特別昇級試験3
「第二戦、エレクトラ=アレース、前へ」
名前を呼ばれ、エレクトラが立ちあがる。
「行ってくるね」
エレクは気合いを入れると、ぎこちなく演習場中央へ進み出る。一戦目を終えたマイトとすれ違う。
「頑張れよ」とマイトが掌を出すと、エレクはちょっと照れたようにタッチを返していた。
「お疲れさん。余裕だったみたいだな」
サイトが帰って来たマイトを労う。「そうでもねぇよ」とマイトはぼやいていた。
「あいつ、力は無かったが、剣術や技は本物だった。もう少し修行すれば、たぶん相当の使い手になる。あれで準メンバーっていうんだから、あいつらの実力は本物だよ」
「お前がそこまで言うなんて珍しいな」
「俺は凄い奴は素直に凄いって言うぞ」
「そうだったか?」
サイトが首を傾げる。マイトは不服そうだった。
「それより、エレクの奴は大丈夫なのかよ」
「というと?」
「あいつ、治癒術や神聖魔法が得意なのは知ってるけどよ、正面戦闘なんて苦手分野だろ」
「ん~……。そうか、お前は知らなかったな」
サイトは言いながら頬杖をつく。
「エレクトラな、レッドグリズリーの討伐依頼が終わったくらいから、俺と魔術の練習してるんだよ」
「はぁ? それじゃあ、何か。お前の悪影響があいつにも?」
「そんな言われ方は心外だが、選んだのはエレクトラ自身だよ。足手まといになりたくない、ってな」
「足手まとい? なってたことあったか」
「俺はそんなこと思ったことは無い。だがまあ、たぶんトリアが原因だろ」
「よくわからん。トリアがそんな酷いことを言うとも思えない」
「だろうな。けどあいつの行動は結局は自分が一人で動くことになるだろ」
サイトはそう言うと寂しそうな表情で続ける。
「トリアはエレクと一緒に戦おうとは思わないだろ。あいつは一人での戦いを選ぶ奴だ。けれどエレクはトリアと肩を並べたいんだよ。守られるんじゃ無くてな」
「それでサイトの弟子にってか? 無茶苦茶だな。『転生者』の魔術なんて、どんな悪影響があるかわかったもんじゃない」
「いちいち引っかかるが、心配するな。度肝を抜く準備はできている」
いまいち何の話をしているのかマイトはわかっていそうになかったが、とりあえずは「心配するな」というサイトの言葉を信じて、観戦することにした。
一方で、エレクトラは緊張していた。目の前が少し揺れているようにすら感じる。
相対する『赤銅の蛇』の魔術師は杖を構えて準備万端のようだ。その彼の姿に、エレクは一人の少年の事を思い出す。目を閉じて深呼吸する。これは自分が選んだ道だった。
「『救いの手』所属、白魔術師、エレクトラ=アレースです。勝たせて貰います」
相手の魔術師が何を言われているのかわからず首を傾げる。魔術師は聞いたことがある。だが、白魔術師というものが何かはわからなかった。良くも悪くも、これはサイトの影響だったのだろう。
「はじめ!」とスピナ―の号令が演習場に響いた。
『アイスニードル』が号令と共にエレクトラに向かって飛散する。おそらく魔術師がホールドしていた魔法だろう。エレクトラは杖を一振りすると光の魔法陣が目の前に現れる。魔法陣が盾となって、彼女の身体を氷から守っていた。
「魔法防御ですか。やりますね」
防いだ氷魔法と舞い上がった砂塵を隠れ蓑にして、いつの間にか魔術師が肉薄していた。その身体が強化魔法の光を覆われている。強化された身体で、彼が杖を振り回す。辛うじてエレクも魔法で防御したが、数メートルを飛ばされて身体を地面に打ち付けることになった。
「女の子に手荒なことはしたくない。早めに降参してください」
言いながら魔術師が氷の魔法を放つ。今度は相手を拘束する『アイスロック』の魔法だった。
容姿は全く似ていないのに、使う魔法は彼と同じ。エレクはその事に僅かに動揺しつつも、再び防御の魔法を使う。氷魔法はエレクの身体に届く前に、障壁に阻まれていた。
だが、やはりその攻撃も誘いだったのだろう。エレクが魔法で防ぐと同時に、身体強化で彼はエレクに杖を使って殴りかかる。打撃を避けることは、彼女の身体能力ではまだ難しい。杖で防いだとしても、強化された攻撃を受ければ、ダメージは防げなかった。
「魔法を主体に置いた物理的なヒットアンドウェイ。魔術師相手なら、有効な立ち回りだな」
そんな戦いを見ながらサイトが呟く。対するマイトは焦っていた。
「どうすんだよ。あれじゃあエレクはなぶり殺しだろ。防戦一方だし、もう降参した方がいい」
「焦るなって。よく見てみろ」
エレクトラが何事も無かったかのように立ち上がる。その身体が淡い光に包まれている。自分自身の身体に治癒術を使って、傷やダメージを無効化していた。
「肉体的なダメージは決定打にはならない。あいつは治癒術が使えるからな。それに、エレク自身はまだ続けるつもりだ」
「そうは言っても、攻撃を受け続けることに変わりは無い。痛みまでは消せないんだろ」
「攻撃を受け続ける必要なんてないさ。対抗措置くらいは準備している。あいつの攻撃は魔術師に対しては有効だと言ったが、白魔術師に対しては有効だなんて言ってないだろ」
エレクは再び杖を構える。相手の魔術師は治癒術に感心こそしていたが、エレク自身の戦闘力は無いと判断したのだろう。ほとんど彼女に対して警戒はしていないようだった。
「もう降参してくれませんか? 確かにあなたの防御術や治癒術には目を見張るものがあります。下位ランクのパーティーとしてなら、充分な技量なのでしょう。でも、攻撃力が無いなら、僕には到底かなわない」
「随分とハッキリ言ってくれるんだね」
「言ったはずです。女の子に手荒なまねはしたくないんですよ。あなたは攻撃のできる剣士や魔術師の後ろで、周囲を支援するのが本来の役割のはずです」
「そう……。魔法だけじゃなくて、考え方までトリア君みたいだね」
エレクはニッコリ笑う。それから杖を掲げて、呪文を詠唱する。
「ふざけるな、だよ」
そして彼女はキレていた。
「確かに私はいつも誰かの背の後ろにいた。攻撃なんて考えたこと無かったし、必要とされてたのは防御術や治癒術だけだったから、考える必要なんて無かった。でもね、気がついたんだ」
白い光を湛えた魔法陣。土が隆起し、それらは次第に形ををつくっていく。
「本当に大切なものを手に入れたいのなら、戦うしかないんだよ。私はトリア君と一緒にいたい。その為には守られてばかりの私じゃ駄目なんだ。だから――『土精召喚・カムイ』!」
隆起した土が四肢を、胴を、そして頭と尾を形作る。それは狼となり、瞳に白い光を宿し、咆哮した。
驚いたのはサイト以外の人々だ。この世界にも召喚魔法は確かに存在する。だが、土の精霊を、それも狼として召喚するなど、誰一人聞いたことが無かったのだ。
「精霊獣、カムイ。私に力をかして。彼に並び立つだけの力を頂戴」
エレクの瞳に光が宿る。少女は今、戦う覚悟を決めていた。
「あれ……、何だ?」
「召喚獣だ。やはり度肝を抜いたようだな」
サイトがハッハと笑う。
「俺の知っているゲームだとな。回復魔法の術者はだいたい攻撃力が無いんだよ。攻撃魔法を覚えるキャラもいないじゃない。が、攻撃主体の魔術師に比べれば数段劣る。それよりは召喚獣を出すような仕様があって、俺はそっちが好きだった。だから試させたんだよ」
「試させたって……」
「俺の知識と、あいつの才能があって、あいつは召喚魔法が使えるようになった。本当はイフリートとかシヴァにしろって言ってたんだが、どうやらエレクの心根が召喚獣の姿に影響するようだ」
「いや、お前のいってることはさっぱりわからんが、あいつの心根が影響して狼ってことは――」
マイトの脳裏に、かつて彼女が所属していたパーティの名前がよぎる。
「やっぱ尾を引いてるのか」
「随分長い間、仲間として過ごしたんだ。あっさりと忘れろっていうのは無理な話だろ。それより、土精であるってのが気になる。やっぱりトリアの影響なんだろうな」
そんな二人の会話を余所に、周囲の驚愕は変わらない。
中でも一番狼狽しているのはエレクと対峙している魔術師だ。
「土の精霊獣なんて聞いたことも――」
すぐに気を取り直して呪文を詠唱する。解き放たれたのは貫通力のある『アイシクルスピア』だ。
だが狼が咆哮するだけで、槍は粉々に砕け散り、溶けるように空に消えていった。
『マスター、大事は無いか』
「うん、ありがとうカムイ」
エレクは言いながら狼の頭を撫でる。カムイがくすぐったそうに目を細める。そうしていると大型犬のようにも見えるが、やがてカムイは身を翻すと、攻撃魔法を撃った魔術師と向かい合う。
『マスター、指示を』
「うん。あの人を……、叩き潰して」
『御意』
エレクが杖を構える。カムイは返事と同時に走りだす。魔術師はカムイに狙いを定めて魔法を放つ、『アイスロック』で動きを止めようと狙うが、またも咆哮一つで魔法はかき消される。その上、カムイの周辺で魔法陣が三つ、同時展開して石の槍が魔術師に向かって飛び出していった。
「なんだ、あの狼。魔法を使うのか?」
「中の上程度の魔法までだがな。土の精霊だけあって、地属性の魔法は無詠唱使い放題だ。そんじょそこらの魔術師じゃあ相手にならないよ」
狼の遠吠えと共に、宙に石柱が五つ現れる。トリアも使う『神殿の石柱』だ。石柱は時間差をつけて、まるで魔術師をいたぶるように行く先を変えて飛来する。
そして、やがて避けられない体勢になった瞬間に、カムイの体当たりが彼の身体を吹っ飛ばした。
飛ばされた先に立っていたのは、杖を構えたエレクトラだ。
「女の子だからって戦えない訳じゃないんだよ。それで、どうする?」
彼女の問い掛けに、魔術師が降参を口にする。
「勝負あり。勝者、エレクトラ=アレース」
スピナ―の声が演習場に響く。エレクはカムイを抱きしめ、喜びを全身で表わし、その目じりに涙がきらりと光っていた。
そして観覧席では、「二人目。順調ですね」とフリーダの頬の緩みは止まらなかった。




