嫉妬
「な、なん、で?」
少女の喉からは、細く震えた声が出る。彼女の目の前には、彼女と同じ年頃の少女が一人。
二重の瞳は大きなアーモンド形、癖の一つも無いまっすぐで艶やかな髪、白磁のような白く滑らかな肌に、薔薇色の頬。全体的に華奢で、どこか護ってあげたくなるような外見の、美しさと可愛らしさを兼ね揃えた少女だ。
「なんで、って……」
美しい少女は、花のつぼみのような、薄く色づいた柔らかな唇で、鈴を転がしたような声で返す。
「貴女が嫉妬したんじゃない」
嫉妬とは、砂糖菓子のようなものだ。
どんどん、どんどんと積み重なって、濡れれば溶けて、ねっとりと絡み付く。まるで恨み言のように。
砂糖菓子のような嫉妬は、紛れもなく少女から飛び出たものであった。
美しい少女を目の前に、彼女は思い出していた。己の、最近の「嫉妬」と、「異変」を。
「確かに、嫉妬した……けど……」
一人に嫉妬すれば、角砂糖一個分。二人に嫉妬すれば、角砂糖二個分。
ぽこぽこと飛び出た嫉妬は、やがて人を模った。
自分から出た出た嫉妬が、目に見える形で外に放出されている事には気が付いていた。部屋の隅に、どんどんたまっていった事も分かっていた。
けれども、これは想像していなかったのだ。
「あたしが嫉妬した全てを詰め込んだ、完璧人間が出来るだなんて、誰が想像できるのよ!」
「そうね、きっと誰にも出来ないわ」
美しい少女――嫉妬は微笑みながら答える。
「で、でも、う……嘘よね。ありえない。ありえるはず、ないもの」
「証明、して見せましょうか?」
少女が狼狽えているのを余所に「嫉妬」は微笑みながら、動いた。
そして優雅に紅茶を淹れると、少女にティーカップを差し出す。
美しい指先はティーポットに触れ、少女の目の前の白いカップは、ポットから吐き出された赤い液体で満たされた。
「……酷いものね」
少女は涙を浮かべて、置かれた紅茶を睨む。染まる赤と濁る視界。
「あたしが上手に淹れられないって、知っていてこうするんだもの」
カップを手にって、一口啜る。華やかな香りは、本来であれば癒しの効果もあっただろう。
だが、今は違う。
「お茶菓子も、少し作りましょうか?」
「いらないわ……」
ティーカップをぐっと握って、少女は頭を振る。
少女は一重瞼の小さな瞳だった。
少女は癖っ毛だった。
少女の肌は弱く、所々かさついていた。
少女は華奢でなければ、護ってあげたくなるような姿でもない。
少女は美しくは無い。可愛らしくも無い。見る人によっては違うのだろうが、少なくとも少女本人はそう思っている。
少女の唇は、少女の理想とする物ではない。
少女の声はやや低くて、鈴を転がすような物ではない。
少女は紅茶を美味しく淹れられない。
少女はお菓子を作れない。
少女は……少女は……。
「何にもいらない。貴女からは何も与えられたくないの!」
少女は、握ったティーカップを「嫉妬」に投げつけた。
己が今まで嫉妬してきた物を、まざまざと見せつけられるのは苦痛でしかない。
「嫉妬」は「きゃっ」と声を上げる。カップからこぼれた紅茶は、「嫉妬」の足を溶かした。
「酷いじゃない……私は、貴女が好きなのに」
「嘘」
「嘘じゃないわ」
「嫉妬」は足を溶かして倒れ込む。
「たとえ届かなくても、ずっとずっと……貴女を想っているわ」
かかった紅茶は「嫉妬」を溶かす。砂糖は溶けるように出来ているのだから、砂糖のように出来た嫉妬も、きっと溶けてしまうのだ。
「だって私、嫉妬からできたんだもの。私自身が嫉妬の塊なのよ」
少女はティーポットを手にすると、倒れ込んだ「嫉妬」を見下ろす。
「私は貴女になりたかった。貴女は……本当に私になりたいって、思ってくれた?」
「嫉妬」の問いかけへの答えは――
「……わからない」
少女はティーポットを傾ける。
彼女の中から、嫉妬心は消えていた。
「でも、嫉妬ばかりはしていられないって、分かったから」
「そう」
「嫉妬」は満足そうに微笑む。最初からそうしていたように。
少女が傾けたティーポットからは赤い液体がこぼれ――やがてその美しい「嫉妬」は溶けてしまった。
後に残ったのは、赤く染まった、べとつく液体だけ。
少女の足に絡み付くように広がったそれを、少女は「仕方がない」と受け入れた。