リローネの村への道2
「トリアく――ちゃん、今日はこのあたりでテントはろうか?」
「わざわざ言いなおさなくてもいいんじゃないかな!」
ベルベックを離れて半日、夕日が赤く平原を染め上げる頃、僕たちは街道沿いの森、小川の近くまでやって来ていた。数日前に僕とマイトがテントを張った場所の近くで、行く先にエステルたちと一悶着あった森が遠くに見えた。
リズとの旅程は驚くほどに順調だった。
もともとDランクとして依頼を受注していた経験があり、旅慣れもしているようで、リローネへの道のりをマイトと二人の時と変わらないような早さで進むことができたのだ。
更に助かったのは、彼女の弓の腕前だ。
「じゃ、ここは任せてよ」
なんて軽いノリで離れたと思ったら、小一時間もすれば、鳥やホーンラビットなどの獲物を仕留め、木の実や薬草も採取して帰って来る。
道中でも飛んでいた鳥をあっさりと射抜き、昼食で振舞ってくれていた。
リズのそんな特技のおかげで、僕たちの食生活はマイトと二人っきりの時(干し肉のみ)よりも随分とマシになっていた。
「久々にまともな食事だよ」
と木の実のスープを飲む。これだって固形スープのものを使った簡単なものなのだが、マイトと僕では用意しようとも思わない。
そういう意味で、リズの作ってくれる料理は、僕にとっては貴重なものだった。
「これでまともって、普段はどうしてたの?」
「うーん……。旅用の保存食がほとんどかな。圧縮して持ってくることもあるけど、今回は食料を調達せずに出発したからね。正直、ストックが心もとなかったから助かった」
「圧縮魔法か、アレも凄いよね」
リズが目を輝かせる。先程、旅用に持ったポーチの中から圧縮した鍋やテントを取り出して見せた時には目をまん丸にして驚いていた。
「トリアちゃん、女の子としては料理くらいは出来た方がいいよ?」
「僕は男だよ」
「えへへ、知ってる。でも、ハンターなら旅することも多いし、できた方がいいのは本当でしょ?」
「全くできないよりはね。でも僕たちだってエレクやフリーダがいればまた別なんだよ」
「エレク? フリーダ?」
誰それ? なんて感じのリズの反応を見て思い出す。そう言えば、メンバーについての紹介や、今の僕たちの活動について、一切説明していなかった。
「とりあえず、リーダーのサイトから説明すると――」
そう切り出しながら、僕たちの話を始める。夜更けまで話は続いたけれど、リズは興味深そうに聞いてくれる、いい聞き手になってくれていた。
………………。
そして翌日、僕たちは街道沿いに進み、リローネの町まであと少しというところまでやって来ていた。
問題を見つけたのは、まさに町まであと少しという領境でのことだ。
「あれはどう見ても検問だよね」
「だね」
街道沿いに進み、行く手の先には大小いくつかのテントがならび、武装した兵士たちが駐留する検問が敷かれていた。
兵士たちも僕たちには気がついているようで、こうなると検問を前に引き返すような不審な行動もとれない。おとなしく僕たちは検閲を受けることになる。しかし――。
「通っていいぞ」
荷物の確認もそこそこに、リズはおろか、僕まで早々に検問を通される。
「これ、何の検問なんですか?」
リズが荷物を改めている兵士に訊ねる。すると彼はつまらないことのように簡単に教えてくれた。
「数日前、伯爵家・ラインリッヒの私設兵隊にハンターが危害を加えたそうだ。一人は大柄の剣士で大剣を持ち、もう一人は小柄な少年魔術師らしい。ラインリッヒ兵たちは南に飛んだという不吉の兆しを追ってこの地を離れたが、私たちはそのハンター達を捕縛するために協力することになったんだ」
「「へ、へぇ~……」」
僕とリズは二人して顔をひきつらせるが、兵士は「不吉の兆し」やハンターたちを怖がっていると解釈してくれたようで――
「大丈夫、そいつらはとっくにこのあたりを離れたさ。例えいたとしても、お嬢さんたちは私たちが守りますので、ご安心ください」
なんてことを、僕に向かって言ってくれていた。
「いっさい、女の子だって疑われなかったね」
「そだねー」
リズが苦笑を浮かべながら僕を見る。僕はと言えば正体がばれなかったことに安心を感じながらも、少しは傷つき、遠い目をしていた。
リズはと言えば、いつの間にか髪も下ろしていて、年相応の女性剣士のような格好に戻っている。自分は探されていない、と判断してからの立ち回りは早かった。
「とりあえず、なんか色々あったみたいだからさ、聞き込みくらいはしていこうか?」
そんなリズの提案で、僕たちと同じように検問で足止めをくっていた商人やハンターの人々に聞き込みをする。そうして分かったのだが、僕たちの使った移動魔法が、かなりの人々に見られていたらしい。
曰く、夜空を横切った青白い光は『不吉の兆し』と呼ばれていて、魔人が復活したとか、英雄が死んで故郷に魂が帰ったとか、これから起こる災厄の兆しだとか、様々な憶測が飛び交っているようだ。
「実際、エステルたちはトリア君のことに気づいてるんだよね?」
「たぶんね。でないと彼女たちが追い掛けて行った理由が無くなるし。でも、行先までは把握していないんじゃないかな? 追い付けるような速度じゃない。ベルベックは確かに南にあるから、彼女たちが訪れる可能性はゼロじゃないけれど、他にも大きな街はいくらでもあるからね」
幸いにも、僕は彼女に対して名乗ってもいないし、『救いの手』の名前も出していない。聞き込みだってしているだろうが、特徴や人相だけではどうしたって限界がある。ほとぼりが冷めるまで大人しくしていれば、まあ大丈夫だろう。
「まぁ、やっぱりマイトは留守番で正解だったな」
と検問を見て呟く。大剣をもった大男なんて、わかりやすすぎる。マイトが一緒にいればこんなにすんなりと通してもらえるなんてことは無かっただろう。そう言う意味でも、今回はルーシーに感謝するべきだった。
「それじゃあ、さっさとリローネに向かって納品を終わらせてようか?」
リズに促され、僕たちは目的地に向かおうとする。そこに――、
「あの……、リローネに向かわれるんですか?」
不意に声を掛けられる。見れば、そこには温和そうな男性が立っていた。
………………。
僕たちに声を掛けてきたのは、リローネを目指してやって来た商人のうちの一人だった。
「お願いです。ここからリローネまでで結構ですので、護衛をしてはいただけないでしょうか?」
聞けば、彼はここまでは地元のハンターに護衛を依頼してたらしい。それなのに、そのハンターメンバーのうちの二人が、事情聴取と言う名目で拘束されてしまい、この検問で足止めをくらったそうだ。
「つかぬことを聞きますけど、その二人ってもしかして……」
「はい。大剣を使う剣士と、パーティの魔術師の青年です」
「やっぱり」
リズと僕は顔を見合わせる。
「もちろん、その二人は噂になっているような貴族に対しての蛮行など行ってはいません。ここに訪れたのも昨日のことですし、それまではずっと私どもの護衛をしてくれていたのです」
それが、特徴が似ているという理由だけで拘束されているらしい。パーティメンバーを置いて、他のメンバーが進むことはできないし、そうなれば護衛を依頼した商人も進むことはできない。何より、このあたりでは最近、盗賊が出没すると噂になっているのだ。
「あなた方もハンターだとお見受けします。目的地も一緒だというのなら、どうか私どもの護衛依頼を受けてはいただけないでしょうか? 何としても、納期までには荷物を運ばなければならないのです」
「事情はわかったんですけど……。どうしよう、トリアちゃん」
リズが困ったように僕を見る。
僕たちとしては、できれば一刻も早く納品依頼を終わらせたい。だが、目の前のこの人が困っているのは、僕やマイト、リズに責任の一端がある。そう考えると、ここで彼の依頼を断ることは憚られる。
何より、困っている人が目の前にいて、力になれるのにならないのは『救いの手』の流儀では無かった。たぶん、ミアなら「かまわないぞ」と快諾していただろう。
「僕たちでよければ、リローネまでの護衛、承ります」
「ありがとうございます」
男の人が深々と頭を下げる。そんな僕の様子を見て、リズも「仕方ないね」と微笑んでいた。




