幕間
2と3の間くらいの話です。
トリアート=ニボックルスは彼の友人と帰っていった。
ヤエト=マキュレイは深々と溜息を吐きだし、空になったグラスに酒を注ぐ。今は亡き恩人に、そして良き友に思いをはせながら、ちびりちびりと酒を飲んでいた。
街にはいつの間にか夜の帳が下りている。遠くに雷鳴の音が聞こえる。空気がしっとりと湿っているのを感じて、雨がそこまで来ていることを肌で感じる。
何故だか、今の自分の心境にぴったりだな、なんて考えていた。商人としては考えられないほど、センチメンタルになっている。今日の残った仕事は息子と娘に任せたきりになってしまった。
こんなことではいけない。空になったボトルを片付けようと立ち上がる。
ノックの音が店に響いた。
「ヤエト=マキュレイさんですね」
いつの間にか雨が降り始めていた。黒いマントに黒いフード、少し雨に打たれたのか髪からは水滴が滴り落ちていた。二人の長身の男が露店のテントの前に立っていた。
「あなたたちは?」
「トリアート=ニボックルスの仲間、と言えば分って貰えるだろうか?」
「彼の……。どうぞ、入ってください」
ヤエトは彼らをテントの中に招き入れる。彼らがフードを取る。
「俺の名前はサイト=レオンハート。昼間にここを訪れた娘の兄で、こいつはカイゼル=ディア=ライオット。近郊の貴族の三男だ」
「貴族の。しかし、トリアさんの仲間ということはハンターと言うことですよね」
「そうだ」
「相手が貴族なら、私が話を訊くとでも?」
「ハンターと言う職業にいい印象を持っていない上、トリアがハンターをしているのは面白くないはずだ。父親の後も継いでいない道楽息子、なんて思われても仕方ない」
二人の間を険呑とした空気が流れる。だが、先に笑みを浮かべたのはヤエトだった。
「そうですね。世間はそう見るかもしれません。ですが違うのでしょう?」
「少なくてもあいつは真面目にやっているつもりだからな」
「試すような真似をして申し訳ありません。職業柄、交渉相手の値踏みは日常茶飯事でして」
「気にするな。俺たちも職業柄、試されるのは慣れている。ちなみに、カイゼルの出自を明かしたのは、黙っているのはフェアではないと思っただけだ。名乗れば、身分がバレるのは当たり前だからな」
ヤエトに椅子に着くように勧められるが、サイトはすぐに出て行くと言ってこれを断る。それどころか、彼は床に手をつき、その額を床にこすり付けた。カイゼルは何も聞いていなかったのだろう、ただそこに立っている。彼らの行動に目を丸くしたのはヤエトだった。
「あなたをトリアの理解者になりうる方としてお願いがある」
「サイトさん、何を」
「俺は故あってこの世界の常識が足りない。けじめとして、これしか俺は思いつかなかった」
サイトはその姿勢のまま言葉を続ける。
「トリアがハンターになったのは、俺が生きる道を示したからだ」
「どういうことでしょう? 私には話が見えません」
「あいつは、両親を殺されてからは抜け殻のようになっていた。それこそ、生きるのを拒もうとでもするかのようだった。だから俺が憎しみを教えた。復讐を動機づけた。その上で戦いを教え続けていた」
「そうですか。それで今日の彼があるのですね」
ヤエトが拳を握りしめる。
「いえ、何も言えませんね。私とて、今日まで何も知らなかった身です。この私に何ができるのです?」
「トリアに生き方を示してほしい。俺がトリアに生きる為の動機を与えた。だが、もう復讐など無くてもあいつは生きていけるんじゃないかと、俺は思っている」
「復讐を忘れさせる、と?」
「そうだ。このままではあいつの生きる道に血は流れる。それじゃああいつはいつまでも解放されない。例えば商売のノウハウを教えることで、復讐ではなく両親の意志を継ぐ道を残すことはできないだろうか? これは『転生者』や貴族、ハンターにはできないことなんだ」
「それで私が生き方を、商人としての道を教えるということですね」
ヤエトは口にしながら考える。だが、どれだけ考えても現実的ではなかった。
「サイトさん、顔をあげてください。私とて、あなたの願いを訊き届けたいという気持ちはあります。けれど彼はハンターを続けるでしょう? 商人とはハンターと両立できるほどやさしい道のりではない。リエトの忘れ形見の力にはなりたいが、彼がハンターである限りは私は力にはなれません」
「そうとは限らないんじゃない?」
ヤエトがサイトに断りを入れようとした時、テントの中にやってきたのはフリーダだった。彼女は眼鏡に手を添えてサイトを診る。それだけで、今がどれだけ異常な状態なのかがわかったのだ。
「お父さん、私に任せてくれませんか? サイトさんが力になるのなら、私は彼の生き方を変えることはできなくても、道の選び方は変えることができますよ」
フリーダはそう告げると、彼女なりの方法を三人に提示するのだった。




