『魔蟲・アラクネロ』の討伐4
アラクネロ編の最後です。
カイゼルは身体強化を使い続け、町中を縦横無尽に走り続ける。
ある時は路地裏を、ある時は表通りを。屋根から屋根へ飛び移り、民家の中を突っ切って、町の中を虱潰しに走り回る。
彼の背に乗ったトリアは、人を見かければ次々と圧縮呪文の中に保護して、今や鞄の中は保護された人々の箱でいっぱいになっている。
当然、魔物側にも二人の動きは察知されている。至る所からアラクネロの幼体が姿を現せるが、二人は一匹たりとも相手にしない。あくまでも町人の保護を第一目標として動き回っていた。
「トリア、まだ探索していない場所は?」
「大丈夫。そろそろ全部見終わったはずだよ」
トリアの言葉にカイゼルが足をとめる。身体強化を施しているとは言え、長時間の連続使用で彼も肩で息をしている。汗がとめどなく頬を流れ、地面に滴り落ちていた。
「大丈夫……な訳ないよね」
「俺なら平気だ。これで後はミアの準備待ちだな」
「そうだね。ここまでは陽動。ここからは足止め。ちょっとでもミアが動けるようにしないと」
「なら、ここで止まる訳にはいかないな」
僕は杖を構え、カイゼルはショートソードを構える。
僕たちが立ち止まったのは、ちょうど町の中央にあたる広場だ。隠れる場所も無く、見通しもいい。そして全方向から包囲するかのように、十数体の幼体が姿を見せてくる。勿論、その群れの奥からは、親であるアラクネロの姿もある。町人の開放が癪に障ったのだろう。一様に怒りの声をあげ、今まさに二人に襲いかかろうとしていた。
「トリア、これを」
カイゼルがトリアに小瓶を放り投げる。
「魔力回復の霊薬だ。何もしないよりはマシだろ」
「ありがたく貰うよ」
僕は小瓶の中の霊薬を一息に飲み干す。一瞬体が光ったと思ったら、少しだけ身体に力が戻ったようだ。
「それじゃあ、作戦通りに」
僕はその場に杖をつきたてると、魔力を練り上げる。足もとには魔法陣が広がり、僕の周囲をバリア魔法が音も無く取り囲んだ。
三匹の幼体が襲いかかる。しかし、彼らの牙は僕の身体には届かない。バリア魔法が彼らの行く手を阻み、僕は杖を手にじっと魔力を練り続ける。そして、僕を護るようにショートソードが幼体たちを一瞬のうちに切り捨てる。
「悪いな。お前らの相手は俺だ」
斬撃によって一瞬のうちに二体を倒すと、最後の一体を串刺しにしてから蹴りあげる。呻き声をあげながら転がる幼体を見て、取り囲んでいた幼体たちが更に怒りの声をあげた。
「『救いの手』所属、カイゼル=ディア=ライオット。ここは護らせてもらうぞ」
ここからは僕は見守ることしかできない。彼女の帰還を信じて、僕は最大の一撃を放つ為の準備を進める。
………………。
トリア達と別行動のミアは、町の地図を片手にポイントを回っていた。
地図に描かれた場所は全部で六ヶ所。町をぐるりと取り囲み、円になるように印がつけられている。
二人が派手に動いてくれているおかげで、アラクネロたちの眼は完全にミアから離れている。おかげで、難なくポイントをまわることができ、かつ中継地点としてのナイフを道中様々な場所に仕掛けることができていた。
五つ目のポイントを後にして、最後のポイントに向かう。
途中、ミアの糸付きナイフをまたいくつか町の周囲に撃ち込む。
何匹かの幼体とすれ違ったが、彼女は足を数本斬り飛ばして動けなくすると、とどめもささずに足早に町の外周をまわっていく。
もう、町の中心では戦いが始まっているのだろう。
吹き抜ける風の轟音が、外を走る彼女の耳にも届いている。
最後のポイントにたどり着く。その場でしばらく待っていると、ミアを見つけた幼体たちがやってくる。
彼女は無感情に双剣を構えると、アラクネロの一体を仕留めて、指定の場所に転がした。
その上で、幼体の身体にナイフを突き立てる。あとは最初のポイントに戻って、準備を終えるだけになった。
………………。
「唸れ、疾風。走れよ疾風」
カイゼルの声に反応するかのように、彼のショートソードが光ると、突き抜けるような突風が町の中を音を立てて走っていく。何匹かの幼体が身体を支えられずにその身を宙に投げ飛ばされ、次いでそこかしこの看板や樽などが飛ばされて、何匹かが潰されるように地に転がっていく。
呪文処理を施されたカイゼルのショートソードは、風を纏うと彼の斬撃に合わせて敵の身体を切り刻んでいく。そして、カイゼルに対しての攻撃は風が防御壁となり、彼の身体を護っていた。
「無駄だ。幼体程度の攻撃では、この風の剣を破ることはできない」
言いながら剣を一閃。カマイタチが発生し、斬撃上にいた蜘蛛を縦に切り裂いて行った。
そして、ついに幼体たちをかき分けるようにして、アラクネロが前に進み出る。その足を振りかぶり、カイゼルに向かって振り下ろす。
風の防御壁をものともせず、毒を含んだ爪が彼に襲いかかる。
一撃でも当たれば、カイゼルと言えども動けなくなるだろう。彼は剣で足を受け止めるが、反対側の足の動きを見て、地面を転がるように攻撃をかわす。そこに周囲の幼体が蜘蛛の糸を飛ばしてきて、カイゼルは再び風の防御壁でそれらを吹き飛ばした。
………………。
カイゼルの頬を汗が伝う。身体強化魔法、連続での戦闘行為、着々と彼は追いつめられている。
普段ならここまで押されれば、とっくに撤退を選んでいる状態だ。
もう町には誰も残っていないだろう。ここで町を放棄して逃げても、討伐依頼としては失敗になるだろうが、多くの町の人々を救った功績は認められるだろう。だが、彼も賭けてみたかったのだ――。
彼がチラリと後ろを見れば、障壁の中で魔力を練り、詠唱を始めているトリアがいる。
一度は心を折られた少年が、もう一度、自分の力を信じて立ちあがろうとしているのだ。
彼の目指す騎士道として、トリアの心意気を無駄にすることなど断じてできなかった。
「かかってこい! ここが貴様たちの死に場所だ!」
柄にも無くカイゼルが吠える。風が唸り、斬撃が町の中を走り抜けた。
………………。
そして、僕らの元に、一本のナイフが投げられた。
ナイフは僕の眼前に刺さり、日の光を反射している。投擲したであろう場所を見れば、肩で息をしているミアが、民家の屋根から頬笑みを返していた。
(待たせたな)
伝達魔法で頭の中にミアの言葉が響く。
一度だけ頭をふって答えると。ナイフを握りしめる。刃が掌に食い込み、血が滴る。それでも、成し遂げてくれた二人に、僕は最大の力で持って答える責任があった。
「走れよ、魔力。糸によって伝えよ意志よ。力よ廻れ、廻り廻って、かたちを成せよ」
光の奔流がナイフにつなげられた糸を伝って走る。
光はミアが各ポイントに刺してくれたナイフを目指し、町を取り囲むように走っていく。それだけでも一気に僕の精神力が削られていく。だが、同時に別の力が僕の身体を支えてくれている。
見上げれば、ミアの身体も光に包まれている。そして、各ポイントにはささげられたアラクネロの幼体たちの身体からも、光が取り込まれている。
魔物は魔力を持っている。それは、成体でも幼体でも違いは無い。
僕は僕自身の足りない魔力を、契約者のミアから、そして敵であるアラクネロたちからもかき集めることで、ようやく一つの魔法をかたちにするのだ。
けれど『氷点の世界』を発動できるだけの魔法には届かない。ならばせめて、氷で持って彼らを捕え、最後の一撃につなげる為の魔法を選べばいい。
僕だけの力では届かない。僕の魔法だけでは届かない。ならば、僕の魔法を足場にして、僕たちの攻撃を届かせる為の一歩と成す。
「廻れよ魔力よ、広がれ氷よ、かの者たちに氷なる永遠の牢獄を――『氷点の大地』!」
僕を中心に魔法陣が広がる。同時に、町を取り囲むように設置されたナイフの元にも魔法陣が広がる。
魔法陣を中心として氷結が広がっていく。氷の奔流は建物を飲み込み、地面を覆い、全ての幼体たちを氷の牢獄の中へと閉じ込めて行く。捕縛などと言う生易しいものではない。完全な氷漬けだ。
間一髪で、僕のバリア魔法の中に入っていたカイゼルが、汗をぬぐう。
今さっきまで死闘をかわしていたアラクネロでさえ、全身を氷に覆われて動きを封じられている。
それでも無理やり足を振りおろそうとして、凍りついた足だけが砕けて崩れ落ちていく。
「俺たちの勝ちだ」
カイゼルが半身になり、右手に持ったショートソードの切っ先をアラクネロに向ける。
『剛閃剣』
次の瞬間には、アラクネロを通り過ぎたカイゼルが、剣を振り切った姿勢で肩で息をしていた。氷の世界の中、白く曇った吐息が、空へと溶けて行く。
そして、彼の背後ではアラクネロの身体が真っ二つに割れて、崩れ落ちて行ったのだった。
トリア、ミア、カイゼルの組み合わせ、
けっこう楽しかったです。またやってみたいですね。




