巨獣『赤灰熊』の討伐3
今回の話、エレクがちょっと多いです。
ミアの活躍もそろそろ書きたいものです。
僕たちが河原に上がれたのは随分流された後だった。
ずぶ濡れになり、重くなった服。僕はエレクの肩を抱くように歩く。
随分と長い間流されていた。エレクは疲れきっていて、歩くだけでやっとだった。身体が冷えきっており、カチカチと歯を鳴らしていた。
「とにかく、どこかで休憩しよう」
僕は周囲を見渡す。いつの間にかポツリポツリと雨が降り始めている。一刻も早くサイトたちと合流したいけれど、もう日も暮れ始めている。無茶はできない。魔物に襲われる可能性もゼロじゃない。
せめて木の陰か洞窟でもないかと探していると、ボロボロになった小屋が立っているのに気がついた。
「もしかして『セーフハウス』じゃないかな?」とエレクが小屋を見ながら呟く。
見れば、小屋の看板にハンターギルドの印が彫られている。
セーフハウスは各地の森や谷の近くに建てられた。全てのハンターが共通で使える拠点のようなものだ。ほとんどが先達のハンターたちが建てた小屋で設備もまちまち。だが、雨露を凌ぎ、夜明けを待つまでには最高の休憩場所だった。
「誰かいるかもしれない。入ろう」
僕たちは連れだって小屋の扉を開ける。中には誰もいない。ただ、度々使われているようだ。少し埃っぽいだけで、中は綺麗に整えられていた。
暖炉に日をつけて、服を脱ぐ。代えの服が無かったが、小屋の中にあった毛布をかりて、僕とエレクは休息をとることにした。
………………。
「起きた?」
暖炉の火にあたりながら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
目を開けると、すぐ上にエレクの顔があった。膝枕されていた。
「あ、ごめん。エレク。すぐ起きるから」
言いながら立ちあがろうとする。そこで、自分が毛布しか身につけていなかったことを思い出す。
エレクはと見ると、彼女はもう着替え終わっていた。
「えへへ、風邪魔法と暖炉の火でちょっとね。トリア君のも乾いてると思うよ」
照れたように彼女の言葉に、僕は自分の服を取る。確かに僕の服も渇いていた。
「あ、ありがとう。すぐ着替えるから、ちょっとあっち向いててね」
「あ……、うん。ごめんね」
二人とも無言で、衣擦れの音だけが部屋にする。何だかとても気まずかった。
「お待たせ。ごめんね、僕だけ寝ちゃって」
「ううん。私もちょっとだけ寝てたし。トリア君はあんなに凄い魔法を使ったんだもの。疲れてたんだよ」
「あぁ、サイトの魔法のマネだったんだけどね」
パチパチと炎の爆ぜる音。その音にまぎれて、小さなおなかの音がした。エレクが頬を染めていた。
「ち、ちがうんだよ。これは、そのね、なんというか……」
「そうだよね。昼から何も食べてなかったしね」
「そうなんだけど、これはたまたまで」
「ご飯にしよっか」
「ちがうの」
顔を真っ赤にしているエレク。僕はサイトにもらっていたガラス玉を取り出す。携帯用ナイフの柄で割ると、中からは非常用の干し肉やスープの素が出てきた。
「エレク、お湯の用意お願いしてもいい?」
もう一つガラス玉を割って、いくつかの皿や鍋を取り出す。鍋を受け取りながら、エレクはちょっとむくれていた。空気中の水分を集めて、鍋の中に発生させる。火の玉を入れれば、あっという間にお湯のできあがりだ。魔術師ならではの料理の準備だった。
「トリア君はデリカシーが足りないよ」
「ごめんごめん。なんだか面白くて」
「いじめっ子だ。ミアちゃんに言いつけるんだから」
「あ~……。それはほんとにごめん。許して」
ミアが双剣を持って無表情に怒っている様子を想像する。エレクがいじめられた、なんて訊いたら、蹴り飛ばされるか斬りかかられるか。命がいくつあっても足りなそうだ。
そんな話をしながら、二人でパンと干し肉を食べる。非常に味気のない食事だったが、この非常時には仕方なかった。
「サイトさんたち、大丈夫かな」
パンを手にエレクが呟く。僕はハハッと笑って答えた。
「サイトたちなら大丈夫だよ。エレクだってサイトの強さは良く知ってるでしょ。それに、あっちにはミアもマイトも、カイゼルだってついているんだ。レッドグリズリーの討伐なんてとっくに終わって、今頃は僕たちを探しているかもしれないよ」
「そうだよね。なんてったって魔人さんだもんね」
「あれはサイトの冗談だったけどね。でも『転生者』っていうのはやっぱり特別なんだと思う」
言いながらサイトの魔法を思い出す。僕のつくりだしたバリア魔法は、ゴーレムの拳一つでヒビが入り、水に落下した衝撃で砕けた。サイトならどちらも完全に防げていただろう。
「僕じゃあ、まだまだなんだなって思うよ」言いながらスープを飲む。するとエレクがクスリと笑った。
「トリア君でもそんな風に思うことあるんだね」
「どういう意味?」
「ん~……、うまく言えないけど。トリア君ってカイゼルさんとマイト君の戦いの時とか、すっごく頑張ってたじゃない。ああいうの見てると、やっぱりトリア君も凄いんだなって思ったんだ。他にも、ミアちゃんとマイト君との契約身体強化、土魔法、氷魔法とか。いっぱいできること多いし」
「そんなことないよ。僕はサイトに教えてもらってるからできることが多いだけで」
「できるのはトリア君で、頑張ったのはトリア君じゃない。私はそれが凄いと思うよ」
エレクの言葉に僕は頬が熱くなるのを感じる。
「トリア君って、どうしてサイトさんに魔法を教えてもらうことになったの?」
「え?」
「ハンターになった理由っていうか、そういうの。良かったら教えてよ」
「そうだな……。あんまり聞いてて面白い話じゃないよ」
「訊いちゃ駄目だった?」
「そういう訳じゃないけどね。ミアも、サイトも知ってることだし」
言いながら僕の脳裏に浮かんだのは、暗闇に包まれていた納屋の思い出だった。
「僕がまだ5歳くらいの頃のことだったんだけど、僕の父さんと母さんは盗賊に襲われたんだ」
僕の両親はベルベックの街で商店をやっていた。小さい商店だが、それなりの稼ぎがあったらしい。けれど、ある日の夜に複数人の強盗に襲われて、店に置いていた金と両親の命が奪われた。僕は店にいた他の人によって納屋に隠されて事無きを得た。
「僕は小さかったからほとんど覚えてないんだけどね。父さんたちがいなくなってからは叔母さんが僕の面倒を見てくれたし、ハンターになった今でも時々は様子を見に来てくれてるよ。まあ、今はほとんど一人暮らしみたいなもんだよ」
事件のあった当時の僕は、今の僕からは想像も出来ないほど塞ぎこんでいたらしい。いきなり両親を失ったんだ。当然と言えば当然だ。部屋から一歩も出ずに、何も食べず、眠れず、何も考えられない日々を過ごしていた。
そう。あの日――、サイトが手を差し伸べてくれるまでは。
「お前がトリアートだな。力を貸してくれ、俺にはお前が必要なんだ」
そんなことを言いながら、サイトは僕の部屋のガラスを蹴破り現れた。
今考えてもおかしいと思う。転生者のサイトにとって、僕なんかは取るに足らない存在だった。おまけに僕を連れ出したサイトがやったことと言えば、当時虐められていたミアを助け出すことだった。
「って言っても、ミアを虐めてた子たちは、たぶんミアの事が好きだっただけだったんだけどね。小さかったサイトが風魔法で子供たちを空に浮かせて、僕がミアの手を引いて逃げて、そんなのが始まりだったよ」
僕が笑い話でもするかのように話をしていると、となりからすすり泣くような声が聞こえた。エレクがしきりに目元をこすっていた。
「ちょっ、なんでエレクが泣いてるんだよ」
「だって……、そんなことがあったなんて知らなくて。なのに私、能天気に訊いちゃって」
「だからってエレクが泣く必要なんかないじゃないか」
ぽろぽろと涙を流すエレク。僕は彼女にハンカチを差し出すと、スープでも飲むようにすすめる。ちょっと落ち着いたのか、目元を赤くしながら鼻をならしていた。
「えっと、それでね。僕がハンターをやろうって思ったのは、サイトが誘ってくれたのが半分。でも、もう半分は両親を殺した盗賊を探しだしたいっていうのが半分なんだ」
「お父さんたちの仇を討つの」
エレクの言葉に僕は頷いて返す。
「僕は復讐したいんだと思う。手掛かりなんて無いし、何人いて、どんな奴らかもわからないけどね。それでも、僕がこの手でしなきゃいけないことなんだ。これが僕がサイトに魔法を教わったきっかけで、ハンターを始めたきっかけだよ」
「トリア君。でも、それは……」
エレクはまだ何か言いたそうにしていたが、僕は彼女の言葉を遮った。
「明日、雨が止んだらサイトたちに合流しないとね。今夜はもう休もう」
毛布にくるまり横になる。エレクの声が聞こえた。それからしばらくして、彼女の寝息が聞こえてきた。僕は目を閉じていたけれど、なかなか睡魔はやってこなかった。




