過去との邂逅4
エレクトラがトリアの部屋を訪れた時、部屋の扉の前には少し疲れた表情をしたサイトが立っていた。
「サイトさん、どうしたの?」
「エレクか……。いや何、少し考え事をしていてな。お前はトリアに用か?」
「うん。倒れたって聞いたから、治癒術で力になれないかなって思って……」
「そうか。だが、心配はいらない。今回は俺が眠らせただけだ。数時間も眠れば目が覚める」
「眠らせた?」
首を傾げるエレクにサイトが事の顛末を説明する。過去の投影術、トリアの暴走。
「そんなことがあったの。ミアちゃんたちは大丈夫?」
「あいつなら心配はいらない。少し『氷点の世界』の影響で凍傷はあったが、俺が治癒しておいた。一人になりたいらしくてな、演習場で身体を動かしてくるって言っていた」
「うん、なんとなくわかるよ。私だって戸惑うもん。カイゼルさんの言った通りになったし」
「取り乱す可能性くらいは考えていたがな。備えもしていたんだが、考えが甘かったよ。両親の死はトリアにとっては最大のトラウマだからな」
「そうだね。でも、さすがサイトさんだよね。トリア君の一番の魔法を無効化だなんて」
「そうでもないさ。俺は間違っていたんだからな」
「サイトさん?」
「トリアに見せる必要は無かったんだよ。どんなに便利な魔法が使えたとしてもさ」
そう言うとサイトは自嘲気味に笑う。一番の魔法を無効化できたとしても、サイトにだってできないことはある。それをわかっているから、彼はトリアの部屋に入ることができずにいたのだ。
目の前の少女を見る。あどけさなの残る表情で自分に対して信頼を寄せてくれる彼女。再び少年の支えになることをサイトはどこかで願っていた。
「そんなことより、トリアを診に来たんだろ?」
「あ……、そうだった。でも心配いらないんでしょ」
「目を覚ましたとき、誰かがいてくれた方が助かる。よかったら診てやってくれ」
サイトに促され、エレクは部屋の中に入る。ベッドには安らかな寝息をたてるトリアがいた。
「トリア君?」
当然、呼びかけても彼からの反応は無い。手持無沙汰だったエレクはその辺のクッションに座り、少し待つことにする。ふと見ると一冊の本が机の上に置かれていた。背表紙には聞いたことのある物語小説のタイトルが綴られている。
それはいつかフリーダが彼の部屋で読んでいた本だった。
少し興味があったのでエレクは本を取ろうと手を伸ばす。その瞬間、机の上に置かれていた書物や巻物がバラバラと音をたてて崩れ落ちた。
「……エレク?」
慌てていると、声を掛けられた。トリアが落ちた本を集めて慌てている自分を見ていた。
「ごめんね。起しちゃった?」
「いや、大丈夫。それより僕は――」
言いながらトリアが逡巡する。次の瞬間には表情が真っ青になり、彼はとび起きていた。
「何で? 僕は確か、サイトの魔法で! ミアやフリーダは?」
「大丈夫。落ち着いて」
エレクはトリアに言い聞かせるように前に立つ。それから、ゆっくりと何があったのかを説明した。自分が魔法を使った事実を聞いた時にはトリアは膝から崩れそうだったが、エレクの落ち着いた声がいくらか彼の混乱を抑えているようだった。
「僕は……、僕ってやつは」
「仕方ないよ。誰だって仇を目の前にしたら……」
「だとしてもだよ。ミアやサイト、フリーダは?」
「ミアちゃんはわからない。一人になりたいって、どこかに行ったみたい。サイトさんはさっきまで部屋の外にいたけど、魔法をつかったことを後悔しているみたいだった」
「そうか。だったら行かないと――」
トリアは立ち上がると部屋の外に出ようとする。しかし、不意に引っ張られたような感じがして振り返る。エレクの小さな手が、トリアの服を掴んでいた。
「行くって、どこに?」
「決まってるじゃないか。サイトとミア、それにフリーダに謝らないと。僕の所為でせっかくの魔法が台無しになったかもしれない。手掛かりだって掴めたかもしれないのに。それにミアは僕の力になるって言ってくれたのに」
「ミアちゃんじゃなきゃ駄目なの?」
見れば、エレクは服を掴んでいた指で、今度はトリアの腕を掴んでいた。
「私だって力になるよ」
「それは嬉しいけど、でも今はミアが心配だから」
「そうだけど、でもトリア君が行かなくてもいい。ミアちゃんはサイトさんがいるじゃない。トリア君だって、つらい過去を見て傷ついたんでしょ。今じゃなくても大丈夫だよ」
「サイトやフリーダだって危険な目にあわせたんだよ」
「サイトさんは大丈夫だった。そもそも、トリア君の魔法を無効化したのはサイトさんだったんだよ。それに、フリーダちゃんは……、あの人は……、あの人に会ってどうするの?」
エレクの表情が悲痛なものに変わる。今にも泣きそうな表情で、彼女は訊いた。
「エレク? フリーダと何かあったの?」
「全部、聞いたの。あの人がトリア君を辞めさせるためにパーティに入ったことも、復讐だって反対していることも。あとはトリア君が決めることで、私には邪魔するなって」
「それは……。何で、そんなことになってるんだよ」
「そんなのどうだっていい。フリーダに会って、トリア君はどうするの?」
「僕は……、こんなことになるなら、調査なんて――」
「駄目!」
トリアが何かを言い終わる前にエレクが叫ぶ。
「私が力になるから。だから辞めるなんて言わないで。お願い」
「どうしてそこまで?」
「私が……、トリア君を好きだから。それじゃあ駄目?」
目にいっぱいの涙を溜めて、エレクがトリアを見つめる。何を言われたのか、トリアは咄嗟に理解できない。よろめく身体を、いつの間にかエレクが正面から抱きしめていた。
「私がトリア君の力になる。だから、今だけはどこにも行かないで」
何も答えることができず、トリアは自分を抱きしめる彼女のぬくもりを感じていた。
………………。
「ミア、まだいたのか」
日はとっくに暮れていた。カイゼルが演習場に来た時、ミアは中央で立ち尽くしていた。
周囲にはいくつものナイフが刺さった的や、破壊された案山子が転がっている。
「カイゼルか。何か用か?」
「お前が帰っていないと聞いてな、サイトの代わりに迎えに来た。あいつはまた何か考えていたようだ」
「そうか」
ミアは無表情に答える。見た目には、彼女はいつもどおりに見えた。
「怪我は大丈夫なのか。少なからず傷を負ったと訊いたぞ」
「大げさだ。傷なら兄貴が治してくれた」
彼女はそう言うと双剣を鞘に納める。そして、投げたナイフを集め始める。だが、ピタリとその動きが止まった。
「私は……、弱いな」
ミアがポツリと呟く。
「トリアがいなければ戦うことも出来ない。トリアを支えるつもりが、何も力になれない。あげく、フリーダに叱咤される始末だ」
「皆、そんなものだ。そうやって経験を積んで強くなるしかない」
「そういうことじゃないんだ!」
彼女もまた、今回の失敗で傷ついていたのだ。
大切な力をくれたトリアの力になると言いながら、肝心な時には何もできない。彼を止めることも、支えることも、何一つとしてミアには出来なかったのだ。
「私は無力だ。魔法も使えない。フリーダみたいに頭もよく無い。カイゼルほど剣も使えない。トリアはあんなに頑張っていろんな魔法が使えるようになっているのに、私だけは何も変えられない。私は力が欲しい。トリアに頼られるだけの力が欲しいんだ。でないと――」
ミアは肩を震わせる。いつの間にか、地面にはいくつもの水滴が落ちていた。
「トリアが……、私を見てくれなくなったら、どうすればいい」
「あいつはそんな奴じゃない。お前がいたから、トリアだって前に進めたんだ」
「そんなの、わからない」
ミアは演習場をそのままに走り出そうとする。その彼女の手を、カイゼルが掴んだ。
「ミア、俺と一緒に修行をしてみないか?」
ミアの手を掴んだカイゼルは、まっすぐに彼女の目を見つめていた。




