4.爆弾
「あーあ」
少し冷たい風が吹く昼下がり。1人の娘がぽつりと、そう零す。面倒くさそうに、暇そうに、彼女は欠伸をした。
「つまんないなあ」
娘はそう言って、はあ、と溜め息を吐いた。あからさまな感情表現である。
娘は、街を歩いていた。街はいつも通り、平凡に賑わっている。楽しそうな談笑が、きっと空にも聴こえるだろう。
白いブラウスに、黒と白のチェック柄のロングスカート。真っ黒な髪は歩く度に揺れて、髪と同じ色の目が前をまっすぐに捉えていた。平凡な街に溶け込むくらいに平々凡々な姿で、娘は歩く。よくいる、休日の高校生である。
やがて娘は、街の中心の広場に行き着いた。他の場所よりも遥かに人が多い。
「っごめん!、待った…?」
「ううん、今来たところよ」
そこで娘の目に止まったのは、典型的な恋人同士の男女。楽しそうに笑っている。
「リア充かあー参っちゃうな」
娘はそう言って舌打ちをしながら作り笑いを浮かべた。彼女の心を、黒い感情が渦巻いている。
「…爆発しちゃえばいいのに」
娘は静かにそう呟いた。その刹那、凄まじい爆音が辺りに鳴り響く。
「!?」
皆、衝撃から身を守るため反射的に腕で顔を隠すようにする。そして、漸く平穏が訪れたそのとき、次は悲鳴が響いた。
爆発したのは、先程楽しそうに話していた、娘が「リア充」と言い表した彼らだった。彼らの体のパーツが、辺りに散らばっている。
「…うわあ」
娘は、心底不気味だと言いたげに、一歩後ずさった。血だまりが、やけに彼女の脳裏に刻みつけられる。
娘は阿鼻叫喚の中から、そっと逃げ出した。走って、走って、走った。けれどその表情は、何故だか楽しげだった。まるで玩具を見つけた子供のようだ。
「あー、いた、いた」
ふと、娘は立ち止まる。そして、また、魔法の言葉を呟いた。最も、彼女以外からしてみれば、魔法でもなんでもない、悪魔の囁きなのだが。
「爆発しちゃえ」
その瞬間、二度目の悲劇が幕を開ける。また、爆音と共に、命が吹き飛ぶ。娘はそれを、恐怖を顔に貼りつけて見ていた。
(ああ…なんて素敵なの)
ぞくぞくと娘の体を快感が駆け抜ける。恐怖なんてもう、今更感じもしなかった。彼女の心の中にあるのは、喜びである。
先程爆発した二人のうち、女の方は、娘の友人である。そして男の方は、娘が一時期愛を囁いていた相手だ。二人は手を繋いで、楽しそうに歩いていた。つまり簡単に言えば、娘は友に恋人を奪われたのである。それから、憎しみが彼女を支配していた。
その憎しみから、ようやく娘は解放された。それも自らの手で。これ以上の快感はないだろう。
「…さてとっ、次はどうしよっかな♪」
娘は楽しそうに笑う。どんなに抑えようとも、声も、感情も、漏れ出してしまう。彼女は、また街を駆けていた。
「爆発っ、爆発ーっ!ほらほらほらぁ!」
人混みの中を駆け抜けながら、娘は目に映り込んだ男女を消し去っていく。騒然とした街で、彼女一人が、楽しんでいた。
そのうち、娘は息を切らして、立ち止まった。彼女の視界に映っているのは、同じクラスの青年である。腕時計をしきりに気にしている。
「……ねえ、」
少し悩んだ末に、娘は青年に歩み寄り話しかけた。青年は娘に気付くと、一瞬驚いたように目を見開いた。直後、微笑む。
「えっと…同じクラスだったよね。どうしたの?」
青年の問いに、娘は一瞬言い淀んだ。しかし、すぐに覚悟を決め、俯き気味に答える。
「…あの子、もう来ないよ」
死んじゃったの、見たから、と娘は言う。その言葉に、青年は驚いたように目を見開いた。
「…………えっと……、…どういうこと?」
青年の声は、少し震えていた。それでも彼は、無理に笑顔を保っていた。だから娘は、その問いに、真実を答えることなどできやしなかった。
「…なんか、ね。爆発、したみたい。あなたの隣の席の人も、一緒だった…と、思う」
娘は嘘は言わなかった。真実を隠しただけだ。青年に罪は何もなかった。彼を、傷付けたくなかった。
「………、……嘘だろ………。」
青年の顔から、無理した笑みさえも消えた。その顔に浮かぶのは、まさに絶望感だ。信じられない、とでも言いたげに、彼は娘を睨むように見ていた。
「ごめん…、」
娘は俯く。地面と向かい合わせたその顔は、何を考えているのかまるで分からないような、複雑なそれだった。
娘の友人は、娘の恋人を奪った。しかし彼女が犯した罪は、それだけではなかったのである。彼女は恋人がいることを隠し、娘の目の前にいる青年と交際を始めていたのだ。
「………あー…、君が謝る必要なんてないでしょ、気にしないで。わざわざ、ありがとう」
青年は俯く娘に対して、優しい言葉をかけた。それが傷ついた彼の、精一杯だった。
娘は顔を上げ、うん、とだけ言って薄く微笑んだ。そしてその場を逃げるように去った。
「……はあ、」
青年は、溜め息を吐いて地面に座り込んだ。俯いて閉じられた目の端から、一滴の涙が零れ落ちた。
本当は、知っていた。恋人が、自分だけを愛しているわけではないということくらい、青年は気がついていた。
だから、何度も、何度も、青年は恋人から離れようとした。それでも、離れることができなかった。彼はそれでもなお、彼女を愛していた。
まさか、死の瞬間までも、別の男と共にいるなんて。青年の心を、恋人がいなくなった悲しみと、最後の最後まで彼女が自分を愛してくれなかったことへの冷ややかな感情が支配していた。
どれくらいの時間が経っただろうか。青年は、自分の気持ちが少しずつ冷めていくのを感じていた。それが辛くて、そして愛しかった。
「…もう、いいや」
青年は半ば自暴自棄になったかのように、そう呟くと、よいしょ、と言って立ちあがった。しかしその顔は晴れやかであった。
それから、幾月が過ぎ去った。"突発的爆発事件"は、あの日以来起こっていない。もうメディアが報道することもなくなって、誰も話題にすることもなかった。全く解決はしていなかったが、それでも、誰も気にしてはいなかった。
そして、いつものように平凡に賑わう街を、娘は歩いていた。あの日と同じ、真っ白なブラウスと黒と白のチェック柄のロングスカートを着ていた。
あの日と違うのは、今にも駆け出しそうなくらいに、ウキウキと微笑みながら歩いていることだ。今の娘に、あの日のような暗さはどこにもなかった。
「ごめんね、待たせちゃった?」
「僕も今来たところだよ」
やがて娘は、広場へ行きつく。駆け足で向かった先にいたのは、あの日の青年である。
あの日から、二人はお互いの心の傷を埋めるかのように、一緒にいる時間が長くなった。それは、二人は交際を始めるのに充分すぎるきっかけだった。
二人は少し恥ずかしそうに、どちらからともなく手を繋ぐ。その笑顔に、悲しみも寂しさも、何もなかった。
ああ、これをきっと幸せって言うのね。娘はそんなことを思いながら、今を噛み締めていた。
そのとき、娘は、胸の奥に気持ちの悪い熱さを感じて、青年に伝えようと、した。した、のだが。
そんな暇を与えることもなく、娘と、青年の体は、大きな音と共に、崩れ落ちた。木っ端微塵、である。
全く状況を把握できない娘が、最後に見たのは、人ごみの中で一人の見知らぬ少女が笑っている姿だった。
「リア充なんて爆発しちゃえ」
あの日と同じ、少し冷たい風が吹く昼下がりであった。