特別昇級試験4
「お疲れさん、凄かったな」
「修行の成果が出せたようで何よりだ」
「えへへ。ありがとう、サイトさん。マイト君もありがとう」
カムイを連れて帰ってくる彼女を労うサイトとマイト。
「こいつが精霊獣ってやつか。お前も凄かったな」
マイトがカムイの頭を撫でようとする。だが、寸前でカムイはエレクトラの後ろに隠れてしまう。
『私に触れていいのはマスターだけだ』
「なんだ? 俺は触っちゃ駄目なのか」
『駄目だ』
狼なので表情はわかりにくいが、ちょっと顔をしかめている。そんなカムイとマイトを見て、エレクトラは苦笑するしかなかった。
「カムイ、お疲れ様。また呼ぶね」
『いつでも呼んでくれてかまわない。私はいつもマスターの傍にいる』
カムイはそう言うと、元の土へと返っていく。エレクは小さく「ありがと」と呟いていた。
「さて、それじゃあ今度は俺の番だな」とサイトは立ち上がる。
しかし、相手方のパーティが何事かを話し合っていて、なかなか試合は始まらなかった。
しばらくたってようやくスピナ―に呼ばれてサイトが演習場に歩み出る。しかし、サイトの前に出てきたのは予定していたBランク剣士では無い。赤銅の鎧を身にまとった、壮年の剣士が歩み出る。
「あんたは確か、マイトと戦った剣士を応援していた人だよな?」
「いかにも。『赤銅の蛇』所属。Aランクハンター・レイガース。こちらの勝手な都合なのだが、貴君と試合をする予定だった奴が戦闘不能でな。その為、数合わせで試合をさせていただく」
「なるほど」
サイトがチラリと相手方の陣営を見る。すると、おそらく戦う予定だった剣士が腹を押さえて蹲っている。何があったかは知らないが、確かに戦えそうではなかった。
「私が相手では不足か?」
「いいや。願っても無い好条件だ。だが、それだけでいいのか?」
「ふむ、何が言いたい」
「俺を相手に、あんただけで大丈夫かって言ったんだよ」
「ぬかしおるわ」
レイガースとサイトがそれぞれ剣を構える。
「『救いの手』パーティリーダー・サイト=レオンハート」
「『赤銅の蛇』所属、教育長・レイガース。いざ尋常に勝負」
スピナ―の号令と共に二人が駆ける。初っ端からの真っ向勝負の剣戟。飛び散る火花の向こうに、サイトの悪戯っぽい笑みが輝いていた。
「手加減はしない。全力で来るがよい!」
レイガースの持った剣を中心に、赤と青の光を宿した魔法陣がそれぞれ現れる。
連射式の炎弾と間髪いれずに氷柱がサイトに向かって乱れ飛ぶ。
サイトは掌を返すと炎弾と氷柱の存在していた空間を圧縮。剣で叩き壊した瞬間、カウンターでレイガースに向かってそのまま攻撃が跳ね返る。レイガースは盾を使って攻撃を防いだが、いくらか掠めた炎弾が髪を焼き、氷柱が皮膚を切り裂いていた。
「奇妙な技を使う。固有スキルという奴か」
「ただの魔法だよ。それより、様子見はこのくらいでいいだろ。来いよ」
「言われずとも」
レイガースの身体が燐光に包まれる。身体強化魔法だ。
彼は演習場を一直線に走り抜けると、俊敏に跳ねながら縦横無尽にサイトに斬りかかる。立体的な連撃をサイトは紙一重で避け、あるいは剣で受け、カウンターの要領で斬りかかるが、レイガースのスピードは反撃を許さない。
「ミア並みの速度でカイゼル並みの攻撃か。しかも持続時間は未知数。面倒だな」
サイトは指を鳴らす。不可視の壁が彼の周りに展開する。いつもの『バリア』魔法だ。
ただそれだけでレイガースの攻撃はサイトに届かなくなる。
「なんだ、この魔法は――」
「エレクが防御魔法使ってたろ? それの上位互換だよ。全方位型防御壁ってとこだな」
「だが壁の中にいては攻撃はできまい」
「それができるんだよな」
サイトがそう言うと、バリア魔法の周囲に魔法陣が五つ展開する。それぞれの魔法陣からは『ストーンエッジ』が出てきて、レイガースに向かって襲いかかって来た。
彼は気合いと共に剣を走らせる。迫りくる石の槍をあるいは避け、叩き折りながらサイトと距離をとった。
「馬鹿げた防御性能の障壁、常識を無視するかのような魔術運用。貴様、本当に人間か?」
「人間だよ。ただちょっと変わった『転生者』ってだけだ」
聞き慣れない『転生者』という言葉。レイガースは何のことだかわからなかっただろう。わかったとしても、彼がすることに変わりは無い。ただ全力を持ってサイトを迎え撃つだけだ。
「ただの人間だと聞いて安心したよ。それならば、私は勝ち筋を探すだけだ。全力を持ってな」
レイガースはそう言うと居住まいを正すと、剣を正眼に構えてサイトを見る。
次は何をするのだろう、とサイトは期待もしていた。だが、その慢心が、レイガースに付け入る隙をあたえてしまった。
黒い何かが飛翔する。一瞬のうちにバリア魔法が切り裂かれ、辛うじて反射で避けたサイトの頬を何かが掠める。赤い血が滴り落ちていた。
「バリア魔法が……破られた」
エレクトラが驚愕で目を見開く。マイトはおろか、カイゼルでさえバリア魔法に対しては亀裂を入れることさえ今まで出来たことは無い。それを目の前の剣士は紙のように切り裂いて、中にいるサイトに傷まで負わせたのだ。
「重ねて言うが、手加減はしない。殺す気でやって、ようやく勝てる相手だ」
そう言ったレイガースの手に構えられていたのは、まるで鞭のようなしなりと、長さをもった剣。距離にして十メートルは離れている。鞭のようなその剣は、一瞬にして二人の距離をゼロにするとバリア魔法とサイトを切り裂き、地面には刀傷のような跡を残したのだ。
「どうなってんだ。あんな武器見たことねぇぞ。おまけに、ただの剣にバリアが斬れるとは思えねぇ。サイトみたいに風魔法でも使っているのか?」
「それなら魔法陣が展開するはずだよ。でも、レイガースさんに出ているのは身体強化だけ。あれは普通の武器で、バリアを破ったのは技としか考えられない」
さすがのサイトも、攻撃を受けきれないと悟ったのだろう。バリア魔法を解除して走りだす。
「逃がさんぞ」
サイトは第二戦でカムイが使った『神殿の石柱』の陰に隠れる。だが、次の瞬間には神殿の石柱も真っ二つに叩き斬られる。バリア魔法でさえ切り裂く攻撃は、石の柱程度など壁にもならないのだろう。
鞭のようにしなる剣戟は、距離を詰めるその間に、更に攻撃力を増しているようだ。
「なるほどな。防御壁さえ貫通するほどの剣技。確かに一級品だよ」
彼は言いながら姿を現す。次の瞬間には何かがサイトのいた場所を襲ったが、それはサイトの回避によって服を掠めるにとどまった。
「無駄だよ。どれだけ速い攻撃でも、これだけの距離があればな。視線で狙いは察知できる」
言いながらサイトがステップを踏む。同時にサイトの周辺の地面や岩が切り裂かれるが、今度はサイト自身には傷一つつかなかった。
「サイト、何やってんだ。さっさと魔法ぶっ放してのせばいいだろ!」
「バーカ。回避・迎撃できるのは相手も同じだ。ストーンエッジ程度なら、お前だってくだけるだろ?」
マイトの声が聞こえたのだろう。サイトがからかうように答える。
「レイガースあんたの武器は、あのマイトと戦った剣士が、持っていた剣と同質のものなんだろ? 最初は長剣だったのに、最後はショートソードくらいの長さになっていた。相手によって間合いを変える特性だ。そんで、それが最大の長さの利用法って訳だな」
サイトの言葉にレイガースが口の端を釣り上げる。
「ご明答。しかし、こんなにも早く見切られるとは思っていなかったぞ」
「こういうことを考える奴は、前の世界にもいたんだよ。コミックスとかな」
相変わらず、誰一人としてサイトが何を言っているかは理解できなかった。だがレイガースは剣の切っ先を向けると今度は視認できる速度で長さを変える。剣は徐々に細く長く。十数メートの長さに変わる。
「しかし大したもんだ。遠距離攻撃なら魔術を選択しそうなもんなのにな」
「剣士としての矜持と言うものだよ。剣士だからと言って遠距離攻撃ができないと思っている輩ほど、この技はよく効く。特に、貴様のように壁の後ろに隠れて魔術を行使するタイプには天敵だろう」
「そうだな。バリア魔法は通用しなさそうだ」
サイトの言うとおり、現状では彼には攻撃を防ぐ手段は無い。だが、サイトは不敵に笑うと、剣の柄を握り直す。
「だがな。リーダーとして、情けない姿は見せられないだろ。俺もちょっとだけ本気でやってやるよ」
そう言うとサイトは地を蹴る。レイガースはすぐさまサイトを正面に捕えて剣戟を放つ。しかし、サイトは僅かに身体を動かすだけで初撃をかわす。だが近づけば近づくほどに回避は難しくなる。おまけに剣の長さを長いまま振り回せば、広範囲を切り裂くことも可能らしい。
どれだけサイトが速くても、無傷でレイガースとの距離を詰めることは不可能だ。
やがて一撃がサイトの腕を切り裂き、サイトの腕に血が滴る。治癒魔法の光がサイトの腕をすぐに治癒するが、レイガースの追撃がサイトに向かって走りぬける。
完全にサイトを切り刻んだと思えた彼の剣戟は、しかし、サイトを切り裂くことは敵わなかった。
ゾクリ――、とレイガースの背筋に寒気が走る。
悪寒、恐怖、畏怖、それらがないまぜになった感情が走り抜ける。それほどまでに、その場に立つサイトから発せられるプレッシャーは強大だったのだ。
『………………』
サイトが何かを呟く。次の瞬間、サイトの身体は炎に包まれたのだ。
「なんだ。魔法の虚仮脅しなら効かんぞ」
レイガースは剣戟を走らせる。サイトは剣筋も見ずに走り出す。そして――。
「え……」
エレクトラは驚愕で目を見開く。
たったいま戦っていたサイトが、レイガースの剣戟によって真っ二つに叩き斬られていた。




