新しい道へ2
フリーダ無双です
「トリアさんからお誘いがあるなんて、嬉しい限りです」
フリーダは言いながらにこりと微笑む。薄い寝巻きに、お風呂上がりで少し赤くなった肌。そんな格好で僕の部屋のベッドに座る。
正直、目のやり場に困っていた。
「僕としては真面目な話をするつもりだったんだけど」
「そうですよ? 何かおかしなことでもありましたか?」
「今更だから、もういいけどね」
嘆息する。
「残念です」なんてフリーダが呟いていた。
「それで、今日はどういう風の吹き回しですか?」
「この前の賭けの話だよ。どうしてフリーダが僕が失敗すると思ったのか。それがわかったんだ」
「へぇ……」
思案するような表情で彼女が僕を見る。しばらくして「聞かせてください」と返した時には、いつもの表情に戻っていた。
だから淡々とここ数日考えていたことを口にする。
「フリーダが言いたかったのは、僕の技術や能力が足りてないってことじゃない。もっと根本的なこと。僕が自分の力を過信しすぎてるって言いたかったんでしょ?」
「そう考えるだけの出来事があったんですね」
僕は何も答えられない。
町の人たちをもしかしたら殺していたかもしれない。僕の失敗のせいでミアが倒れ、腕に傷痕を残すことになった。自信を喪失し、カイゼルやミアに支えられなければ立ち上がることもできなかった。
「僕は、馬鹿だった」
悔しさと共に、頬を涙が流れる。
「大魔術が使えればいいんだと思ってた。強い魔術が使えれば、どんな敵だって倒せると思っていた」
だか実際は使いこなせず、まわりまで危険にしてしまった。
「作戦や戦術を考えて、いつもなんとかなると思っていた」
そんな僕の判断の間違いが、多くの人を危険に晒した。
「相手がDランクだと聞いて、弱い魔物だと決めつけていた」
そのせいで手痛い失敗をして、もう少しで色々なものを失うところだった。
いや、大切な人が大きな傷を負ったのだ。もう取り返せない痛みだった。
フリーダが優しく僕に手を伸ばす。僕はされるがままに、彼女に抱き締められていた。
「依頼は成功しましたよ」
フリーダは優しく僕の背を撫でながら囁く。
「あなたは私の想像を上回りました。あなたは町の人たちを救えたんじゃないですか」
「でも僕のせいでミアは……」
「やっぱりあなたはそういう人なんですね」
フリーダは僕から身体を話すと指先で僕の涙をすくう。
「わかっていますか? 今、トリアさんが泣いているのは、ミアさんを思ってなんですよ」
言い聞かせるような彼女のゆっくりとした言葉が、僕の胸のなかに染み込んでいく。
「今回の依頼はあなたに色々なことを気づかせるのに充分でした。魔術師としても半人前、ハンターとしても未熟、何より大切な人を自覚できたんです。あなたが抱えた痛みは、その対価なんですよ」
「対価か……。商人らしい考え方だね」
「これでもマキュレイ商会の商人ですから」
そんな風に言いながら、彼女は言葉を続ける。
「さて……、そんな経験を経て、これからのトリアさんはどうしたいですか?」
これから、なんて考えてすらいなかった。
「サイトさんたちと共に、今まで通り実力を磨くのもいいでしょう。サイトさんからは魔術を、カイゼルさんからはハンターの基本を教われば、いっぱしのハンターにはなれます。ですが、この道はあなたの本当の目的にはつながっていない」
「僕の目的は――」
血の海に沈む両親の影が脳裏をよぎる。
「両親に報いるのなら、ニボックル商店の復興もいいでしょう。それなら、私も、父も、マキュレイ商会が微力ながらお力添えできます。なんなら大切なミアさんと伴侶になって、人並みの幸せを掴むのもいいんじゃないですか?」
戦いの道を外れ、両親の跡を継ぐ。誰も反対はしないだろうし、応援してくれる人だっているだろう。
僕みたいな一般人には理想の終着点だ。
「もう一度言います。トリアさん、復讐を忘れましょう。過去の為に今や未来を犠牲にする事はありません」
フリーダの言葉に僕は何も返せない。ただ、「しばらく考えさせてほしい……」と弱々しく呟くだけだった。
「ええ、構いませんよ」
彼女は返事をすると、静かに部屋を後にした。
………………。
損な役回りだ。
フリーダはトリアの部屋を後にすると深々と嘆息した。
あわよくば、彼と共に商店を盛り上げる未来を想像していたものの、結果的に、ミアに対する思いを確認させるにいたってしまったようだ。
その思いが、子供っぽい親愛の延長線にあるのか、それとも男女としての愛情なのかはわからないが、こうなれば今のところは自分が入る余地は無さそうだった。
「フリーダちゃん、今の話、どういうこと?」
階下の寝室に向かおうと思ったところ、不意に声を掛けられる。振り返れば、エレクトラがパジャマ姿で立っていた。彼女の表情にいつもの優しさは無い。ハッキリとした敵意が眼差しには込められていた。
「こんばんは、エレクさん。立ち聞きでもされたんですか? 女性として、はしたないと思いますよ」
「はぐらかさないで欲しいな。トリア君に何を言ったの」
「大したことではないですよ。ただ、ハンターや復讐以外の未来もありますよ、と提案しただけです」
何でも無いことのように言うフリーダ。対するエレクの表情は固いままだった。
「どうしてそんなことを? フリーダちゃんはパーティーを強くするのが目的じゃなかったの?」
「パーティーはあくまで『ついで』です」
「ついで? だったら何でパーティに入ったの!」
「トリアさんにハンターを辞めさせる。それが私の本当の目的だからですよ」
フリーダにもう隠しだてをする気はなかった。仕込みは既に終わっているのだ。エレクに話を聞かれるのは予想外だったが、もう後はトリアの決断次第になっているからだ。
「私は元々、サイトさんの依頼でパーティーに所属したんです」
「サイトさんが?」
エレクは驚きを隠せない。フリーダはエレクの様子を見ながら少しずつ話を進める。
「依頼の内容はトリアさんに復讐を辞めさせること。その為に、日常的に戦いを続けるハンターを続けられると不都合だったんですよ」
「そんなこと無い。復讐を忘れたって、トリア君がハンターを辞める必要なんて――」
「あるんですよ。だって、あなただって知っているでしょう?」
フリーダがエレクとの距離を詰める。眼鏡の奥から、まるでエレクの心を見透かすように、緋色の瞳が向けられていた。
「どうして自分一人で戦ってしまうんだろう。どうして自分を頼ってくれないんだろう。トリアさんの力になりたい。考えたことが無いなんて言わせませんよ?」
「な、なんで……」
「わかりますよ。あなたたちを見ていれば。エレクさんはトリアさんの力になりたかった。その為の力も手に入れた。ずっとトリアさんと一緒にいたかったんですよね? でも、一緒にいることってハンターで無くてもいいんじゃないですか?」
エレクの目の前が揺れる。その場でへたり込みそうになるが、フリーダはたたみかけるように続けた。
「いいじゃないですか、トリアさんがハンターを辞めても。あなたはハンターを続けてもいいし、辞めてもいい。どっちにしろ、トリアさんと一緒にいられますよ。あなたがそうしたいと思うなら。彼はそれを拒めるような人じゃない。それどころか、危険な場所に行くことも無くなって、人並みの幸せを手に入れられるかもしれない。平凡で、普通で、ありきたりな、ただの幸せですよ」
フリーダの言葉はじわりじわりとエレクの心を浸食していく。何一つ間違っていなくて、エレクの望みに近い未来が、そこにもあるからだ。
「平凡な少年の冒険譚はここでお終い。あとに続くのは物語にもならない日常。あとはトリアさんが決断するのを待つだけです。だからね、エレクさん。邪魔しちゃ駄目ですよ」
微笑みと共にフリーダはその場を後にする。エレクは項垂れ、もうトリアの元に行くことはおろか、立ち上がることさえできそうになかった。
フリーダは寝室に入ると今度はベッドに倒れ込む。今度は憎まれ役。本当に損な役回りだった。




