過去との邂逅2
自由依頼――。
通常のギルドを通しての依頼とは異なり、依頼主とハンターが直接やりとりを行う依頼の事を一般に自由依頼と呼んでいる。
通常とは違って供託金の必要も無く、報酬なども直接のやり取りなので融通が効きやすい。
ただし、違法な依頼の温床になっている一面もあり、また失敗したところでギルドを通していないということは、ギルドの庇護を受けられないと言う一面もある。
その為、通常のギルドに所属しているハンターは、よっぽどの理由が無いか、もしくは通常の依頼では稼げないハンターで無ければ、ほとんど自由依頼なんて橋は渡らない。
今回『救いの手』が自由依頼を受けたのは、依頼主がミアだった、という特例の為だった。
………………。
調査を始めた僕らがやって来たのは、事件のあったニボックル商店、つまりは現在の僕たちの家だった。
事件があったとは言っても、もう何年も前の話。商品などを並べていた部屋は当時使っていた棚などがまだ残っているが何一つ置いていない。
一階の部屋はエレクとフリーダが、二階は僕とマイトが、それぞれ生活する部屋として使っていた。
「それで、ここまで来て何をするつもりなんです?」
フリーダがサイトに訊ねる。いつもの眼鏡姿にメイド服。
「ちょっとな」なんてサイトは言いながら、チョークをつかって家の周りにいくつか魔法陣のようなものを書いていた。僕とミア、フリーダは手持無沙汰でサイトの準備が終わるのを待っている状態だ。
しばらくすると、ようやく準備を終えたようで、サイトは小さくなったチョークを放り投げて燃やしていた。
「さてと、それじゃあ調査を始めるんだが、その前にいくつか確認したいことがある。まずはフリーダ」
「なんですか?」
「その眼鏡のスキルについて教えてほしい」
「あぁ、そんなことですか」
フリーダは左手で眼鏡に触れる。そう言えば、以前にも彼女は見るだけで贋作の剣や、僕たちの能力について把握をしていた。サイトなら、それだけで彼女の魔法具に気づかない訳が無かった。
「これは『照魔の眼鏡』と呼ばれるマジックアイテムです。ついているのは『鑑定』のスキル。対象が物であれば、その物の持っている能力や強度、特異性を色などで見ることができます。人を見れば、おおよその魔力の強さや、固有スキルなんかも見破ることができるものですよ」
「魔法によって隠された道や幻術を見破ることは?」
「さあ? 私は戦いません。ダンジョンに入ったことが無いし、幻術にかけられたことも無いですから、そこまでの能力があるかはわかりません。が、できないことは無いと思っています」
「なるほどな。何にしろ、一介の商人が持っているのがおかしいほどの激レアだな」
「レアとかの表現がなんなのかはわかりませんが、商人の道具としては適材ですよ。物の価値や真贋を見極める目は必要です。まだまだ勉強不足の私の為に、父がくれたものですから」
「それもそうか」
サイトは納得したように頷く。それから、いつものように不敵な笑みを浮かべると、僕たちに向き直った。
「さて、今から俺の魔法で事件のあった夜を投影する。ようは、過去に介入することはできないが、あの夜この場所であったことを魔法で細部まで再現させるんだ」
「「え!?」」
僕とフリーダの声が重なる。ミアだけはサイトが何を言っているのかはわかっていないようだった。
「何かおかしいのか?」
「サイトが事件の夜をこの場で見せるって言ってるんだよ」
「なんだ。そんな魔法があるのか。手っ取り早くていいな」
ミアの感想に「だろ」なんてサイトは言っているが、僕とフリーダは驚きを隠せない。
「ちょっと待ってよ。そんなことができるの?」
「たぶんな。俺は空間や時間に干渉するような魔法が使える。過去を見る魔法を使って、あの夜に起こった出来事を見て、それを魔法でこの場に投影させるんだ。そうすれば、ざっくりとだが、犯人の人数や特徴、顔なんかを見ることができるだろ。ついでに、投影した影をフリーダが『鑑定』するんだ。そうすれば、ニボックル商店を襲った犯人たちについて知ることができるだろう」
『過去視』なんてものができるなんて言うのは僕は初めて聞いた。だが、圧縮魔法での空間固定や時間の停止何かを使っているサイトが出鱈目を言っているとも思えない。
見ればフリーダも思案しているようで、何事かを呟きながら考え込んでいた。
「一つ質問なんですが」
「何だ」
「この方法による危険性は?」
「さあな。初めてするからわからない」
「過去視ができたとして、『鑑定』スキルが過去の影に適用されない可能性は?」
「可能性だけならある。だが、できれば資料漁るよりは効率的な調査だ」
「最後に、時間に干渉することで、事件そのものを無かったことにすることは?」
「できないだろうな。というより、できたとしてもするべきじゃないと俺は考える。そんなことをすると、俺たちがここにいる理由も消滅する」
「そうですね。わかりました」
考えがまとまったのだろう。フリーダが眼鏡に手を添える。
「サイトさん、やりましょう。出来る限りのものを視ます」
フリーダの言葉にサイトが頷く。
「サイト、僕たちに出来ることは無いかな?」
「そうだな。トリアは魔術的に綻びが出た際に魔力を使って協力して貰うかもしれない。圧縮の使えるトリアなら、いざという時はフリーダとミアを守れるだろ。ミアは依頼主だからな。報告義務がてらって感じで楽にしてくれればいい」
「わかった」
僕とミアがそれぞれ頷く。
そして、サイトは家の前に立つと、どこからともなく身の丈ほどもある大きな杖を出す。
「『過去視』発動、事件の夜に固定、『投影』開始」
サイトの足もとを中心に家を丸々飲み込むほどの、巨大な魔法陣が現れる。平面だった魔法陣が更に浮き上がり、周囲を取り囲むほどの立体的な魔法陣へと変化し、それぞれがグルグルと円を描くように周囲を駆け廻っていく。
やがてサイトを中心に闇が渦巻くように広がり、徐々に僕たちや家を飲み込み、全てを覆っていく。
目を閉じたのかもしれない。開けているのかもわからない。闇が晴れたとき、僕たちはセピア色に染まった世界に立っていた。
音はなく、どこか夢の中のように感覚がおぼろ気。
辛うじて光を感じることはできる、色の無い世界。
「行くぞ」
肩を叩かれる。見ればサイトが僕たちを先導するように先を歩いていく。そのすぐ後ろをフリーダが、少し遅れて僕とミアも後に続いた。
扉を開けることもなく、僕たちは壁や商品棚まですり抜けていく。試しにその辺りの物に触れようとしてみたが、やはり触れられない。
目に見えるものは全てありし日の影で、現実ではないと実感できた。
「いたぞ、トリアだ」
サイトに言われてみれば、小さい男の子が誰かに抱えられるように廊下を走っていく。
ここがあの日の夜なら、行き先は納屋だろう。
あの日の僕は、納屋に匿われていたから難を逃れたのだ。だとしたら、この廊下の先にいるのは……。
何も考えられなくなって僕は駆け出す。誰かが僕を呼んだような気がする。だけど、立ち止まることなんて出来ない。この道の先には父さんと母さんがいるのだから。
だけど現実はままならない。僕は立ち止まるべきだったのだ。少なくとも、ここが過去の世界の影だと理解できていたのだから。
僕がたどり着いた先に目にしたのは、床に広がったか血の海。そこに横たわる二人の亡骸だった。
そして、一人の男が血に濡れた剣を持ち、二人を見下ろしていた。
体中の血が逆流したかのような錯覚を覚える。目の前が真っ赤に染まる。
可能な限り惨たらしく。石の槍など生ぬるい、『神殿の石柱』でもまだ足りない。アイスロックやアイスニードルなんて論外だ。僕の持っている最大の魔術で――。
「お前さえ……、お前なんかがいなければ!」
僕の足もとに魔法陣が光り輝いていた。




