『転生者』を育てた者3
「さぁて、サイトは無力化された。『転生者』のいない君たちがどの程度のものか、見させてもらおうか」
挑発するようにティルメシアの言葉に、ミアは唇を噛み締める。
「そんなの、サイトさんを閉じ込めてるモノを壊せば――」
エレクの言葉をきっかけに、カムイが駆ける。次々に洞窟内で魔法陣が広がり、石の槍が隆起する。
精霊獣特有の無詠唱魔術の連続使用。だが、どの石の槍も、サイトを閉じ込める球体を前に砕け散っていく。更に、その間にティルメシアはエレクへと歩みを進めていた。
「させない!」
ミアは跳躍すると双剣を振るう。だが届かない。双剣の刃がティルメシアを捕える直前に、彼女の姿は搔き消えた。
「どこに!」
ミアが捕えられない速度、当然カイゼルやフリーダも見失っている。
「速度は平凡。動きも普通。舐められたものだな」
耳元で声がした瞬間には、ミアは弾き飛ばされていた。
サイトを一撃で仕留めたティルメシアに完全な隙を突かれての一撃。ミアは正直、自分の戦闘不能も覚悟する。しかし、大したダメージは受けておらず、単純にエレクの近くから弾き飛ばされただけのようだった。
「………………」
双剣を手に、もう一度走り出す。だが、そんな彼女の姿をあざ笑うかのように、ティルメシアはエレクトラとカムイを相手に蹂躙を始めていた。
「『転生者』の次は、パーティを支える治癒術者だ。君を抑えれば、パーティは誰も回復できない」
「カムイ!」
エレクトラの声に応えるかのように、カムイがティルメシアの喉笛を狙うかのように跳びかかる。けれど次の瞬間には彼女の姿は搔き消えていて、数瞬遅れて、カムイの真下から掌底で巨体を打ち上げていた。
ティルメシアは一瞬のうちにカムイを弾き飛ばすと、エレクの額に指先を突ける。それだけで、エレクの瞳からは光が消え、彼女はその場に人形のようにへたり込んでしまった。
「これで彼女は戦闘不能だ。次は誰かな?」
『マスターに何をした!』
カムイが吠える。音の波が洞窟内を支配する。
だが平然とティルメシアは音波をやり過ごすと、その掌をカムイに向けて握りしめる。カムイの周囲の空間が固まり、一気に『圧縮』される。後に残ったのは、十字架の形をした置きものだった。
サイトを仕留めるだけの空間・時間魔法。精霊獣と渡り合うだけの体術。そして『転生者』固有とも思われていた魔法の使用。次々と戦闘不能になる仲間を見て、しかしカイゼルは焦ってはいなかった。
「ならば、一撃のもとで沈めればいい」
半身を前に、切っ先をティルメシアに向ける。
『剛閃――』
次の瞬間には、今まさに技を放とうとしていたカイゼルの石像が、ティルメシアの眼前に佇んでいた。
「石化魔法……」
顔面を蒼白に変えて、カイゼルの傍にいたフリーダがへたり込む。そして、ティルメシアは憐憫とも思えるような表情を彼女に向けて――。
「やめろぉぉおお!」
ミアの声は届かない。
フリーダの石像が、ティルメシアによってつくられていた。
「必殺の一撃も出がかりを潰されれば何にもならない。やっかいなスキルも身動き一つとれなければ意味をなさない。ついに、君一人になったな。サイトの妹君」
状況は最悪だった。
フリーダとカイゼルは石になり、サイトは時間ごと停められている。エレクの頼みの綱の精霊獣・カムイは十字架のような置物に封印され、エレク自身もまるで人形のように無反応にさせられていた。
「ふむ……。この程度か、たいしたことは無いな」
「どうしてだ。なんで……こんなことを」
「言っただろう、試してやると。それで君はどうやって私に抗うのかな?」
ティルメシアの言葉にミアは双剣を手に走り出す。
魔術の使えないミアには、純粋な体術での立ち回りしかできない。速度をあげた双剣の連撃によって、ティルメシアに迫ることしかできないのだ。
「それが、君の全力なのかな」
双剣の切っ先はティルメシアの身体を捉えることはできない。どころか、またもミアはティルメシアの姿を見失い、再び洞窟の中を弾き飛ばされていた。
「だとしたら、戦いはここまでだよ。降参したまえ。君たちの負けだ」
余裕を持ってミアを見るティルメシア。
確かに、自分以外の全員が戦闘不能になっているのだ。ここからはどうやっても、挽回などできそうにない。敗北を認めれば、サイトを始め、全員を彼女は解放してくれるだろう。
だが、おかしい。
「………………」
弾き飛ばされたミアはもう一度自分の身体を確かめる。
カムイの巨体を打ち上げるだけの体術を持ったティルメシア。
その一撃を受けたはずなのに、まだミアは普通に動けそうなのだ。痛みは感じるものの、動けないほどではない。双剣を握り、三度走ることも可能だろう。
「どうした? 意志は決まったのかな?」
薄く笑うティルメシア。ミアは答えられない。
「こんな時、トリアならどすうるかな……」
不意に呟いた言葉は、この場にいない少年を思っての言葉だった。
トリアがいれば状況は違っただろうか? いや、たいして違いは無いだろう。サイトやカイゼルも太刀打ちできないような魔術師が相手では、トリアだって敵わない。けれど、彼がいれば、今ミアの感じている違和感についても何かしらの答えを導き出してくれていたかもしれないのだ。
無い物ねだりをしても仕方がない。ミアは、今は自分だけで考えるしかない。
腰に下げていた双剣を鞘にしまう。ナイフを用意すると、距離をとって投擲する。
「無駄だよ。この程度が効かないのは、わかっているだろう?」
ナイフはティルメシアの使った『バリア』魔法によって防がれる。遠隔魔法も使えない今は、ミアの攻撃はただの投擲にすぎない。
だが、ミアはナイフを投げ続け、いつしかティルメシアの周りには防がれたナイフがいくつも地面に突き刺さっていた。
「ナイフはこれで終わりかな?」
ミアは最後のナイフを投げ終わると、双剣を再び手に持つ。だが、今度は不用意に跳びかからない。距離をとり、ティルメシアがその場から動きだすのを待つ。
「なるほどな……。最後は君の持つ、罠と言う訳だ」
「……!」
だが、とっくに彼女は看破していたのだ。ティルメシアが自分の目の前の空間に向かって炎を使う。その場には、目に見えない細さの糸がいくつも張り巡らされていた。ミアに向かって彼女が動けば、身体を拘束できたであろう糸は、完全に燃やしつくされていたのだった。
「なかなかの手際だったよ。一見、無意味な行動をとっているように見せかけ。その実、私をからめ捕る為の罠を張り巡らせる。だが、看破されてしまえば、もう後があるまい。降参したまえ」
体術ではかなわない。魔法だって使えない。奥の手だって看破された。
だけどミアはまだ、双剣を手放す訳にはいかなかった。再び構えをとり、眼差しはまっすぐにティルメシアに向ける。その姿を見て、ティルメシアは初めて表情を曇らせた。
「どうしてまだ戦おうとする?」
「わからない」
ミアは双剣を手に走る。体力的にも辛くなって、最初ほどの早さは無い。ティルメシアが超人的な速さを見せるまでも無く、ミアの剣戟を避けることができる。
「くっ……」
表情を歪めながら、ティルメシアはミアを再び弾き飛ばす。なのにミアは無表情に立ち上がると、再び剣を持って向かってくる。そんなことが何回も、何回も、繰り返し続いて行く。
「いい加減にしないか」
ついにティルメシアはミアの剣を持つ腕を掴みあげる。
「もうとっくに体力の限界だろう。策も無く、活路も無く、仲間もいない。もう負けを認めるんだ」
「私は――、諦めないぞ」
腕を掴まれながら、ボロボロにされながら、それでもまだミアの目は死んでいなかった。
「私は馬鹿なんだ。トリアやフリーダみたいに頭はよく無い」
掴まれた反対の腕でティルメシアに斬りかかり振りほどく。
「兄貴のように強く無い。カイゼルみたいに技も無いし、マイトみたいに力任せに戦えない」
「何を言っている」
「それに……、エレクちゃんのように可愛くも無い」
自分は苦しんでいるトリアの力になりたかった。けれど失敗をして、今、自分はトリアの傍にいられるだけの力すらないことも思い知らされた。だからって、自分自身の思いまでも、彼女は諦められない。
「私はな、誰よりも諦めが悪いんだ」
言いながらミアは悪戯っぽく笑う。いつか似合わないと彼に言われた表情だ。
「ここで引き下がったら、私はもう二度とトリアと並び立てないから、だから諦めない」
「どうかしているな」
「自覚はしてる」
ミアは言いながらはにかむと、次の瞬間には強い眼差しでティルメシアを見据えていた。
「だけどな、諦めなかったから頭の悪い私でも気がついたぞ。どういう理由があるかわからないけど、お前、私を戦闘不能にしたり、無力化したりできないだろ」
何回も跳ね飛ばされながら、それでも対してダメージを受けていなかったミア。最初はただの違和感でしかなかったが、回数を重ねたが為に、いつしかその違和感は確信に変わっていた。
「兄貴を閉じ込めたり、カイゼルを石にしたりできるのに、私には何もしない。それは何でだろうな」
ミアはもう一度剣を振るう。ティルメシアにはもちろん当たらない。最初から当てようとも思っていない。ただ、こうしていた方が頭が働くような気がしたからだ。
「ただの偶然だ。私は君をすぐにでも無力化できる」
「ならばすればいい。されたところで、私は諦めないがな」
淡々と答えるミアに、しかしティルメシアは何もできない。彼女を説得しようにも、繰り返される攻撃を無視する訳にもいかない。
再び弾き飛ばすのが精一杯。それだって十数秒もたてば、ミアは懲りずに向かってくるのだから性質が悪い。
圧倒的な強さを見せていたティルメシアが、今はミアに追いつめられていた。
そして、ミアはついに気がついた。
「そうか、これは全部、夢みたいなものなんだな」
何回も弾き飛ばされては立ち上がり、どれくらいの時間が経っているのだろう。数時間とも、十数時間とも感じられる戦いの中で、いつまでたっても終わりは見えない。
そう、洞窟の中だから外の様子もわからず、時間の経過もわからない。だが、ずっと戦っているにしては、変化が無さ過ぎた。何よりも――、
「たかが時間と空間を固定されただけで、こんなに長い間、兄貴が何もできない訳がない」
目の前で妹が戦っているのだ。いつものサイトなら、とっくに球体を抜けだして、そして馬鹿みたいな力を使っているはずだった。
「ここがどんな場所かわからないけど、これは全部まやかしだ」
断言するミア。ティルメシアは表情一つ変えないけれど、それだってそう見せているだけだ。
「何を根拠にそう思ったのかな」
「……勘だ」
何一つ説明だってつかない。どういう理屈なのかもわからない。だけどミアにはそれが真実だとわかったのだ。そして、そんな彼女の物言いにティルメシアはついに我慢が出来なくなって破顔した。
「ククッ……。アハハハ――」
こらえきれずに笑ってしまう。
「どうした?」
「いや、失敬。今までもこの戦い方で何人もの勘違いどもに現実を突きつけてきたんだがな。まさか、魔法も使えない君が看破するとは……。だからこの世界は面白い」
ティルメシアはそう言うと杖を振るう。その瞬間、ミアから見える視界にはヒビが入り、数瞬あとには、まるでガラスが粉々に砕けるように空間自体が消え去っていった。
「ご明答だ。全ては私の幻想魔法だったのだが。サイト、なかなか面白い妹がいるじゃないか」
ミアが周囲を見渡せば、炎の精霊となったサイト、膝を突き剣で身体を支えるカイゼルなど、ミア以外の全員が無事で、あさっての方向を向いてそれぞれへたり込みそうになっていた。
「ミア=レオンハートだったな。なかなか可愛い奴じゃないか」
そう言って悪戯っぽくニヤリと笑うティルメシアは、やっぱりサイトの師匠だけはある人だった。




