第95話:ハマりすぎる、どツボ。
先週は気管支炎ぽくなってしまいました。インフルエンザではなかったのですが、平熱が低いため、熱上がっても大した扱いをされず、診療所で 待ち時間、4時間過ごす羽目に。
みなさんもお気をつけください。今日、ロゼが挑むのは……。
[星暦1554年9月1日。アヴァロン。選挙大戦一次リーグ第3戦。聖槍騎士団 対 ヘラクレス騎士団。]
地上戦で中堅で出場したロゼは奇しくもブルースと当たった。その親しみ易いキャラクターで地元でもすっかり人気者となっているロゼに、ホームの観客から声援が飛ぶ。
開始戦を挟み2人は礼を交わした。
「フワアアアアー、アチョウ。」
ブルースが「怪鳥音」と呼ばれる声をあげながら攻撃を開始する。地に足をつけた古臭い型であった。かつて、人類が重力に縛られていた時代のものである。ロゼはその繰り出される技をことごとく躱す。しかし、続けざまにカウンターを入れるが悉くブロックされてしまった。ロゼは違和感を覚える。
(なんや不思議やな。全ての攻撃が、まるでおっちゃんに打たされている感じや。なんやろ、渦の中に引き摺りこまれるような……へんな感覚や。)
跳び技がない詠春拳の流れを組む独特の戦法にロゼは苦戦していた。ロゼは現況を打開すべくフォームチェンジを試みる。
「ブラスターフォーム!いくで、強硬手弾!」
拳法家という表現を使ってはいるが、そのカバーする範囲は総合格闘技である。ロゼの格闘スタイルは最初の師であるショーンの型がもとになっている。それは宇宙船レースで格闘戦を担当するパイロットの技として長年育まれてきたものだ。
ほぼ異種格闘戦を想定しているため、そのスタイルは相手の遠距離からの攻撃に耐えながら、自分の得意とする近接戦に引き摺り込む、という形が多い。しかし、拳法家同士という想定はあまりなく、そうなると普段の組手のようになってしまう。そして、それこそ、日々築いてきた基礎の差がはっきりと顕れてしまう。達人のブルースに素の力では到底及ばない。それを嫌ったロゼは「飛び道具」を開放したのだ。
拳法家は「バリア使い」でもある。人間の手はありとあらゆる道具を駆使できるよう繊細に作られており、戦闘において相手にダメージを与えるにはあまりにも脆い。そのためにグローブが作られた。かつて皮革で作られていたグローブは、この時代には重力子の鎧を纏うようになった。それによって手刀は刀のような切れ味に、突きは銛のような突き味に、蹴りも薙刀のような振り味へと進化したのである。
「徒手空拳」などというが、無手どころか無限の可能性を持ったのである。
「強硬手弾」は重力子バリアを弾丸のように撃ち出す技である。重力子の弾丸がブルースの頬を掠める。一瞬生じた真空状態でその頬に切り傷を付ける。ブルースはそこに滲んだ血を親指で拭うとぺろっと舐めた。その眼光が鋭くなる。
弾丸の速さは意思の強さによって決まる。重力子世界は『意思と言葉』の世界だからだ。
修練の開始当時は全く伸びもスピードを欠いていたロゼの弾丸は確実に速く、そして強くなっていた。それはロゼの心の成長そのものだった。
「あの娘は旦那様と和解してから確実に強くなっていますわ。」
ジェシカが感嘆したように言った。
ブルースもロゼの強さを認めたようだ。
「ほう、あながちお嬢様の趣味の範囲ではないようだね。では、こちらも遠慮なくいかせてもらおう、段の一、『唐山大兄』」。
「強硬手弾!」
ブルースは怪鳥音を発するとロゼの放つ弾丸を簡単に弾く。威力増強技で防御力が上がったのだろう。
「な!?」
驚くロゼをよそに一気に間合いを詰め、次々と鋭い拳撃を繰り出す。ロゼは再び防戦一方になる。
見ていたジェシカが首を振る。
「困ったわね。褒めたらすぐこうなるのね。兄や私が教えた型はあんなに硬いものではなかったのに。『攻守一体』どころかてんでばらばらになってしまっているわね。」
さすがの厳しい意見に凜も苦笑を隠せない。
「しょうがないよジェシカさん。相手は達人なんだから。」
もっとも、一番危機感を募らせているのは当のロゼであった。幾つかヒットを当てられゲージは確実に減っている。
「シャイニング・フォーム!」
スピード重視のフォームにチェンジし、ロゼのスピードが劇的に上昇する。ブルースの間合いから脱すると、やや間合いを取って弾丸を撃ち込む。しかし、きっちりと対応されてしまい、攻めあぐねる結果になる。
(『虎穴に入らずんば虎子を得ず』や。このスピードならいけるはずや。)
ロゼはスピードに任せてブルースの死角を狙い、次々に攻撃を繰り出す。一撃離脱でブルースのを削ろうというのだ。
「ほーーーーーーーーうあちゃ。」
しかし、怪鳥音と共に繰り出されるブルースの拳や蹴りにほぼ防がれてしまう。
「狙いは悪くない。でも、まだ無駄が多過ぎる。お嬢さん。まず、あなたの中にある雑念から捨てるのが第一歩だよ。あなたはいい素質に恵まれているのだから、それを活かす道を選ぶべきではないのかね?」
ブルースに見透かされてしまう。ロゼも自分なりに分かってはいたが、自分の素質に頼るということにかっこ悪さを感じていたのだ。
ブルースはさらにたたみかけた。
「お嬢さん、昨夜あなたは『水のような』柔軟さ、と言っていたね。よろしい、特別にご教示しよう。それが何を意味するのかを。段の三、『猛龍過江』。」
ブルースの身に何か変わった視覚効果があった訳ではないが、彼の放つ闘気が一気に泡立つかのように感じられた。
(これは『水』⋯⋯しかも荒れ狂う大河や。)
ロゼは背中にゾクゾクするものを感じた。恐怖なのか武者震いなのか、判別は付かぬが、立ち止まっているわけにはいかなかった。
(行ったる。……行くしかないねん。)
ロゼの手にトンファーが現われる。気合い一声、ブルースの間合いに入り、それを振るう。しかし、重力の波を感じる。それも巨大な波に巻き込まれるようだ。いわゆる「舞台技」(障害物を作る技)と、「枷技」(相手を重力で縛る技)を足したような技である。
(アカン、まさに大きな潮の渦や。)
「加速技」主体の「シャイニング・フォーム」だと自分の体勢すら保てそうもなかった。「威力増強技」主体の「アルティメット・フォーム」に変更する。
(あれ?)
突然重力の枷から自由になったロゼはフォームチェンジの違和感から大振りになっていることに気づく。
(アカン。)
ブルースに簡単に躱されると、
「絶技、無間道。」
そこにブルースの絶技が炸裂する。
ここでロゼのライフゲージは一気に尽きてしまった。
「負け⋯⋯た。」
ロゼは茫然とした面持ちで天を仰ぐ。礼を終え、控えへ戻ったロゼはベンチに座り込む。アンから渡されたドリンクを一気に飲むと、ため息を吐いた。
「何がアカンのやろ⋯⋯?」
ボソッと呟く。
「ロゼはよくやったよ。今日の場合、相手が悪かった、としか言いようがないね。」
凜の言葉にロゼは口を尖らす。
「おんなじ『人位』なのに?」
凜は苦笑した。
「ロゼ、相手の『位階』に惑わされてはダメだよ。彼は間違いなく天位以上の達人なんだから。」
「いや、そういうわけやないねん。うちの足らんとこが多すぎて、何から埋めていったらええのかわからんようになってんねん。だったら凜は勝てんのん? あんな化けもん相手に。」
ロゼの問いに凜は少し考えてから答えた・
「素の実力では足下にも及ばないだろうね。⋯⋯でも、勝算がない訳じゃないよ。ロゼ、誰にでも長所はある。短所を埋めるよりそっちを伸ばした方が手っ取り早いからね。」
最終セットのトーナメントは最後に凜とブルースの対戦となった。
互いに礼をする。
「どうやらキミは僕のことをよく知っているようだね?」
ブルースが構えを取る。
「それほどでもないですよ。確かにあなたは男として生まれたら、一度は憧れる存在でしたからね。」
凜も構える。
「ほう、いつもの武器は使わないのかい?」
ブルースは拳を構える凜に不思議そうに尋ねた。凜はそれには答えずにゆっくりと呼吸を整える。
「ホアッ、ホアッ。」
ブルース特有の怪鳥音が発せられる、凜が間合いを詰めるよりも早く、ブルースが間合いを一気に詰めると凜のボディに拳が飛んでくる。肘で何とかブロックしたものの、ビリビリと衝撃が襲う。
(良い⋯⋯。)
凜は思わず感動しそうになる。他の英雄たちとは異なり、ホンモノの映像が唯一残されていた人物だからだ。続けざまの蹴りをバックステップで躱し、一度、間合いを取る。
「四式、疾風。」
凜が技をいきなり発動したのでゼルが驚いた。しかも、絶技を繰り出すためフォームだったため、
(凜、いきなりトップギアですか? いったいなにを⋯⋯、ってまさか、アレをやるつもりですか? まだ実戦で未使用ですが)
「ほお、何をするつもりだ?」
凜が構えから拳を突き出す。いきなりの衝撃がブルースを襲い、彼は吹き飛ばされる。
「絶技、『月光』」。
普段は「天衣無縫」の刀撃に乗せて、衝撃波を量子共振でガードごとぶち抜く大技である。ただ拳で使ったのは今日が初めてである。凜もピーターとの戦闘のあと、刀無しでも使えるよう改良を加えてきたのである。量子共振は光より早く届くため、モーションをおこした瞬間には衝撃波が相手に届くのだ。
「ほう、『見えない』拳か、興味深い。」
凜はブルースが対応できないうちにダメージを積みあげる戦法に出たのだ。「天衣無縫」を使った時ほどのダメージは与えられないが、ノーモーションから繰り出される技にブルースは戸惑っていた。ただ、凜の優位はそれほど長くは続かなかった。
「どうやらそれを撃つには、ある程度の間合いが必要なようだな?」
ブルースに簡単に看破されてしまう。腕が届かぬところからの攻撃だからこその意外性であり、間合いが詰まればただのパンチに過ぎないのだ。
しかし、凜は転移を使って巧みに間合いを取って攻撃を続ける。業を煮やしたブルースは技を発動する。
「精武門。」
加速技を発動するとあっという間に間合いを詰められた。闘技場という限定された空間では経験と技術がモノを言うのだ。
「さあ、追い詰めた。どうする?」
ブルースが反撃に転じようとした瞬間、凛が腕を出す。彼は凜が組手に持ち込むつもりかと思ったが、どう考えてても無手での近接戦はこちらの領分だ。しかし、凜の当てられた手から彼の体内にもの凄い衝撃が走る。
(掌底か⋯⋯? いや、なんなのだ、今は?)
「絶技、屠龍」。
凜は技を告げた。
(ゼロ距離衝撃波……。剣技の応用か⋯⋯。)
その名前は知っているが、拳技に応用してくるとは思っても見なかったのだ。思いのほかのダメージにブルースの体勢が揺らいだ。
そして、その揺らいだ体勢を凜は見逃さなかった。 再び間合いを取ると、防御しか取れないブルースに『月光』の連打で畳み掛ける。間合いを開ければ『月光』がとび、詰め過ぎれば「屠龍)」の餌食に、と言う展開である。
たまらずブルースは武器の仕様に切り替える。それは、ヌンチャクであった。
(良い⋯⋯)
凜は思わずうっとりしそうになるのを堪える。
一方、ブルースもヌンチャクを構えたものの、痛みが抜けきれない。
(こちらも、距離を取る術を入れておくべきだったな。邪道であるゆえ、取り入れてはおらなんだが。この先、相手の土俵に乗せられぬためにも。)
凜の手に「天衣無縫」が握られた。
「絶技、『雷電』!」
(くそ、それこそやつの思うつぼか……。)
凜の斬撃がヌンチャクのガードごとぶち抜くと、そのまま勝敗が決した。
「勝者、棗凜太朗=トリスタン。これにて聖槍騎士団の勝利。ノーサイド。」
審判がコールするとホームの観客がどっと沸いた。
この勝利で聖槍はグループ首位をキープし、決勝トーナメント進出を決めたのだ。聖槍騎士団が決勝トーナメント(前回までの決勝リーグ)に進んだのは100年以上昔のこと以来らしく、まるで優勝でも決めたかのような観客の喜びっぷりである。
「さすが凜、強すぎるわ。」
仇を討ってもらった格好になったロゼが駆け寄る。
「今回はぎりぎりだったけどね。次回も同じ手が通用するかどうかは分からない。でもこれで、3位通過が決まったね。もう少し勝ちを重ねないと、トーナメントで当たる相手がキツイからね。頼んだよ、ロゼ。」
一方、負けても飄々とした態度でブルースが引き揚げてきた。
「どうでしたか。」
負けたブルースをルイが迎えた。
「やはり、なめてかかっては行かぬな。」
浮かぬ顔のブルースにルイは皮肉る。
「そうですね。李小龍が『屠龍』で倒されてはダメですよ。シャレになってませんから。」
ブルースも苦笑いを浮かべる。
「まあ、そう言ってくれるな。ところで、そのさっきのその技はなんだ?」
ルイは説明する。「屠龍」は剣技の時は強大な重力波を斬撃に乗せて放ち、振動を用いて「天使」の装甲を破る技であるが、それを拳に応用したのだという。つまり、重力波の衝撃を掌から直接体内に伝えられてダメージを受けたのだろう、という見立てだった。ブルースは首をすくめて見せた。
「なるほどな。確かに我々も修練を重ねて、武技としてはやつより高い完成度を誇ってはいるがね。一方、奴も奴でまだ我々が使いこなせていない技術を先駆けて研究している、ということだな。次の対戦までに間に合わせねばいかんな。」
「ハア。」
祝勝会の後、ロゼはまたため息をつく。凜のような「絶技」が欲しいのだが、どうしてもしっくりこないのだ。
「ウチに素質はあんねん。でもそれはウチが行きたい道とちゃうねん。」
(雑念を捨てろ……。素質を活かせ。みんな言うことはおんなじや。ああ、わからん。わからんもんはわからん。)
ロゼはドツボにはまっていくのを感じた。
次回「第96話:すましすぎる、ポーカーフェイス。」は1/26投稿予定です。一次予選もついに二巡目に。メグは再び『苦手』なあの男と対戦します。




