いざ北の地へ1
「『転生者』と『聖女』!?」
僕とリズリットがベルベックに帰って来た時、街は大騒ぎになっていた。
原因の一つにはDランクの森に竜が現れたこと、もう一つはそれをマイトと新米パーティの数人が協力して撃退したことにある。
僕たちだってリローネの村への納品依頼の際に盗賊に襲われるなど色々と苦労したのだが、竜の出現など王国の片田舎になるベルベックでは聞いたことも無いような大事件だ。
出現しただけでもギルドの上級ハンターが召喚されるような事態になる。それなのに、新人のDランクハンターが数人と、Cランクハンターのマイトが事態を治めた。これで騒ぎにならない訳が無かった。
僕を更に驚かせたのは、マイトが竜から聞いてきた話だ。
「雷電竜の奴が言うには、あいつはそもそも北のカートリア聖公国の中にある山をおさめていたらしい。それが、『転生者』と『聖女』を名乗る二人と出会った記憶を最後に、周囲の山や森を暴れまわるような暴走状態になってしまったようだ」
「それって……、まさかサイトとエレクじゃないよね」
「他にいるのか?」
マイトの言葉に僕は何も答えることはできない。
「えっと……、そのサイトさんとエレク……さん? って、前にトリア君が話してくれた人だよね」
僕たちの話を訊いていたリズが訊ねる。
「うん。リズには前に話したよね」
リローネを目指す道中、僕は彼女にパーティのメンバーの事を話していた。
「まず、リーダーのサイト。嘘か本当かはわからないけど、サイトは元々は別の世界で生きていた時の記憶を持ってるみたいで、自分のことを『転生者』なんて言っていたんだ。もう一つの『聖女』はエレク自身が言っていた訳じゃないんだけど、彼女は凄い治癒魔法や神聖魔法の使い手なんだ。それで、随分と前にサイトがエレクのことを『聖女』って呼んで大騒ぎを起こしたことがあって……」
「ふーん。なら、そのサイトさんとエレクさんが今回の事件を起こしたってこと?」
「そんな訳ないよ!」
リズの言葉に思わず大きな声を出してしまう。リズはビクッと肩を震わせていたし、ギルド内の人たちも何事かと僕たちの方を見ていた。
「ごめん。つい……」
「いや、別に気にはしてないよ」
リズはそう言うとエヘヘ~なんて笑っていたが、ちょっと驚いていたようだった。
「トリア君がそんな風に言うってことは、やっぱり考えられないことなのかな」
「そうだな。俺もサイトの野郎やエレクが、土地神を暴走させるなんて思えねぇ」
マイトは言いながら、しかし眉間に皺を寄せる。
「だがな、竜が嘘をつく理由も無いし、無関係だとは思えねぇんだよ」
彼の言葉に、僕は何も言うことはできない。僕たちの間に重苦しい空気が流れる。そんな中――、
「じゃあ、確かめに行きましょうよ」
リズがあっけらかんと口にした。
「確かめる?」
「うん。そのサイトさんとエレクさんって、今はどっかに行ってるんでしょ? なら、そこを訪ねていって、今回の騒ぎの事を話してみればいいんじゃないかな? もしかしたら関係無いかもしれないし、何か知ってる可能性もゼロじゃないでしょ」
「それはそうだけど……。マイトはわかってるよね、僕は謹慎中なんだよ」
「そう言えばそうだったな」とマイトは素知らぬ顔で返事する。暴走して、ミアやフリーダを危険に晒したことは記憶にまだ新しい。今回だって暴走しないなんていう保証は無い。
その事実が、僕に二の足を踏ませている。
「何を躊躇ってるのかはしらないけど、信じたいなら調べるしかないんだよ」
「僕が行ったところで、何も変わらないかもしれない」
「でもトリア君が行けば何か変わるかもしれない。『転生者』の魔法が使えるんでしょ? だったら、トリア君が暴走した魔物とかを見れば、わかることもあるかもしれない」
リズは譲る気は無いのだろう。テーブルを挟んで、にんまりと僕を見るだけだ。
確かにリズの言には一理ある。
マイトは竜を退けはしたが、彼の本分は剣士だ。魔術師としての僕が解析すれば、どうして魔物が暴走しているのかや、その解放条件がわかるかもしれない。
「トリア、こうなったら謹慎とか、面倒なこと気にするのはやめたらどうだ?」
「面倒なことって……。あのね、パーティのルールって言うのは軽視していいものじゃないんだけどな」
「ハンターは自由なもんだからな」
「そうだよ。これは……、そう。言うなら緊急事態ってやつだよね。サイトさんやエレクさんに何かあったかもしれないから、それを調査する為に街から出る。それで充分じゃないかな?」
「わかった。うん、それでいこう」
リズリットの言葉に背を押され、僕は決意する。
「マイト、リズ。ついてきてくれるかな?」
「もちろんだよ」
「てゆーか、もう留守番はごめんだ」
即答してくれる二人に感謝する。良い仲間をもったものだった。
「それで、どこに行くんだ?」
「サイトたちが向かったティルメシアさんの家か、もしくは竜がおさめていたっていう山かな。竜の暴走の原因を探る為なら山に向かうのが最短だけど……」
「じゃあカートリアに向かうでいいんじゃない?」
僕はリズの言葉に頷きそうになる。しかし、頭の中で何かが警鐘を鳴らしている。
そうだ。サイトやエレクが関係していたとして、他の皆はどうした? マイトと近い実力を持ったカイゼルに何かがあったとは考えにくい。だが、魔法の使えないミアやフリーダはどうだろう?
「いや、やっぱりティルメシアさんの家に向かおう。まずは他の皆と合流するんだ」
「遠回りするってこと?」
リズの言葉に僕は頷く。
「これからカートリアに向かうにあたって、僕たち三人じゃ何かあった時に対処できないかもしれない。でもティルメシアさんの家にいるはずのサイトたちと合流できれば、カートリアに万全の態勢で向かうことができる」
「なるほどな」
マイトとリズがそろって頷く。
とは言え、僕たちもついさっき街に帰って来たばかりだ。出発は明朝として、僕たちは一時、僕の家で休息をとることにした。
………………。
そして翌日のこと、僕たち三人は馬車を借り、早朝から街を出る。
ティルメシア=ユイガットの家は隣国との国境にあるらしい。
「まるで亡命を見越しているみたいですね」なんてリズは笑っていたが、まさかそんなことは無いだろう。
乗り心地の悪い馬車に揺られること半日。昼過ぎにはティルメシアの家にたどり着いた僕たち。
しかし、家はひっそりと静まり返っており、誰の姿も見ることができない。
「留守なのかな?」
ドアをノックしても返事は帰ってこない。
このままここでしばらく待ってみようかと考えていると、ゴトッと何かを落とす音が聞こえる。反射的に音のした方を見ると、そこには驚きで口をぱくぱくとさせているエレクが立っていた。足元には取り落としたバケツが転がり、水をこぼしてしまっていた。
「トリア……くん? どうして?」
「エレク! 良かった、無事だったんだね」
僕は彼女に駆け寄ると、その手を握る。ちょっと顔が赤いけれど、特別変わったところは無い。ほんの半月ほど会えなかっただけだけれど、随分と懐かしく思えた。
「サイトやミアは? 家には誰もいないみたいだけど?」
「あ、うん。えっとね、皆でユイガットさんに修行して貰っていて……。とりあえず皆を呼んでくるね」
エレクはパタパタと森の中へ駆けて行く。その後ろ姿を見ながら、「へぇ~……」とリズが呆けていた。
「あの人がエレクトラさん?」
「うん。僕たちはエレクって呼んでるよ」
「なんだか、とっても女の子って感じだよね」
リズがどういう意味で言っているのかわからず、僕は首を傾げる。そんな僕を見て、彼女はさらに苦笑していた。
「連れてきたよ~」
しばらくして、森に入っていた他の面々がエレクと一緒にやって来る。
カイゼルはいつも通りだけれど、フリーダは少し驚き顔。
「トリア!」
二人の後ろからやって来たミアは僕を見て笑顔を見せてくれたけれど、僕の後ろに立つリズを見て怪訝な表情をして、再び僕に視線を戻した時にはいつもの無表情で腕を組んでいた。
「な、何の用だ! 私は修行で忙しいんだがな!」
「おいおい……」
そんな彼女の様子を見て、カイゼルが肩を竦めてみせていた。
少し遅れて森の中からサイトが出てくる。
「よう、トリア。待ちきれなくなって迎えに来たのか?」
呑気に僕を見るサイトにも変わったところは無い。
本当にサイトたちは、ティルメシアさんの家で修行をしていただけのようだった。
「君がトリアート君かな」
そんな中、不意に名前を呼ばれて見れば、そこには綺麗な人が立っていた。闇色の髪が印象的な美しい人だった。そして、その面影に昔見た様な懐かしさを感じてもいた。
「えっと……、ティルメシアさん、ですよね?」
「ああ、そうだ。君は大きくなったね、少年。見違えたよ」
彼女の言葉に僕は少し照れくさくなる。頬を書いていると、足に痛みを感じる。見れば、ミアが僕の足を踏んでおり、エレクが僕の服の裾を掴んでいた。
「とりあえず、積もる話もあるのだろう。お茶でもどうかな?」
促されるように、僕たちは家の中へと案内される。こうして僕たちは、サイトたちと合流することができたのだった。




