目指せ、転生チート!(三十と一夜の短篇第19回)
〜木の上で迎える朝〜
朝、目を覚ます。
木の葉から伝い落ちてきたしずくを払い、着衣を整える。えり……はないから、ピシリと伸ばすのは腰に巻いた獣の皮だ。シロウトの自作だからしわくちゃのごわごわでちっとも伸びやしないけど、仕方ないよね。
顔を洗いに行くため、寝床がある木の上からおりる。身だしなみって、やっぱ大切だからさ。
ほんの少し前までは、俺も仲間たちと同じように素っ裸で顔も洗わず暮らしていた。肉食獣の食べ残しを漁ったり、木の実を取って食べてた。
だけど、気づいたんだ。
雷が落ちて、山が燃えた日。とんでもない音と光に包まれながら、俺には前世の記憶があるってことに気がついたんだ。
山から逃げる群れの中、母親の背中にしがみついて、押し寄せる記憶に持って行かれそうになる意識と必死で戦った。
それからはもう、戸惑いの連続だよ。
どうして俺は毛むくじゃらの手足で四足歩行してるのか。どうして仲間はみんな服を着ないのか。どうして誰も体を洗わないのか。どうしてどこにもトイレがないんだ。
それを聞こうとして、聞くための言葉を持たないことに驚いた。いや、言葉がないわけじゃない。危険を知らせたり、甘えたりっていう感情を示す鳴き声はある。
そう、鳴き声なんだ。どう喚いても、猿みたいな鳴き声やゴリラみたいなうなり声しか出せない。満足に意思も伝えられない自分に失望した。
でも、失望してても腹は減る。
そしたら、ものを食べないわけにはいかない。だけどさ、いくら腹が減ってても、さすがにどっかから拾ってきた生肉を食べる気にはなれない。せめて火は通しておきたいじゃないか。
それで食べるのをがまんしてたら、母親が心配するわけだ。
そんで、木ノ実ならまあなんとか食べられるな、と思ったんだけど、それが伝えられない。
言葉がないってほんと不便。
木ノ実を拾うまねしても伝わらないし、その辺の木を指差してもだめだった。新しい住処の周りは木が少ないせいで、自分で拾ってくることもできない。
結局、たまたま木ノ実を見つけた仲間のとこに走って行って、甘えた鳴き声で譲ってもらうことができたんだ。
木ノ実なら食べるって気づいた母親は、せっせと木ノ実を集めてくれた。その点はほんと助かった。
でも、新しい住処は無理だ。
燃えてしまった山の住処と似たような洞窟が見つかって、仲間はすっごい喜んでたけど。俺はぜったい無理だ。
だって、地面に雑魚寝だよ?
自分たちで掘ったわけじゃなくて、偶然できた洞窟だからそんなに広くないし壁も床もただの土で出来てて、すぐ体が汚れるってのは百歩譲って我慢するとしてさ。
あいつらときたら、風呂なんて入りやしないんだ!
いや、風呂はないから入らないのは仕方ないのかもしれないけどさ。でもな、だったら体を拭くとかさ。川に入って汗を流すとかさ。なにかやりようがあるだろう?
だというのに俺の家族やその仲間たちは、体を綺麗にしようって気もなく、服を着ることもない。
そんな奴らが狭いところに集まるわけだから、洞窟がめっちゃ臭い。臭いの源因たちと雑魚寝なんて、我慢できるわけがない。
だから、俺はひとりで木の上に寝てるわけ。
そうそう。この寝床、作るのになかなか苦労したんだよ。ナイフなんてないし、木の板やロープもないもんだから、良さそうな枝を拾ってきては木の上に運んでさ。
そもそも、その前の場所選びが大変だった。
俺が登れるくらい太い木で、ほどよく枝が伸びてて葉がしっかり茂ってなきゃいけない。しかも、肉食獣が届かないところに寝床を作れなきゃいけない。
その上、洞窟からあんまり離れてない場所で、ってなると、なかなか難しい物件だ。
それでも、あんな汚くて臭い洞窟に寝てられないから、頑張った。
洞窟に連れて行こうとする母親の手から逃げて、どうにかこうにか条件に合う木を見つけて。寝床が完成するまでは、洞窟の入り口のあたりで寝てた。そのころは、葉っぱを腰に巻いてたな。あれは心もとなかった。
通いで木の上の寝床を作ってる途中で、気がついたんだよ。仲間が食べた後の獣の皮が、放ってあることに。
どうしてもっと早く気がつかなかったかな。俺は木ノ実ばっかり食べてたから、仕方ないんだけど。
腐りかけの皮はひどい匂いだったから、とにかく川で洗ったんだ。毎日のように水浴びしてたから、川の場所は知ってたし。
それで、臭くなくなるまで川にさらしたやつが、俺の腰巻きってわけだ。たぶん、この世界の服第一号なんじゃない?
ここでの暮らしは最低っていうか、動物の生活みたいで最低以下なんだけど。でも、それって逆にすっごいチャンスなんじゃないかって、気がついたんだ。
服を知ってるやつがいないなら、俺が服を生み出せばいいわけだ。
火の扱いを知らないやつらに火を教えてやったら、神さま扱いされちゃうんじゃない?
石器も俺が見つけちゃって、畑作ったり、獣を捕まえちゃったりしたら、もう俺ってば人類の進歩に貢献しすぎじゃない?
ハーレム……は、ここの女の子みんなちょっと毛深すぎて好みじゃないからいらないけど、転生チートはありだよね。
過去転生っていうの? 転生したのが人間じゃなくって人間になる前の猿みたいだったのはちょっと残念だけど、でも、そのぶん知識チートができるわけだし。
みんなに崇められちゃって、このあたりの王さまになっちゃったりして! うはー、夢が広がるー。
さあ、そのためには、今日も張り切って二足歩行の練習を頑張って、石器探しと火おこしだ! みんな、待ってろよ。おいしい焼いた肉、食べさせてやるからな!
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群れにおかしなやつがいる。そのせいで、仲間が落ち着かない。
おかしなやつといっても、姿形は群れの仲間と変わらない。ふつうの子どもだ。乳を飲み、母親にしがみついて暮らしている間は、ほんとうにふつうの子どもだった。
それがおかしなことをはじめたのは、山が燃えたときが始まりだった。
強い雨と風。空から、光が落ちて来た。体を震わす衝撃と音。
目を閉じて、開けると、山が燃えていた。
強い光にくらむ目を雨が打つ。その雨に打たれても消えない火に、うろたえる仲間。混乱する群れをどうにかまとめ、住み慣れた山の洞窟を捨てて平野を走る。どうにか逃げて、新しい洞窟に身を隠した。
それからだった。子どもがおかしなことをはじめたのは。
はじめは、肉を食べなくなった。
住処が変わったせいかと思っていたら、木ノ実は食べる。子どもの母親がせっせと木ノ実を集めている。
それから、群れを離れるようになった。
群れを離れて何をするのかと見ていたら、木の葉を体に巻いたり枝を拾って引きずって歩く。
そのまま群れを出るのかと思ったら食べ物だけは取りにきて、群れを離れて過ごす子ども。
洞窟に入らず木の上で眠り、獣の皮をまとって川につかり、おかしなことばかりしている。
子どもをかばうから見逃してきたが、もう限界だ。
このごろ石を叩いたり木をこすりあわせてばかりいる姿に、母親も戸惑っているようだ。
だが、まだ子どもだ。しばらくすれば、まともに暮らすようになるかもしれない。それまでは様子を見よう。もし成長してもあのままならば、そのときには母親をなだめなければならない。
群れが生きていくには、皆で協力しなければならない。木ノ実拾いもせず、食べ物を食べるだけの者は、群れに不要なのだから。
いまはまだ、見守ろう。
一度は書いてみたかった転生ものです。
時代をさかのぼる逆行転生タグは、あえて付けていません。原始時代みたい、という感想は、主人公目線での話ですので。
しかし、転生ものは考えても考えてもハッピーな話にならない不思議。