過去との邂逅3
ミア、フリーダが追いついた時には、トリアの魔術はもう発動寸前だった。
「いけません! トリアさん、止めてください」
フリーダの制止よりも速く、ミアが駆ける。彼女はトリアを後ろから羽交い絞めにする。だが、もう魔法陣は出現してしまっている。
トリアを中心に足元には氷結が広がっていく。頭上にはいくつもの氷柱が出現し、氷柱を纏いながら十の石でできた大剣が乱舞する。『氷点の世界』と『十の石剣』、彼の使える魔術の中でも最大の拘束力と破壊力を持つ魔術が同時発動していた。その切っ先の全てが、両親を殺した男に向けられている。
だが、ここで魔法を発動させたところで、相手は過去の幻影でしかない。過去は変えられない。
「トリア、やめるんだ。これは違う。こんなのは違うんだ!」
「トリアさん!」
ミアやフリーダの悲鳴にも似た声が響く。ミアやフリーダの足元には氷点の世界の影響も出ている。氷結が周囲を凍らせていく。けれど、トリアはもう止まらない。暴走した彼の魔力が今まさに猛威を振るおうとしたその時――、
「トリア、すまない」
サイトの声が小さく響いた。
浮いていた氷柱や石剣がまとめて圧縮され、たった一つのガラス玉になって地面に落ちる。地這うように広がっていた氷結はサイトから迸るような熱気によって全て消えて行く。
『炎精霊化』
自分自身を炎の精霊と化すことによって、サイトはトリアの使っていた『氷点の世界』の効果を無効化したのだ。その上で、サイトは一瞬にしてトリアの眼前に移動すると、指先を額に向ける。
「少し眠っていろ」
その言葉と共に眼前に小さな魔法陣が展開し、トリアが崩れ落ちる。その身体をミアが支えていた。
「トリア! トリア!」
「安心しろ、眠らせただけだ」
何度も彼を呼ぶミアをサイトが制止する。それからフリーダに視線を向ける。
「フリーダ。今のうちに『鑑定』を頼む」
「はい」
フリーダが眼鏡を使って男を見る。
男は20代くらいの男性だった。サイトとほとんど変わらないような身長に、鋭い目つきの男だった。特徴と言えば、その頬に斜めに走った傷跡が特徴的だった。装備自体はただの盗賊のようで、手に持っているのはカイゼルの使っているようなショートソード。他に目立った武器は無い。
男は部屋の中を歩くと、トリアの父、リヒト=ニボックルスの亡骸に近づく。そして、彼の手に握られていた、一冊の本を奪い取る。
その瞬間、フリーダの背筋に悪寒が走る。サイトの眼も驚愕に見開かれていた。
男は本を手に取ると、足早に部屋を後にする。男の出て行った先にも他の人がいたようだが、フリーダはおろか、サイトですら男の後を追おうとはしない。
「フリーダ、投影を閉じるぞ」
言うが早いか、セピア色の世界は再び闇に包まれるように終息すると、サイトの眼前に黒い球体となって塊り、空気に溶けるように消えて行く。
それを見届けたのち、サイトはその場に膝をつく。
「サイトさん?」
「気にするな。少し無理をしすぎただけだ。それより、その辺にトリアの魔法を圧縮したものが落ちてるはずだ。下手に壊して暴発されたら敵わない。拾ってくれないか?」
フリーダが周囲を見ると、確かに彼らのすぐ傍にガラス玉が一つ転がっていた。フリーダはそれを拾うとポケットにしまい込む。
サイトは精霊化を解くと、大きく息を吐き出す。いつもは平気な顔で魔術を連発しているサイトだが、『過去視』や『投影』は強大な魔力を必要とするのだろう。さすがに疲労が蓄積しているようだった。
「エレクさんを呼びますか?」
「ただの魔力の使いすぎだ必要無い。それより、アレを見たのか?」
「えぇ、アレは何だったのでしょう。リヒトさんが持っていたアレは、商人の手には余るものです」
「おそらくは、何らかの魔道書の類だとは思うが……」
サイトが言い淀む。
フリーダが眼鏡で見たその本は、『鑑定』越しに見れば、その特異性が異質すぎた。例えば彼女がサイトを『鑑定』すれば、転生者であるサイトの異質性や危険性を見ることができる。しかし、フリーダが見た男の持ち去った本は、危険度だけで言えばサイト以上だった。
「リヒト=ニボックルスが殺されたのは、ただの強盗では無かったのか」
サイトの呟きは誰にも聞かれることは無かった。
「ミアさん」
フリーダはトリアを抱きしめるように座り込んでいるミアに近づく。だが、彼女はフリーダの声すらも聞こえていないようだ。腕の中にいるトリアを抱きしめ、涙をかみ殺しているようだった。
「っ……」
フリーダが唇を噛み締める。それからミアの胸倉を掴み、叫んだ。
「あなたがそんなことでどうするんですか!」
「フリー……ダ?」
「あなたが力になるのでしょう? あなたが彼を支えると決めたのでしょう? なのに、これだけのことであなたが挫けてどうするのですか!」
フリーダはそれだけ告げると、ミアの胸倉を離す。解放されたミアはトリアを抱きしめたまま、ただ茫然と彼女を見上げていた。
「サイトさん……、これでもまだ、調査を続けると言うのですか?」
フリーダの言葉にサイトは何も答えない。
彼らはトリアを休ませるため、彼を彼の部屋へと連れて行った。
………………。
「そうですか、やはり自警団の本部にはろくな資料が残っていなかったのですね」
トリアの家のリビングで、フリーダは自警団に調査に行っていたカイゼルの報告をまとめていた。
カイゼルたちが訪れたベルベックの自警団本部には数年分の街での事件の資料が置かれていた。
その資料量に対して、ニボックル商店で起こった殺人事件に対してはろくな資料が残っていなかったのだ。街を揺るがすような大事件でも無く、小さな商店で起こった強盗事件。調査さえされてはいたが、街道沿いの街に多い、どこかの国の盗賊団が通りがかりに襲っていった程度の推測しかされていなかったのだ。
「だがな、手掛かりが完全に無い訳じゃ無かった」
カイゼルはそう言うと、表情を険しくする。
「事件に対しての資料なのだがな、意図的に残されなかった可能性がある」
「どういうことでしょう?」
「通常、この手の事件に対しては自警団としても再発防止の為に盗賊たちの追跡調査や、当時のハンターギルドに対して討伐依頼なんかが出される訳だ。そして、それらの手続きの資料も、当時の事件記録と一緒に保管されるのが常だ。なのに、討伐依頼はおろか、この街の自警団が盗賊に対して働きかけた記録さえ残っていない」
「つまり、街……、というよりは公的機関や他の自治組織も、この事件に対しては手を出せなかったということでしょうか?」
「もしくは何らかの理由があって、手を出さなかったか、だな」
二人が難しい顔をして考え込む。
「何だ、二人して考え込んで。そんな顔してたら幸せが逃げるぞ」
そんな二人に対して、パンを頬張りながらマイトが声をかける。そんな彼を見て、フリーダとカイゼルは同時に嘆息した。
「いいですね、脳筋は。悩みなんて無さそうで」
「何だよ、その言いようは」
「自分の胸に手を当てて考えるんだな」
カイゼルはそう言うとマイトの頭を張り倒す。マイトはまた頭を押さえて蹲っていた。
「ところで、エレクさんの姿が見えないようですが?」
「彼女なら、トリアが倒れたと聞いて、血相変えて部屋に向かったよ。治癒術が必要かもしれないから、報告も俺が請け負ったんだが、まずかったか?」
「そうですか。いえ、問題はありません」
フリーダは淡々と受け答えると再び資料に向き直る。兎に角、街に残った当時の資料では、あの男に近づく為の手掛かりは無さそうだった。
「となると、やはりあの本が何なのかを調べるところから始めるのが正道でしょうか? あんまり関わりたくは無いんですけどねぇ」
なんて事を呟きながら、大きくため息を吐く。マイトは少し気になるようで、チラチラと彼女の様子を伺っていた。




