リローネの村への道4
転勤、引っ越し、と激動の一週間でした。
久々の更新です。
遅くなってすみませんでした。
「投降しろ。そうすれば命まではとらない」
刃物を突き付けられ、僕たちは窮地に陥っていた。
馬車は馬が足を痛めたようで、しばらくは動けない。商人は手綱を握りしめたまま、青い顔をして震えている。
『青い斬撃』の二人はさっきまでの強行突破がたたって、肩で息をしている。
どうすればいい?
僕は目の前の状況と手持ちのカードを思い浮かべる。
策がはまり、盗賊たちは精神的に優位に立っている。このままぶつかったところで、勝ち目なんて無いのかもしれない。いっそのこと、投降した方が利口なのかもしれない。だけど――
「トリア君……」
震える指先で僕のマントを掴むリズを見たとき。僕の気持ちは固まった。
「『圧縮』拡大!」
杖を手に、周囲の空間を固定する。そして、次の瞬間には、馬車も、商人も、剣士たちも、リズさえも、僕の周囲からは消え去り、盗賊たちの前にはいくつかの箱を周囲に浮かせた僕だけが立っていた。
それらをポーチの中にしまい込むと、僕は杖を構え、マントを脱ぎ棄てる。
「なっ……、何を――!」
「『身体強化』『打撃強化』」
盗賊の一人が何かを言うよりも早く、僕の足元に魔方陣が浮かぶ。そして、光を纏った杖の一撃で、手近な盗賊の一人を弾き飛ばし、口元に笑みを浮かべて見せた。
「かかってこい。僕が相手だ!」
サイトならきっと、こうやって戦うのだろう。
「何者だ、お前!」
一瞬、呆気にとられていた残りの三人が、別方向から次々に切りかかる。僕は使いなれた障壁を広げる。
何もない目の前の空間で、不可視の壁が男たちの剣撃を完全に防ぎきる。バリア魔法だ。
同時に圧縮魔法の小箱を解除して、『神殿の石柱』で盗賊の一人を圧倒する。潰れた蛙のような呻き声を残して、石柱は盗賊ごと林の中へ突き刺さった。
「拘束しろ、『アイスロック』」
続けざまに圧縮魔方陣を展開すると、氷結が残りの二人の盗賊たちの足を捕らえる。
このまま制圧できるかと思った。しかし現実は、そう簡単にはいかなかった。
不意に背中に衝撃を感じて、次の瞬間には地面を転がり、盗賊たちから距離をとる。見上げれば、最初に弾き飛ばした盗賊が、血走った目で僕を睨み付けていた。
どうやら彼に突き飛ばされたようだ。
まだ身体強化の魔法の光は残っている。立ち上がり様に跳躍すると、同時に彼らの背後まで移動魔術で飛行する。その瞬間に打撃を加えて手傷を負わし、再び距離をとって、『アイスニードル』や『ストーンエッジ』で追い打ちをかける。
彼らの予想外の動きで翻弄し、決定的な隙を突きつづける。それが今の僕にできる唯一の勝ち筋だ。
だが、最初に撃破したはずの盗賊が戦線に復帰し、リズに手傷を追わされた盗賊や、石柱での打撃を受けた盗賊も、それぞれに怪我を抱えながら、武器を手に起き上がり始める。
結果的には、一度は四人に減った盗賊たちも、再び六人に戻ってしまう。そんな彼らに包囲され、状況は刻一刻と悪くなる一方だ。何より、少しずつ集中力や精神力が摩耗していくのを実感する。
圧縮、バリア、飛行――、どれもサイトなら問題無く使える魔法だ。けれど、僕には負荷の大きすぎる魔法ばかりだ。加えて、通常の魔術ももう何回使ったかわからないほど連続で使っている。このまま闘い続ければ、遠からず僕は戦闘不能になる。
そうなる前に、決着をつけるか、逃げ切る必要があった。
奥歯を噛み締める。血の味が口の中に広がる。僕は飛行魔法で彼らから距離をとる。更に残った身体強化の力で跳躍し、更に彼らとの距離を引き離す。
僕の逃走を感じ取った彼らは、武器を手に一直線に向かって来た。それこそが、僕の狙いだ。
障害物の無い林道の一本道、一直線に彼らは僕に向かって襲いかかる。
距離は充分に引き離した。杖を手に詠唱を続け、迫りくる彼らよりも早く魔法陣を展開させる。
いつか使ったような大規模な力はいらない。ただ一直線に、僕は魔術を解き放つ。それだけで、彼ら全員に拘束力のある魔法をぶつけられるのだから。
「広がれ氷よ、かの者たちに氷なる足枷を、『氷点の大地』」
氷結は一直線に地を走り、盗賊たちの足を絡めとる。足の自由を奪われた彼らは、その場で動きを止めてなんとか足を解放しようともがいていた。更に二人の盗賊は炎の魔法で氷を溶かそうとしているが、魔法の氷結は使いなれない魔法程度では溶かしきるには時間がかかりすぎるだろう。
追撃を加えるならこの瞬間しか無かった。だが、詠唱を始めたところで、僕は激しい目まいを覚え、同時に全身に襲いかかる倦怠感と疲労で身を焼かれる。
ついに身体強化が途切れ、『転生者』の魔術を行使し続けたツケが回ってきたのだ。
彼らが自由になるにはまだ少し時間がかかる。だが彼ら全員を行動不能にできるだけの余力が僕には残っていない。もう、逃げるしかないのだ。
僕は身体強化すら使うことも出来ず、林の中を走り始める。少しでも彼らと距離をとる為に、少しでも見つからない場所に身を隠すために……。
………………。
どれくらいの時間、僕は逃げ続けることができたのだろう。時間にして数十分かもしれないし、数時間かもしれない。とっくに時間の感覚は無くなっている。
走り続けた僕は岩陰に身を隠し、薄れゆく意識を、なんとか保とうとしていた。
僕は失敗したのだろうか。
たった一人での戦いを決意したのは僕で、いつか来る日の為に覚えていた魔術を行使し続けた。だが、たった六人に囲まれただけでコレだ。情けなくて笑えてくる。
遠からず僕は見つかるだろう。そして、彼らにいいように嬲られるのが見えている。けれど、なんとかリズ達だけでも助けたい。そう思って、僕は大切にポーチにしまっていたいくつかの箱を取り出した。
このまま、この圧縮魔法だけでも遠くに解き放つことができれば、リズたちは無事にこの場所を離れることができるだろう。何なら、『アイシクルスピア』や『神殿の石柱』を遠くに放つイメージで、箱ごと遠くに飛ばせばいい。
運が良ければ、箱は壊れてその場で彼らは圧縮から解放されるし、盗賊たちに襲われること無く、この窮地を脱出できるだろう。リズが心配だけれど、ベルベックに戻ればマイトはいるし、サイトやミアが彼女をむげに扱ったりはしないだろう。
そして、エレクやフリーダも彼女と一緒に過ごすようになって――、ただ、僕だけがその場にいない。
その考えに至って、僕はようやく頬を流れる涙に気がついた。
こんなにも僕は、サイトたちと過ごす未来を失うことを恐れている。そして、『彼女』にもう会えないことを恐れている。
(私たちは一心同体だ。だから、もっと頼れ)
どこからかミアの声が聞こえた様な気がした。
(トリア君が一人で進んでいくのが嫌なの。もっと頼ってよね)
エレクに軽く叩かれた胸が、少し熱くなったように感じた。
(あなたが抱えた痛みは、その対価なんですよ)
フリーダに支えられた背中にぬくもりを思い出した。そして――、
「お前はいつまで一人で進むつもりなんだ?」
いつものように呆れた様な顔で僕に悪戯っぽい笑みを浮かべる、サイトの顔を思い出した。
この道は間違っているのかもしれない。
更に状況は悪くなるのかもしれない。
もしかしたら、彼女たちに消えない傷を残してしまうのかもしれない。
でも、僕には他に方法は無い。一度は失敗してしまった選択かもしれない。だとしても取り返せないなんてことは無い。
僕は箱を放り投げると、三つの箱の圧縮を解除する。
その場に現れたのは、状況が分からずに周囲を見る『青い斬撃』のハンター二人と、驚きで目を丸くしているリズリットだった。
状況を瞬時に理解したのはリズリットだ。以前に圧縮で匿った時のことを思い出し、満身創痍の僕を見て、真っ青な顔で僕の肩を掴んでいた。
「トリア君、何があったの? どうして私たちを圧縮したの!?」
僕は彼女の問いに何かを答えることができない。かわりに、言うべき言葉だけをただ口にした。
「力を貸してほしいんだ」
その言葉に、リズは怒ったような、呆れた様な表情で返す。
「何馬鹿なこと言ってんの、当たり前でしょ!」
そんな彼女の様子を見て、僕は、ようやくミアやエレクや、フリーダ達が伝え続けてくれた言葉の意味を理解した気がした。




