巨獣『赤灰熊』の討伐2
曇天の道、僕たち『救いの手』はライレッジ渓谷へとやって来ていた。
渓谷は僕たちの住むスピナ王国の南端にあたる。東西を山に挟まれ、山間の渓流沿いに道が出来上がっている商業ルートが存在する。
南の友好国・シバリア王国とは多くの商人が出入りしており、険しい山道を避ける商人は、必然的に渓流沿いの商業ルートを利用することになる。その為、盗賊やオーク、オーガなどの商品目当ての賊が発生しやすい地域ではあるのだが、両王国の商業ギルドが互いに資金を出し合いながら、それらの討伐依頼をハンターギルドに依頼していた。
「渓谷に出るのはだいたいはオークや普通の獣くらいみたい。他にも角ウサギや怪鳥なんかも出るらしいけど、オークや怪鳥くらいなら、複数人のハンターの護衛がいるのを目にしただけで、商隊を襲おうなんて思わず、逆に避けて行くくらいらしいよ」
先頭を行くサイト・マイト・カイゼルに少し遅れ、僕とミアはエレクと歩調を揃えて歩いていた。その間に、僕はギルドで仕入れた渓谷の情報を二人に話していたのだ。
ミアは「そうか」や「なるほど」なんて言っていたが、あんまり頭には入っていないだろう。
エレクに至っては歩くだけで目いっぱいみたい。額に汗がにじんでいた。
「エレクちゃん、大丈夫か?」
「うん。これくらいは平気だよ。今までも、これくらい歩いたことはあったし」
心配そうなミアに微笑んで返すエレク。だけど、あんまり大丈夫そうではない。実際にレッドグリズリーが出てきた時に疲労困憊では話にならないので、サイトが何度か休憩を入れてくれていたが、あまり道が整えられていない渓流沿いに入ってからは、ますますエレクは歩きにくそうにしていた。
「サイト、あったぞ」
しばらく道なりに歩いていると、目的の足跡を見つけたらしく、カイゼルが立ち止まっていた。
大きな獣の足跡が道を横断するように続いている。足跡は渓流から森の中に向かうように続いている。カイゼルが足跡に触れる。
「比較的、新しい足跡だな。追うか?」
「闇雲に探すよりはいくらか効率的だな。追おう。だが、その前に『索敵』」
サイトが唱えると同時に、魔力の波が周囲に広がる。しばらく待つと、サイトが森の向こうを見て止まる。
「少し距離はあるが、この先に巨獣の反応があるな。数は一体」
「今の魔法でわかるのか?」
「ソナーって言ってもわからんか。魔力の波で人・動物の反応をあぶりだした。おおよその距離と方角くらいならわかる」
「相変わらず規格外な奴だ」
転生前の知識を使っての魔法なのだろう。いちいち驚かないカイゼルも慣れたものだが、マイトは何を言っているかもわかっていないようだ。
「とりあえず足跡追えばいいんだろ?」なんて言っていた。
「ここからは隊列を作って進もう。見つけるのはまだ先だと思うが、森の中では襲われる可能性も高い」
サイトの言葉に従い、先頭に仕事に慣れているカイゼル、サイト。中心にミアが護衛を務めるかたちで僕とエレクの魔術師組。そして、最後尾にマイトがつく。
サイトの索敵結果と、カイゼルが足跡や痕跡を追う形で森の中を進んでいくことになった。
………………。
そうして、どれくらい進んだだろう。
いつの間にか森が開け、谷のような場所にたどり着く。カイゼルは折れた枝や僅かに残っている足跡を追っていたらしいが、植物もあまり生えていない谷では、痕跡は期待できなさそうだ。
「俺たちが追っていることに気づいたか?」
「可能性はゼロじゃないが……。いや、進もう」
カイゼルの言葉にサイトが逡巡する。
谷沿いを進んでいく。ちらっと谷底を見ると、勢いよく川が流れている。随分と山を登らせられた。
「まあ、森の中での戦いにならなくて良かったじゃねえか。森じゃあ俺の剣も振り回しにくいし、サイトやトリアだって炎の魔法は使えないだろ。その点、谷ならまだ戦いやすい」
マイトの言うとおり、山火事とかを考えると、森の中では僕やサイトは魔法の制限がある。植物の少ない谷なら多少は大丈夫そうだが、もう一つの制限がありそうで、僕は少し心配していた。
「サイト、もう一度索敵をするか?」
「いや、その必要は無さそうだ」
僕たちの進行方向。サイトの視線の先に、そいつは立っていた。
いくつかの大岩の置かれた少し開けた場所。
僕たちを待ち構えるかのように後ろ足で立つ。大きさは5メートルはあるだろうか。見下ろすかのような深い黒。その体毛は赤く燃えているかのようで、口元からは牙がのぞいている。そして、どこか僕たちを見てニヤリと嗤っているように見えた。
レッドグリズリー。巨獣としても最大種のそいつは、牙を剥き、爪を構えていた。
「どうやらおびき出されたようだな」
「ここを選んだのはあいつって訳だ」
剣士組がそれぞれ剣を抜き、僕とエレクも杖を構える。
「ぐおぉぉぉおおおおおおお!」
僕たちに向かって咆哮する。次の瞬間には、爪を構え襲いかかってきた。
「前面は俺とカイゼル、マイトも攻撃参加。トリアは後方から攻撃魔法、エレクは防御魔法で援護だ。ミアは中間距離からナイフで牽制してくれ」
サイトの指示に合わせて、それぞれが動き出す。すぐにエレクの防御魔法が発動し、サイト、カイゼル、マイトの三人の足もとに魔法陣が広がる。白い光をまとった三人が、三方向から斬りかかった。
僕も氷魔法の詠唱を開始する。足場の限定された谷では、僕の得意としている石や土の魔法は、自分たちの足場を削る可能性がある。
『アイスニードル』
僕が詠唱を終えると空中に現れた氷の針がレッドグリズリーの目と顔に向かって飛ぶ。体毛に阻まれてほとんどダメージは無いだろうが、おもわず顔を防いだ右腕側にいたマイトの大剣が、レッドグリズリーの胴を叩いていた。苦しそうにうめき声をあげる。
だが、次の瞬間、状況は一変した。
僕の魔法に反応したかのように、近くに置かれていた大岩が動き始める。その数、四体。岩が人の形をとり、拳を握ると僕たちに襲いかかってきたのだ。
「こいつら、ロックゴーレム」
カイゼルの反応が驚きで一瞬遅れる。そこにレッドグリズリーの爪が襲いかかったが、マイトが大剣で爪を受け止める。サイトがホールドしていた魔法を放ち、三人に襲いかかって来てたゴーレムの二体を氷の槍で貫いていた。
問題は僕たちだ。僕たちの目の前にも二体のゴーレムが迫っている。
「身体強化、契約執行、30秒」
僕の言葉に合わせてミアの身体が燐光に包まれる。ミアが双剣をもって、一体の攻撃を受け止める。しかし、もう一体のゴーレムが僕とエレクに迫る。
「こっちだ!」
エレクの手を引いて下がる。背後は崖になっている。詠唱は間に合わない。
ゴーレムがすぐそこで拳を握っている。
「トリア! エレク!」
サイトの声が響く。カイゼルが僕たちに向かって走る。だが、間に合わない。とっさに僕は――。
「バリアァァァーー」
サイトの障壁魔法を見よう見まねで使っていた。
不可視の壁が僕とエレクを守るように展開した。一瞬だけ、ゴーレムの拳を完全に受け止める。徐々に障壁にはヒビが走っていく。僕は詠唱を続ける。
「ストーンエッジ!」と唱え慣れた最大の攻撃魔法を放つ。だが、これが問題だった。
石の槍が障壁ごとゴーレムを貫いていく。その瞬間、僕とエレクのいた足場が崩れた。二人の身体が崖下に向かって投げだされる。僕はギリギリでエレクを抱き締める。眼前には水面が迫る。
「バリア!」
もう一度障壁を展開し、エレクを守るように水面に飛び込む。障壁はすぐに割れて消えたが、僕たちはほとんど衝撃を受けずに水の中に飛び込むことができた。
そして、僕とエレクの二人は流れに押されて下流へと向かって行った。




