弓矢のように1
日が空きました。
季節の変わり目で体調不良連続。
ゆっくり書いて行きたいと思います。
サイトたちがティルメシアを訪ね、ベルベックの街を離れた翌日のこと。
僕は日課になっている魔術の訓練の為、ギルドの演習場にやって来ていた。
けれど、訓練も今一つ身が入らない。いつもは一緒にいるのが当たり前だった彼女がいない。それだけで、こんなにも集中力が違うなんて、思ってもみなかった。
「帰ろうか……」
最低限の日課だけ終えて、早々に演習場を後にする。つい習慣で、ギルドのいつものテーブルに戻るのだけれど、やっぱり誰もいなかった。
「今日はトリア君一人ですかぁ?」
間延びした声に振り返ると、荷物を抱えたルーシーが珍しそうに僕をみていた。普段は受付にいる彼女だが、今日は何だか忙しそうだ。
「皆はティルメシアさんっていう人を訪ねに行ってて――」
「あぁ、魔術書の」
くい気味に納得とばかりに彼女が頷く。と同時に、彼女は少し困ったような顔もしていた。
「もしかしてサイトに何か依頼ですか?」
「うーん……、実はね、北街道沿いのリローネ村に、荷物の配達をお願いしたかったの」
「サイトに配達をって……。もしかして、とんでもない量とか?」
「さすがトリア君、話が早いね~」
「たまにサイトが行ってるの、見てましたから。何か訳ありなのかなって思って」
「そうなの~。実はね、北のカートリアで防寒具が大量に必要になりそうとかで、リローネにブルルの毛皮の防寒具を大量に発注したんだって。それでベルベックにあったブルルの皮をリローネに運びたいんだけど、どの商店も請け負ってくれなくて」
「商店が請け負わないって……。もしかして、出るんですか?」
「ほんと、話が早くて助かるわ~」
ルーシーはのほほんと微笑む。その顔が暗に肯定を示していた。
「リローネとベルベックを結ぶ街道沿いで、小規模だけど盗賊が出るそうなの。護衛のハンターがいれば、襲われることもないと思うんだけど、ただの配達で護衛を雇えば利益が少なくなるし、かといって雇わなければ危ないしで……」
「結果、誰も請け負ってくれない」
僕の言葉に沈痛な面持ちでルーシーが頷く。
「ねぇ、トリア君。なんとかサイト君に連絡とれないかなぁ?」
「帰ってくるまでは無理です。いつ帰るとも言ってなくて……」
力になりたいのは山々だが、サイトへの連絡手段はない。
ルーシーは肩を落とし、見るからに落胆している様子だった。
「何だ? それなら、俺たちが運べばいいんじゃないか?」
その声に振り返れば、そこにはいつものように大剣を肩に担いだマイトが僕たちにニカッと笑みを向けていた。
「マイト、いつからそこに?」
「今来たとこだよ。何かわからんが、荷物を運べばいいんだろ?
それくらいなら、俺たちが運んでやるよ」
「ちょっと、マイト!」
彼の物言いに慌てたのは僕だ。
「僕は謹慎中なんだよ!?」
「あぁ、そう言えばそうだったな。だけど問題無いだろ」
「何で?」
「禁止されたのは、パーティーとしての活動で、別にハンターとしての活動を制限された訳じゃない」
「それは……、確かにそうだけど」
マイトの言うことに間違いはない。ただどこか屁理屈と言うか、詭弁のようで、僕は気が進まなかった。
「マイト君、気持ちは嬉しいけど二人だけじゃ無理だと思うよ? 今回の納品はただの毛皮だけど、倉庫いっぱいの量があるもの。馬車で運ぶにしても大変だよ?」
「馬車なんかいらないよ」
「へ?」
「トリアが運ぶなら、圧縮で纏めればいいんだよ。それなら手ぶらでリローネを目指せる。手持ちの無さそうな俺とトリアなら、盗賊の心配も無いだろ」
「圧縮って、『圧縮魔法』のこと? あれってトリア君も使えるの?」
「あぁ、随分前から使ってるけど」
止める間もなく、マイトの口からポロポロと僕たちの使える魔法の話が出て行く。
それを聞いてルーシーは「あらあら~」とニコニコと微笑む。僕はそんな様子を見て、じりじりと後ずさる。が、とっくに退路はルーシーによって塞がれていた。
「ねぇ、トリア君。私、そんな話は聞いてないんだけどなぁ」
「そ、それはですね。ハンターとしての技能とかは、自分たちの生命線でもある訳で、秘密にしている方がいいとか、色々ありまして――」
「うんうん、そういうのはわかるの。誰でも使える魔法じゃないしね。でも、私には教えてくれていてもいいんじゃないかなぁ。ほら、いろいろと便宜もはかってる訳だし?」
ルーシーに距離を詰められ、僕は恨みがましい目でマイトを見る。マイトはそんな僕の様子を見て、キョトンとしていたけれど、何を勘違いしたのかサムズアップまでしてみせ、どっと疲れた様な気がしたのだ。
………………。
その日のうちに、僕とマイトはルーシーに倉庫まで引きずられて行った。
僕の目の前にはうず高く積まれたブルルの毛皮。それらを空間ごと固定すると、ちいさな黒い箱の中に一纏めにしてしまう。そんな様子を見て、ルーシーと倉庫番の男性が感心していた。
「いやはや。まさかサイトさん以外にも『圧縮』出来る方がいるとは思いませんでした」
「えーと……。サイトに教えてもらってるだけで、たしたことでは――」
「ええ。そうでしょうとも」
倉庫番の男に謙遜しながら答えるが、僕も『圧縮』が使えるようになったという話はあっという間に街に広がってしまうだろう。街に帰ってからの事を考えると、僕は憂鬱な気分になっていた。
「何だ? 『圧縮』が使えるのって、周りには秘密だったのか?」
「秘密って訳じゃないんだけど、できれば広めない方がいい話なんだよ」
僕たちの常識では、たくさんの荷物を『圧縮』して運べるなんていうのはサイトだけだった。普通は何台もの馬車で商隊を組むものだ。そして、その商隊の護衛なんかでハンターギルドで稼いでいるハンターもいる。そういう人たちにとっては、僕やサイトの使える『圧縮』は面白くないものだろう。
「僕はサイトから原理を聞いていたし、何度もサイトが纏めているのを見ていたから、たまたま出来るようになっただけなんだ。僕たちのつかう魔術は、周りとの軋轢を生みかねない。だから普通に使っている魔術があったとしても、できるだけハンターとしての能力として秘密にした方がいいんだよ」
「なんだかよくわからんなぁ」
リローネの街を目指しながら、僕は街道でマイトに丁寧に説明する。けれど、やっぱり彼は理解はしていないようで、僕の話を右から左に聞き流しているようだった。
いつものようにミアがいれば「馬鹿だな」なんて言っているだろう。
「とにかく、僕たちの魔術や魔法については口外しないで。でないと、どんな問題が起こるかわかったものじゃないんだ」
「わかった。とりあえず、軽々しく話をしなけりゃいいんだな」
マイトが頷くのを見て、僕は街道を歩く足を速くする。
整備された街道では、時折馬車とすれ違うが、馬車に乗る彼らはハンター装備の僕たちを見ても、特に興味は示さない。大方、討伐依頼か何かの途中だと思われているのだろう。
ベルベック近郊の草原を抜けるとやがて鬱蒼と茂る森に、時折休憩を挟みながら、僕たちは一日かけて進み、リローネまであと半分くらいのところで、キャンプを張って一夜を明かすことにした。
テントを張り、火を囲み、簡単な夕食を終える。マイトは終始無言だったけれど、僕は居心地が悪いと思ったりはしなかった。
「ようやく落ち着いたか?」
ぼんやりと火を見つめていると、不意にマイトが僕を見ていたことに気がついた。
「何の話?」
「最近、ずっと気をはってたからな。気にはしてたんだよ」
ここに至って、ようやく彼が僕を心配していたことに気がついた。
「まあ何だ。俺は難しいことはわかんねぇんだがな」
そう言いながら軽く笑い飛ばすマイト。僕はそんな風に笑える彼が不思議に思えた。
「マイトは……、僕が魔法を使ったことに何も思わなかったの?」
「あぁ、お前が過去の幻影に向かって、大魔術を使ったってことか?」
「うん。僕はあの時、殺すつもりで魔術を使った。捕まえるとか、戦闘不能なんて考えじゃない。本当に、真実、殺すつもりだったんだ」
「だろうな」
「なのにマイトは、今まで通りにしてくれる。それは何で?」
「なんだ。真剣な顔して何話すかと思ったら、そんなことかよ」
そう言って彼はまたニヤッと笑う。
「馬鹿だな」なんて、いつものミア見たいに僕に呟いた。
「お前、難しく考えすぎ。逆に馬鹿だわ」
そして腹を抱えて笑っていた。
「いいか。お前が相手にしたのは、幻影とは言え親父と母親の仇だったんだろ? そりゃ、俺がお前の立場でも、殺すつもりで相手したさ。そんな俺が、お前と同類の俺が、お前が大魔術を使ったからって変わる訳がないだろ」
「同類?」
「あぁ。同類だよ」
マイトはそれからぽつりぽつりと焚火を見ながら語り始めた。
「俺の親父な、お前みたいに殺されたんだよ。って言っても、トリアみたいに盗賊とかに殺された訳じゃない。親父はコロシアムで最強を自称していた拳闘士だったんだよ。それが、俺のがまだガキの頃に、他の拳闘士との試合で死んじまったんだ。
当然、親父を殺した相手を恨んだこともあったし、この手で殺してやりたいと思ったこともあった。でもな、最強にもなれていない俺じゃあ、最強の親父を殺した奴には絶対に敵わない。だからさ、俺もお前みたいに力を求めたんだよ」
憎い仇を殺すために、魔術を覚えた僕。剣術を鍛えたマイト。確かに僕たちは同類だった。
「言っただろ。俺はいずれコロシアムで最強の拳闘士になる。その最強の座には、今は俺の仇が座っている。たぶん俺は、あいつと向かい合った時、親父の仇をとるつもりで……殺すつもりで闘うだろう」
「それがマイトの復讐なの?」
「さあな。そもそも、最強を目指すのは拳闘士の性みたいなものだし、全然関係ないかもだからな」
言いながら豪快に笑うマイト。
そんな彼の話を聞きながら、僕はどこか、自分自身が許されていくような気もちになっていた。
「僕が憎いと思ったことは……、当たり前だったのかな」
「そりゃそうだろ。むしろ、両親殺されて平然としてる奴の方が気持ちわりぃよ」
「そうか。そうだよね」
そう言ってマイト見たいに笑ってみる。そうしたらマイトも、やっぱり、僕を見てニヤッと笑っていた。
「さあ、もう寝ようぜ。明日もあるしさ」
「そうだね」
言いながら、マイトが横になろうとする、その時――
「待って、マイト」
街道沿いの林の向こう。夜の闇の向こうから悲鳴のような声が響いた。
「聞こえた?」
「あぁ。たぶん……、女。魔物でも出たか?」
「可能性はある。どうする?」
「決まってる」
マイトは言いながら、テントの近くに置いていた大剣を担ぎあげる。
「助けを求める者には手を差し伸べる。それが『救いの手』の信条だろ」
「賛成。僕は謹慎中だけどね」
僕も杖を手に取ると、マイトが先頭を、後に走り始める。
僕たちの姿は、深い森の闇の中へと呑みこまれていった。




