マイトの竜退治3
Dランクハンターの森深く、鬱蒼とした木々の中、大木に身を隠すマイト。ザッハたちのパーティーも同じように身を隠し、竜の追撃に備えていた。
「あれは土地神だな……」
そんな中、マイトが呟く。聞きなれない言葉だったのだろう。ザッハは首を傾げる。
「竜じゃないってことですか?」
「竜には違いない。だが、飛竜や地竜なんかとは比べ物にならない、森や山、あるいは池なんかを根城にして、主として祀られるような竜のことを、土地神とか呼ぶんだよ」
「どうしてそんな奴がベルベックに?」
「俺が知るわけが無いだろ。ただ、あいつが魔術を使うのを見ただろ? 普通の竜なら魔術の行使なんてまずできねぇ。使える個体って言えば、古龍や龍族の上位種か、あとは土地神クラスの化け物だ。雷を操ってるあたり、『雷電竜』ってとこじゃないか」
「それじゃあ、討伐なんて……」
「そうだな。普通は俺一人じゃ話にならない。お前ら新人ハンターが一緒に戦ったって、討伐は不可能だろうな」
「マイトさんでもですか」
肩を落とすザッハたち。
もしも、この場にサイトやトリアたちがいれば話は違ったかもしれない。サイトの常識はずれな力や、トリアの作戦、エレクの精霊獣、カイゼルの経験などがあれば、討伐は可能だったかもしれない。
「まあ、あくまで討伐はできないってだけだよ」
そう言うとマイトはニヤリと笑う。
「どういうことですか?」
「俺を誰だと思ってる? いずれは最強の拳闘士として、コロシアムの頂点に立つ男だぞ」
肩に大剣を担いで立ち上がる。
「確かに俺には魔術の素養は無いし、特別な技を持っている訳じゃない。だがな、何度も死線をくぐって培ってきた勝負勘だけは、パーティの誰にも負けるつもりはねぇ。たとえ相手が土地神クラスの化け物だったとしても、これからの戦いを勝負とするなら、俺に負けは無い」
自信満々に語るマイトに、しかしザッハ達はピンとこなかったらしい。
「具体的にはどうするつもりなんです?」
だからザッハは訊ねてみるのだが、マイトの答えは最初っから単純だ。
「正面からぶつかって、ぶん殴る」と言って、マイトは二カッと笑うのだった。
「馬鹿なんですか?」
一拍置いて、思わずザッハがマイトに喰ってかかる。
「さっきのあの雷撃を見たでしょう。攻撃範囲に入れば、牙や爪だって致死性の攻撃になります。そんな雷電竜に無策でつっこんでぶん殴るって、どうやってそんな考えに至るんですか?」
「別に考えが無いって訳じゃねぇよ」
「本当ですか?」
ジトッとした目でマイトを見るザッハ。この数分間で、かなりマイトへの信用度が下がっているようだ。
「あの靄だよ」
だが、今回は彼にも多少の根拠はあった。
「あの雷電竜が身体中に纏っていた黒い靄。あれはあいつ固有の技とは思えない。むしろ、あの靄の所為で元々あった理性が抑え込まれている可能性が高い」
きっかけは先程の戦いの中で感じた違和感だった。
彼が竜の意識をザッハ達からそらせる為に使った『風竜の鉤爪』。
マイトの技は雷電竜を退かせることは敵わなかったが、避けられることもなく直撃させた上、一瞬とは言え身体をぐらつかせることができた。ダメージを負わせることができたのだ。
直線的すぎる攻撃に対して、あまりにも無防備で知性を感じさせなかったのだ。
そして魔術師の魔術に対しても、いっさいの防御や回避行動すらとろうとしない。単純に、目の前にあるものを攻撃することしかできていない。
「あれこれ考えて攻撃するだけ無駄だ。たぶん理性なんて働いてないからな。あいつの攻撃をかいくぐって直接ぶん殴るような単純な方法の方が俺向きだろ」
「それは……、そうかもしれませんが」
ザッハはマイトの説明に説得力を感じながら、他の方法が無いかと考える。どう考えても、単純な直接攻撃は無謀だとしか思えないからだ。しかし――、
「考えてる時間は無さそうだな」
大木がなぎ倒される音が響く。
降り注ぐ電撃の轟音と、そこかしこで上がる火の手。
「あの野郎、俺たちの姿が見えなくなったから、見境なしに暴れ始めたみたいだな」
「そんな!」
「このまま放っておけば、運が良くて山火事。最悪は街までやって来た場合だな」
マイトの言うとおり、ベルベックの森は街に隣接している。森が焼き払われれば、いずれは街を見つけ、外壁を破壊して雷電竜は暴れまわるだろう。
そうなれば、どれだけの被害が出るかは想像もつかなかった。
「わかりました、ここで食い止めましょう」
ザッハが決意に満ちた瞳で言葉を口にする。
「倒せないとしても、注意を引き付けて街から引き離すことはできるはずです」
「よく言った。お前らもいいか?」
マイトは彼の背を叩き、ザッハの仲間たちに訊ねる。彼らも一様に武器を手に頷きを返していた。
「それじゃあ、ベルベック防衛戦といこうか」
竜の咆哮が聞こえる方へ、一同は再び向かうのだった。
………………。
雷電竜は雄たけびと共に再び周囲に雷の雨を降らせる。その身体にはやはり靄が絡みついているが、靄の中からも電撃が迸り、暗黒の雷雲のような有様になっている。
「『ロックランス』!」
「『アイスランス』!」
そこに、二つの呪文の詠唱。魔法陣が展開すると、そこにはザッハと一緒にいた二人の魔術師が立っている。彼女たちの放った石と氷の槍が、それぞれ弓なりな軌道を描いて竜へと向かう。
対する竜の足もとに魔法陣が広がり、電撃の弾丸が槍の迎撃に飛ぶ。
先刻、竜が使ってみせた連射も可能な『ゴウライ』の魔術だ。
二つの槍はそれぞれ上空で粉々に粉砕されるが、同時に竜の頭上から氷の破片と石の破片を降り注がせることになる。
間髪いれずに二撃目の槍の為に詠唱を始める二人。
そこに、破片のダメージを受けながらも、雷電竜の『ゴウライ』が更に迫るが、二人を守るように大盾を構えた少年が彼女たちへの電撃を完全に防ぎきる。続けて、三人の後方からショートソードと槍を持った少年、そしてマイトを先頭に三人が雷電竜に向かって突撃する。
雷電竜も『ゴウライ』を連射するが、マイトは足を止めずに駆け抜ける。
「いくぜ、おらぁぁぁぁぁあああ!」
マイトの大剣に施された呪文処理が発動し、次の瞬間には『風竜の鉤爪』となって竜巻が竜の胴体を捉えてよろめかせる。
数瞬遅れて辿り着いたザッハと槍使いの少年がそれぞれ竜の左右から刺突を繰り出す。靄を切り裂き、二人の刃は確かに雷電竜へと届いている。怯まずに竜はその鋭利な爪を振り回すと、今度は電撃の雨を周囲に降らせた。
そうなると『ゴウライ』の弾幕も消え、迎撃されることの無かった二つの槍が、上空から竜の身体めがけて落下する。さすがの雷電竜も苦悶の声をあげてよろける。
ここまでの攻撃は典型的なハンターパーティの連携にすぎない。魔術師の魔術による遠距離からの奇襲。盾役の魔術師への防御と、前衛職の直接攻撃。そして、遠距離からの魔術による追撃。
ザッハ達は一人一人の能力はそれ程高くは無い。
サイトやトリアの使っているような大呪文は無いし、エレクのような支援魔術や精霊術と言った突飛な行動も無い。それでも彼らが日々研鑽して磨き上げてきた連携は、一瞬とは言え土地神クラスを圧倒して、マイトに対して最大限のチャンスを作り出すことに成功していた。
だが、二度目は無い。
魔術師の二人は魔術の連続使用で杖をついて立っているのがやっとだし、盾で防いでいたとはいえ、盾使いの少年の消耗も激しい。
何より、ザッハと槍使いの少年は電撃の雨でいくらか被弾したのか、それぞれが弾き飛ばされている。
千載一遇の好機に、しくじるわけにはいかない。
マイトは大剣を竜めがけて放り投げる。刀身が深々と竜の左肩に突き刺さり、竜が悲鳴のような雄たけびを上げる。
身体強化の魔法陣が広がり、マイトの身体が光ったかと思うと、彼は拳を握りしめて跳躍した。
「目ぇ、覚ませ! この野郎!」
硬化魔法を使って更に拳を強化。膂力増強魔術、充分な助走、跳躍によって得た落下の衝撃。
全てを一撃に注ぎ込み、その拳を竜の眉間に向かって振り下ろす。拳が当たった瞬間、竜の顔面は縦に揺れ、顎を地面に強かに打ち付ける。
ようやく竜は動きを止めて倒れ伏す。完全に気を失っているようだった。
そして同時に身体を覆っていた靄が晴れていく。
その身体を見て、マイトが気づいたのは竜の身体につきたてられていた黒いダガ―だ。
周囲に残っていた靄が完全に消え去ると、やがてダガ―も砕けるように音をたてて消えてしまう。確証は無かったが、直感的に、そのダガ―がこの竜を苦しめていた元凶だとマイトにはわかっていた。
………………。
雷電竜が目を覚ましたのは数時間たった後の事だった。
案の定、竜はベルベックから更に北方の山をおさめていた土地神と呼ばれる存在だったらしい。
ベルベックに来た経緯や、自分が暴れ続けていたことに対しては記憶が曖昧のようで、自分がなぎ倒したらしい木々などを見て肩を落としていた。
『すまなかった。私ともあろうものが、このようなことを……』
「気にするな。やったのはお前だが、原因は別みたいだしな」
マイトに対して頭を下げる竜。彼は二カッと笑って応えていたが、ザッハ達は喋る竜を見て気後れしていた。
竜は身体中に怪我を負っていたものの、そのほとんどは大したことは無かったようだ。ただし、背中に受けた魔術の槍のダメージは兎も角として、マイトの投げた大剣は鱗を突きぬけて深々と刺さっており、治療には数カ月かかりそうだった。
ザッハ達が持っていた包帯などで応急処置こそしていたものの、左肩は真っ赤に染まっていた。
「それにしても、どうしてあんたがこんな田舎まで来たのか、本当にわからないのか?」
マイトは愛用の大剣を肩に担ぎ、
『あぁ、本当に覚えていない。ただ苦しくて走り続けていたようなことは覚えているから、ここに来たのは偶然かもしれない』
「偶然ねぇ」
言われてから街の周囲の地理を思い出す。街道沿いに建てられたベルベックの街は、東西南北にそれぞれ道が続いている。竜が来たと言う北方の山地は、カートリア聖公国と呼ばれる国の領内だ。
教会の総本山だし、基本的にはどの国に対しても友好的な態度をとっている。
そして、マイトは知らないことだが、サイトたちが次に目指しているのも、そのカートリア聖公国だった。
「だったら、最後にハッキリと覚えていることは無いのか?」
『そうだな……』
マイトの言葉に竜がしばし黙考する。そして、彼は思い出したかのように小さく呟く――、
『最後に私が覚えているのは、一人の青年と少女だ。彼らはそれぞれ自分たちのことを、『転生者』と『聖女』だと名乗っていた。彼が私に近づいてきてからの事を思い出せない』
「『転生者』に『聖女』だと……?」
マイトの脳裏に二人の仲間の姿がよぎる。
「知ってるんですか?」
そんなマイトの反応を見て、ザッハが彼に訊ねる。
「まぁな。訊いたことがある呼び方だよ」
マイトがあっさりと答えるが、彼の険しい表情を見て、それ以上ザッハは何も聞いて来ることは無かった。
『マイトと言ったな。君は何か知っているようだが、その上でこれからどうする?』
「知らねぇよ。そう言うことを考えるのは、頭脳労働専門の奴らがいるから、そいつらに任せる。ただし、今回の一件を俺も見過ごすつもりはねぇ。『転生者』を名乗ってる奴が元凶なら、そいつを叩くまでだ」
『そうか』
竜は短く答えると、重々しく頷いて返した。
『マイト、きき腕を出してくれ』
竜に促されるままにマイトは自分の右腕を出す。何事かを呟いたと思ったら、竜の眼前に金色に光り輝く光の球が現れ、それは吸い込まれるようにマイトの右腕へと消えてく。
「何だ? 何しやがった?」
『今私が授けたのは、『竜紋』と呼ばれるものだ』
見れば、マイトの右腕には、螺旋のような黒い刺青が走っている。
『これでも土地神と呼ばれていた身だ。私の与えられる最大限の加護だ。一部だが電撃の力を扱えるようになるし、膂力も少し上乗せされるだろう』
「何だってそんなことを?」
『わからない。ただ、この力がいつか君に必要になるように私は思う』
竜はそう言うと、身体を横たえて目を閉じる。
『気をつけるんだ、マイト。相手は得体がしれない。君自身も窮地に追いやられるかもしれない』
「何言ってやがる。俺は最強の拳闘士になる男だぞ」
『そうか。それは頼もしい――』
竜は最後に小さく笑うと『少し休ませてほしい』と言って目を閉じる。
それから数日眠っていたかと思うと、ある朝、竜は別れも告げづにどこかに行ってしまったらしい。北の国へと帰っていったのか、それとも新たな場所を目指して旅だったのか。
マイトには何も分からなかったが、確かに何かが動き始めているように感じていた。
ちょっと更新が遅れて申し訳ありません。
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