2.魔女
『白雪姫は魔女の女王に、毒リンゴで殺されてしまいました。そして、王子と幸せに暮らしました。』
『シンデレラは魔女に力を借り、舞踏会へ行きました。そして、王子と幸せに暮らしました。』
『ヘンデルとグレーテルは魔女に食べられそうになりました。そして二人は魔女を倒し、無事家に帰りました。』
昔々のその昔。
そんな冒頭から始まる、古い物語。
少女は母親に尋ねた。
「魔女はそのあと、どうなったの?」
母親は困ったように笑って、言う。
「どうなったのかしらねえ」
魔女のその後など、知るはずもない。
主人公は魔女ではない、興味もないことである。
そんな母親に、少女は言う。
「わたし、知ってるよ!」
先程までと変わらない、年相応の笑顔で。
「ママは知ってる?魔女のお話」
少女は静かに語り出した。
昔々、城には魔女が住んでいました。
魔女はその国の女王で、誰からも慕われていました。
しかし、そこに白雪姫が現れたのです。
彼女は今まで魔女に向けられていた視線を、全て奪っていきました。
魔女はそれを許すことができませんでした。
だから、白雪姫を殺したのです。
魔女は狂っていました。
しかし、ようやく我に返ったときには、既に後の祭りでした。
国民の非難の目。
全てを悟った魔女は、自ら国を捨てました。
やがて魔女は自分の行いを深く反省し、小さな町で暮らしていました。
その町にいたシンデレラ。
彼女は可哀想な子でした。
魔女は、彼女を助けようと思いました。
何故なら、『悪』の魔女は好かれないと知っていたからです。
そして魔女は、シンデレラを舞踏会へ連れていきました。
シンデレラは王子と結婚して、とても幸せそうでした。
ですが、シンデレラは魔女に何も言いには来ませんでした。
魔女は、悲しくなりました。
所詮自分は影武者なのか、と。
魔女がいたから、シンデレラは幸せになれたというのに。
魔女は、町を出ました。
魔女は森に居ました。
森で一人、寂しく暮らしていました。
そうすれば、誰にも迷惑はかけないからです。
それでも、寂しさを感じていました。
そして、魔女はある方法を思い付いたのです。
魔女は、家をお菓子で作り直しました。
遠くにいても香りが漂ってくるほど、甘い甘いお菓子の家。
単純な考えですが、魔女はこの家で人を呼ぼうと思ったのです。
そして魔女の思惑通り、二人の子が家へとやってきました。
ヘンデルと、グレーテル。
彼らは、家を追い出された哀れな子供でした。
二人は家へと帰るため、森を必死で歩いてきたのです。
魔女は、考えました。
どうすれば、彼らを幸せにできるだろうか。
そうして、とうとう思い付いたのです。
最悪にして、最高の方法を。
魔女は、二人を閉じ込めました。
いつか二人がこの家から逃げ出すことができれば、そのときにはきっと帰ることができるに違いない。
そう思い、魔女は悪になりすましたのです。
しかし、現実は残酷でした。
ヘンデルとグレーテルは、魔女を火の海へと突き落としたのです。
魔女は薄れゆく意識の中で、二人の笑顔を見ました。
そのとき、気付いたのです。
所詮、魔女は嫌われるべき存在なのだと。
私はここにいてはいけないのだと。
そうして、魔女の物語は幕を閉じたのです。
「だから、魔女は可哀想なんだよ!」
少女は語り終えると、そう言って笑った。
「そ、そうだったの…」
母親は、作り笑いをして誤魔化す。
所詮、これは子供の作り話。
本当に作り話?
「本当なんだよー!」
少女は笑ったまま、そう言った。
「はいはい」
母親も呆れたように笑って、食事の支度を始める。
何でもない日常。
その日常が、もうすぐ崩れることを、彼女は知らない。
「…もう私は、魔女じゃないのよ。白雪姫」