弓矢のように4
しばらくペンを置いていましたが、投稿を再開します。
待たせてしまった方、申し訳ありませんでした。
応援を続けてくださっていた方、ありがとうございます。
投稿は不定期になりそうですが、よかったらまたご一読ください。
圧縮空間の中では時間も止まってしまっている為、リズリットは僕たちに何があったのか全く知らない。
だから僕が彼女を圧縮空間に匿った後に起こったことを説明すると、彼女は額に手をあてて「たはぁ~~~」なんて言ってよろめいていた。
「それで確認なんだけど、リズはラインリッヒ家の人で間違いないんだよね?」
僕の質問に彼女は苦い顔をするが、誤魔化しきれないと観念したのだろう。やがて小さく頷いた。
「でも、私はラインリッヒを名乗ることは許されてないんだ。だから普段はお母さんの名前でリズリット=ノエルで通しているの」
「なんか訳ありみたいだね。あの人はリズに良く似ていたけどお姉さんとか?」
「そう。私の腹違いの姉さんだよ」
彼女の言葉に「そう言えば似てたなぁ」なんて言っているマイトは、やっぱり気づいていなかったのだろう。それより僕は、なんとなく彼女の家庭事情を察し始めていた。
「あの人は……、エステルはお父さんの正妻の娘で、騎士隊の部隊長を任されるくらいの秀才なの。で、私はただの妾の子で、家からはラインリッヒを名乗ることも許されてない落ちこぼれ。普段はラインリッヒ領の近くの街でハンターとして働いているんだけど、人手不足とかで商隊の護衛に無理やり連れて行かれたの」
「リズリットはハンターなの?」
「うん。貴族の次男や三男がハンターやってるなんて、そう珍しい話でもないでしょう」
「そう言われると……」
言われて、僕はカイゼルの事を思い出す。そう言えば彼も貴族の出身だった。
「ランクは?」
「私はDランク。配達依頼とか採取依頼がほとんどだけど、少しは腕がいいんだよ」
言いながら彼女は弓を打つ動作をしてみせる。無理やり浮かべた笑顔が何だか痛々しかった。
「とりあえず、お前の事はわかったよ。けどよ、だったらどうしてあいつら、あんなに物騒な得物を持って、お前を追っかけまわしてるんだ? 妾の子って言っても、仮にも貴族の娘だろ? 自分の主人の娘に刃物を向けるなんて、ろくなもんじゃないだろ」
「あぁ、それはね、たぶん私の弓を追ってるんだと思う」
言いながら、彼女は背負っていた弓を見せる。それほど派手ではない、けれどよく手入れのされていた彼女の弓は銀色に輝いている。随分と年代物のようなのに、不思議な魔力を帯びた弓だった。
「これね、私のお父さんがくれたんだ。私がDランクハンターになった時なんだけどね。ちゃんとした弓は必要だろう、って」
「これって高価なものだよね? どう見てもその辺りの武器屋では買えないような力を持ってそうだし」
「うん。ラインリッヒ家の中でも数少ない、ドワーフのつくった武器の一つらしいの」
見れば、確かに弓にはドワーフの言葉で刻印が刻まれている。何と書かれているかは読めないけれど、正真正銘、ドワーフ作の一級品のようだ。
「しかし、そんな弓をどうしてお前が貰うんだ?」
マイトの疑問はもっともだ。ドワーフのつくる宝具級の武具など、正当な後継者が本来なら引き継ぐものだからだ。
「そんなの私だってわからないよ。でも、確かにお父さんは私にくれたんだ。それなのに、あいつらは妾の子には分不相応だからって、この弓を取り上げようとしてくる」
リズはその手で僕の手を握り、涙を貯めて僕に告げる。
「お願い、助けてなんて言わない。見逃してくれるだけでもいい。あいつらにだけは引き渡さないで。でないと、お父さんの弓を守れない」
彼女の訴えに、僕はマイトの顔を見る。僕としてはリズの力になることに断る理由はない。リズが嘘をついている可能性もゼロではない。それでも、父親のくれた弓を守りたいという彼女の言葉を、信じたかったのだ。
「お前の言いたいことはわかったよ。でもな、あいつらから逃げてどうするつもりだ? ここで逃げたところで、ラインリッヒ家に戻れば、いつかは捕まって弓は奪われる。弓を守るってことは、今までの生活の全てを捨てるってことなんだぞ」
「覚悟はできてる。私はもう家には戻らない。どのみち、このままあいつらのところにいたら、誰かもわからないような男のところに愛人としてあてがわれるか、よくても家の召し使いだよ。それならいっそ、ハンターとしてでも自由に生きたい」
「Dランクハンターが一人で生きていけるほど甘くはないぞ」
「かまわない。泥水啜ってでも生きてやる。弓まで奪われたら、私は死んだも同然だよ」
「そうか……」
マイトは短く応えると、ニカッと笑みを浮かべる。
「だったら、俺たちと来いよ」
「ちょっ……、マイト!」
僕はマイトが何を言おうとしているのかを察して、慌てて制止の声をあげる。けれどマイトはかまわず言葉を続けた。
「俺たちのパーティー、『救いの手』に入らないか? 俺がリーダーに紹介してやる」
「いいの?」
「俺はかまわねぇよ。トリアだってそうだろ?」
「サイトが許可すれば、何も問題は無いけど」
そう、断る理由は無い。だとしても、それにはいくつかの問題があるのだ。
「マイト、わかってると思うけど、リズのお姉さん――、エステルがあの程度で引きさがると思う?」
「何言ってんだ。引きさがるも何も、さっき帰っていったじゃないか」
「やっぱりわかって無かったんだね」
僕はやれやれと肩を竦めてみせる。
「まず、あの人たちは今は引き下がっただけで、このまま僕たちを放置する訳が無いよ。今晩のうちにリズが見つからなければ、確実に明日また僕たちに接触してくるはずだよ。悪くすれば、何かしら理由をつけて僕たちを拘束・捕縛くらいはするかもしれない」
「まじか」
マイトがリズに訊ねる。
「それくらいはやりかねないかも」なんてリズも苦々しげに口にしていた。
「それはまずいな。どうすりゃいい?」
「丸投げか!」
フリーダあたりがいれば「脳筋」なんて言っていただろう。リズは堪え切れなかったようで、エヘヘと笑っていた。僕はそんな二人を見ながら、手持ちのカードを並べるように解決の方法を考える。
「とりあえず、一番手っ取り早いのは、今この瞬間に姿をくらますことかな」
「今すぐか?」
「うん」
エステルたちが引きさがったのは、増援などの僕たちに対する準備を進める為だろう。
今この瞬間にもう一度リズを圧縮して隠したとしても、僕たち自身が抑えられてしまえば、リズを解放できるのがいつになるかもわからない。
だから、僕たちにできるのは夜が明ける前よりも早く、この場を一気に離脱することだろう。
「もっとも、言うほど簡単じゃないよ。たぶん近くにエステルの部下の人たちはいるだろうし、僕たちの様子を伺っているかもしれない。大きく動けば、すぐにでも捕縛に動くかもしれないしね」
僕の言葉にマイトとリズがそれぞれ頷く。
「暗闇にまぎれて森を突っ切るのがいいかな?」
「相手も夜目が効く人をつけてると思うよ。それに、三人が一緒になって逃げれば、森の中でも撒くのは難しいんじゃないかな」
「その見張りとか、相手をぶっとばしていくのはどうだ?」
「こっちから捕縛される理由つくってどうするのさ」
考えれば考える程、この状態から離脱するのは難しい。そう<常識的な方法なら>の場合だ。
「ここはサイトに倣うのがいいんじゃないかな」
僕はそう言うと、悪戯っぽく笑って見せた。
………………。
エステルはトリアの想像通り、街道の近くで増援の手配を行い、今は手勢が揃うのを待っていた。
油断していた為だとは思うが、自分の手勢がたった二人に倒されたのは事実だ。こちらも相応の人数や準備を進めなければ、あの二人を抑えることはできないだろう。
捕縛理由などいくらでも考えられる。なんなら、昨日倒された三人の兵士に、二人を見せればいい。あの二人が犯人だと断言させれば、捕縛の理由には充分だし、あの二人がリズを匿っているのなら、そのまま引き渡しまで交渉するだけの自信が彼女にはあったのだ。
しばらくして、近くの街に駐留していた中隊が彼女の元に合流する。日の出までの時間を待機で過ごし、闇夜にまぎれる事も出来ない状況下で、彼らを捕縛する算段をつけていた。
しかし――。
「エステル様、見張りより伝令。彼らが動きを始めたようです」
「へぇ、こっちの動きを推測したのかしら」
エステルは自分と舌戦をかわした魔術師の少年を思い出す。こちらの思惑も、今の状況も、しっかりと理解しているらしい。
「いいわ。彼らを包囲する形で進軍。発見次第、取り押さえて」
エステルの指示に周囲の兵士が武器を手に歩みを進める。
その時だった。彼らの遙か頭上を、青白い光の矢が飛んでいく。
「え……」
エステルは驚愕で目を見開く。見間違えでなければ、その矢は少年と大剣を持った剣士、そして彼女が探していたリズリットが、それぞれ少年に掴まっていたのだ。
………………。
矢のような、速さでトリアは空を飛んでいく。右肩にマイト、左肩にリズがそれぞれ掴まってはいるが、魔力による浮遊力によって、肉体的な疲れは無い。このまま飛んでいれば、あっという間にベルベックの街に到着する予定だった。
トリアが使ったのは移動の為の魔術だ。サイトが言うには、行ったことのある街なら、一瞬で飛んでいけるような魔術がサイトの世界にはあったらしい。それを、トリアなりに解析して使えるようにしていたのだが、こんなところで役に立つとは思っていなかった。
さすがのマイトも空を飛んでいくとは思っていなかったようで、顔がかなりひきつっている。しかし、反対をみれば、リズリットがキラキラとした瞳で、目の前に広がる空を見ている。
「トリア君、私……、あなたの仲間になりたい! こんな風に、自由に世界を飛んでみたい!」
そして、空を飛ぶトリアに、彼女は満面の笑みで告げるのだった。




