリとミアは笑って見せた。
「だいたいわかった。こっからは反撃だ」
「トラップ発動!」
ミアを牽制するように巨岩が落ちてくる。しかし、ミアは跳躍すると、レガースを身に付けた足で易々とその岩を蹴り砕いた。次の瞬間には低く跳躍し、周囲の岩を順に斬り砕く。その動きはまるでマイトのように力任せの直線的な戦い方だ。
そんなミアめがけて落とし穴、落石、石の槍など、次々と罠が発動する。しかし、そのいずれもが彼女の足を一瞬止めるのが精いっぱいで、効果を発揮しない。ついに充分な遮蔽物が無くなり、リズの姿が見え始める頃には、今度はリズの表情が引きつっていた。
「そのレガースに双剣、いくつ呪文処理のせられてるの?」
「道具関連で言うなら、お前の弓の方が脅威だ。でも、これは経験の差だ」
ミアが言いながら左手の双剣を鞘におさめ、今度はナイフを投擲する。しかし、目標はリズでは無い。ナイフはあさっての方向に向かったが、その瞬間、リズは全身に締め付けられるような感覚に襲われる。
「捕縛、成功だ」
リズが目を凝らして見ると、彼女の身体の何箇所かに、いつの間にか糸が巻きついている。弓を引く為の腕の動きが制限され、もう攻撃行動がとれない。
「何も罠はお前の専売特許じゃない。私にも、今まで培った罠があるからな」
そう言って右手の双剣をリズに向ける。雌雄は決したようだった。
………………。
「と言う訳で、この勝負はミア君の勝ちだ。異論はあるまい?」
ティルメシアが僕に訊ねる。勝負の結果については、一切反論はできなかった。だが――、
「ミア、サイト、勝負はこんな結果だけれど、リズのパーティへの加入は認めてくれないかな?」
肩を落とす彼女が見てられなくて、僕は二人にお願いする。
「俺は別にかまわない。今の戦いを見て、あの実力ならむしろ歓迎したいくらいだ」
だがサイトは最初から反対する気は無かったようで、あっけらかんと答えて見せる。
そして実際に戦ったミアはと言えば、いつも通りの無表情。
「最初から言っている。トリアが入れたいなら入れればいいだろ」
そんな風に答えながらそっぽを向く。拗ねた様な行動をとっているが、たぶん落とし所がみつからないのだろう。
「トリアさん、女の子はとった相手の方よりは、とられた相手に怒るものですよ」なんてフリーダが囁くが、そんな彼女も僕の足を踏んでいったので、しばらくは針の筵のようだ。
「とは言え、すぐにパーティの一員として活動と言う訳にはいかないだろうがね」
しばらく傍観をしていたティルメシアが僕たちに近寄る。
「リズリット君、君も痛感しているだろう。本当の意味でパーティの一員となるのなら、今以上の実力を身につけなければいけない。君も、私の元で修行してみないかね?」
「いいんですか?」
「君さえよければ、だよ」
そう言って微笑むティルメシア。そんな彼女に対して、リズリットは何事か考えると、「よろしくお願いします」なんて頭をさげていた。
「さてと、それじゃあ試験の続きといこうか。次はトリアか?」
「俺に先にやらせろ」
サイトに制止の声を掛けて進み出たのは大剣を担いだマイトだ。
「こいよ、カイゼル! 修行の成果って奴をみせてみろ」
そして彼は大剣の切っ先を好敵手に向けて指名する。カイゼルもまた、無言で剣をとり、マイトの前に歩み出るのだった。




