第87話:藪から棒すぎる、快男児。
一人目「サーベル」の達人、「デオンの騎士」に続いて現れる二人目の「英雄」とは。「メイフェア編」のスタートです。
[星暦1554年4月30日]
「ねえ見て! シャーウッドが見えて来たよ!」
アンが弾むような声を上げた。
広大な森が続く大地から突然、瀟洒な大都会が現れる。
ヌーゼリアル王国が租借する領土、スフィア大公領の公都シャーウッドである。本来は遠くからでも天空へ向かってそびえる軌道エレベーターが見えているのだが、春霞で空に溶け込んでしまっているのだ。
ここはメグが生まれ、幼少期を過ごした街である。ただ8歳になる前にはヴァルキュリア女子修道騎士会のあるグラストンベリーへ移ってしまったため、そこまで懐かしいという思いは乏しい。
「私もこの空域は久しぶりです。」
一行を乗せた空母フォルネウスを統御する有人格アプリ「ルネ」も微笑んだ。
というのも、凜にとって4年ぶりのメイフェアの「公式訪問」である。その時は王太子が命を狙われているという問題のため、半年ほどこのヌーゼリアルの公都シャーウッドに滞在していたのである。ただ、それは主に北にある「夏の都」であって、今日降り立った「冬の都」は4年前のメイフェア以来である。
今回はメグの父である王太子シモンを選挙大戦に公式に招待する、というのが訪問の主な目的である。それで、凜もヌーゼリアルの最大の祭りであるメイフェアに招かれたのだ。
「そう言うわけで、凜は今回、外交日程がてんこ盛りでとても忙しい、ということになります。どうぞよろしく。」
「やれやれ。」
マーリンに釘を刺されて凜は頭をかいた。
「安心しろ。祭りの方は凜の代わりに俺たちが存分に楽しんでおいてやるからな。」
リックが嬉しそうに言った。
「まあ確かに、エルフ族の美しさは際立っていますからね。リックもトムも楽しみで仕方がないでしょうね。今回は私が凜の世話にかかり切りなのをいい事に羽目を外しすぎないようにしてくださいね。いいですか?ナンパに精を出すとか、だめですからね。『随行員』の皆さん。」
ゼルがリックに釘を刺す。
「ええ!? ナンパなんかしないよ⋯⋯そんなには。」
リックが慌てた。
「実際、選挙大戦もあと二カ月で始まりますからね。羽根を伸ばすのも今回限りかもしれませんが、ほどほどに。」
マーリンも追撃をかけた。
「でもさ、『するなよするなよ』といわれると、なにかのフリだと思ってさ⋯⋯。」
リックが気まずそうに笑うと、
「おイタをしすぎると『熱湯風呂』ですからね。」
師匠がややキレ気味だったので慌てて口をつぐむ。
「リーナはメイフェアは初めてやもんな?」
楽しそうに会話を聞いているリーナにロゼが尋ねると
「うん。だからすごく楽しみ。」
リーナも楽しみにしているようだ。
地上港に到着すると、そこには冬の都の統治責任者である左大臣が迎えに来ていたのである。
フォルネウスのハッチが開き、騎士団礼装の凜とメグが先頭に現れると、儀仗隊が最敬礼で迎えた。タラップを降りると一行はそのまま宮殿へと連れて行かれたのである。
「凄い、凄い!ホンモノのお城だ!」
いちばん興奮していたのはファンタジー小説の大ファンであるリーナであった。
「凄いねメグ? こんな所で育ったなんて本当にお姫様なんだね。」
リーナは大興奮でメグに言った。
「まあ⋯⋯私はほとんど記憶はないがな。」
メグが苦笑する。実はエンデヴェール王室の子供たちは幼少期は家臣の家に預けられ、普通の子供たちと同じように育てられるのだ。それを今、言うべきかどうか。
宮殿の長い廊下をひたすら歩く。そこに一行の姿を見つけたメグの弟であるシグ王子が駆け寄って来た。
「トリスタン卿、お久しぶりです。ようこそお越しくだされました。そして、姉上も。」
王子も今年13歳である。すっかり背も伸び、凜やメグと同じほどの背丈になっていた。応対も留学先の伝令使杖騎士団で厳しく鍛えられているのか、少年にしては中々堂に入ったものだ。
「殿下もすっかり逞しくなられましたね。此度は弓技大会にもお出ましになられるとか?」
凜と握手すると、王子の目は尊敬の目で凜を見つめている。彼は凜の大ファンなのだ。
「はい、でもなかなか『従士』からあがれません。姉上はもう騎士に叙されていたというのに。」
(少年らしい、良い目ですね。)
あまりに真っ直ぐな瞳に見つめられ、凜越しに眼が会うゼルの方が、若干たじろいでいた。
謁見の間へと行く途中、
「あれから、この国も随分と変化したのだ。」
メグが説明する。王太子シモンと凜の暗殺計画に明け暮れたウオーラバンナとクルーグリッツの二つの騎士団は徹底的に組織が改められたのだ。それは貴族たちの私兵集団、貴族のドラ息子たちの愚連隊という悪風が一掃されつつあったのだ。さらに、平民からも優秀なものが取り上げられ、組織は急激に変化しつつあるのだ。
「全て凜のおかげだな。」
メグは褒めたが、さすがに凜は苦笑した。
「そんなことはないよ。確かに、良くも悪くもすべてをぶち壊してしまったのは僕だけどね。でも、本当に偉いのはそこから立て直したこの国の人々だよ。」
凜は正直ホッとしていた。荒療治が過ぎて立ち直れなかったらどうしよう、そんな懸念は頭から離れなかったからである。
(しかし、あなたを憎んでいる分子は必ずこの国で健在なはずです。凜、決して用心は解いてはなりません。)
ゼルの警句に凜は黙って頷いた。
「よく来て下された。」
王太子シモンは相変わらずであった。長命なエルフ族にとって4年という月日は一瞬でしかない。無論、顔は毎年のように合わせるせいもあるのだが。
「今年こそは、皆にあなたの技を披露してくれるだろうのう?スルーヌ・ヴェンリーもそろそろ歳なのでな。あなたとコンビを組めるのも見納めやもしれぬ。」
4年前の弓技大会でコンビを組んだ悍馬、スルーヌ・ヴェンリーもまだまだ力強さはあるが、スピードは全盛期に比しては翳りを見せているという。凜は時間の経過を感じずにはいられなかった。
(そう、あと2年ほどしか残されていない。)
ブレイク・ショットから5年、メテオ・インパクトまであと2年である。随分とスピードが遅いようにも見えるが、その時速は約6万キロである。空気抵抗が無いため、減速することなくやって来るだろう。それを迎え撃つためにはこの選挙大戦を勝って、堂々とこの計画を推し進めていかなければならないのである。
[星暦1554年4月30日。ヌーゼリアル領公都シャーウッド]
「よっしゃー、祭りだ祭りだ!」
一方、リックがトムと連れ立って街の広場に出かけるとそこはすでに多くの人でごった返していた。あまり人混みは好きではないトムは浮かない顔をしている。
「ああ、やだやだ。」
しかし、リックは腕をまくらんばかりの意気込みである。
「じゃあ、アヴァンチュールの相手を探すとしますか。」
あまり成功したことがないくせに、という言葉を飲み込んでからトムはありきたりな忠告をする。
「ほどほどにしておけよ。リック。奉納試合がなくとも、俺たちは騎士の端くれなのだからな。」
リックは一向に気にもとめない。
「いえいえ、我が誠を捧げる姫君を探してこその騎士の本道じゃないか。」
もっとも、祭りのたびにそうなのでトムはあまり気にしないことにした。
「お兄ちゃん。大統領の息子が街角でガールハント、というのはいかがなものでしょうか?」
リコが苦言を呈した。トムは苦笑した。
「別に俺が声をかけるわけじゃない。」
普段、シャーウッドに限らずとも街路で日中から酒を飲むことは禁止されているが、祭りの間は無礼講であり、街は「賑わい」とはまた違う「喧騒」に満ち溢れていた。
すると突然、ガラス瓶が叩きつけられるような音と、怒号が上がる。
「おっ。喧嘩か?」
すぐに向かおうとするリックにトムは無為に首を突っ込まないようにと制したが、血の気の多いリックは聞かず、そちらへと向かって行ってしまった。
「やれやれ。」
トムは空いていたベンチに座る。酒の匂いがしたので、ふと隣を見たトムはギョッとした。
大男が座って酒を飲んでいたのだ。しかも見慣れぬ容れ物に直接口を付けて飲んでいたのだ。
恐らく、立ち上がれば身の丈は2mを越えるだろう。騎士団の礼服を着崩していたが、だらしがないわけでなく、明け透けにも見えるが、まったく隙の無い雰囲気を身にまとっていた。
(あの容れ物は「ひょうたん」です。植物の実を加工した容れ物です。かつて古代地球で使われていました。)
リコが説明する。別に酒の容れ物の説明を聞きたかったわけではない。
(いや、この祭りの賑わいの中でベンチが空いているのはおかしいと思ったが、確かに、これでは誰も座れまい。)
「人嫌い」のトムも思わず立ち上がりたくなったが、さすがにそこは思いとどまる。男はトムには目もくれず、その視線の先には二つの集団がぶつかり合う場面があった。
それは濃緑の上衣の集団と濃紺の上衣の集団であった。随分と酒が入っているらしく、睨み合いを続けていた。両方とも娼婦たちを連れているため、ずいぶんと気が大きくなっているようだ。
(濃緑の制服がウオーラバンナ聖騎士会、濃紺がクルーグリッツ聖騎士団です。普段はウオーラバンナが夏の都、クルーグリッツが冬の都を根城にしていますが、5月と11月の祭りの時に顔を合わせるので、よく喧嘩になるようです。)
リコがトムに説明する。祭りは都の機能が南北で入れ替わる時に催されるためなのだ。
濃紺の上着をだらしなく着崩した男が凄んだ。
「おい、貴殿ら、この制服、そしてこの徽章が目に入らぬか! 我らはクルーグリッツ聖騎士会。この街の治安を預る者よ。道を空けよ。」
どけ、と言われて濃緑の上着を脱ぎ捨て、男が腕をまくる。左腕にはウオーラバンナの伝統の刺青が入れられていた。
「何を申すか、我らウオーラバンナ聖騎士団こそ、この腕に刻まれた聖文字に従い、王太子殿下の御意志を体現する者である。貴殿らが道を空ければすむこと。」
一気に雰囲気がヒートアップし、制服を着崩した連中があいむかう。
「喧嘩慣れはしているようだな、あの者たちは。⋯⋯さて、君の友人はどう出るかな。」
酒を煽りながら男が呟く。
「さあ、絵に描いたような愚直なんでね。堂々と正論を吐くと思いますよ。譬え相手がただの酔っ払いでもね。」
男に目もやらずトムは答えた。
「各々方、あいや暫く。」
そこに先ほどトムに「愚直」と評されたリックがしゃしゃり出たのである。
「ここは祭りの場であろう。祭とは、みなが故郷に思いを馳せ、友なる仲間と睦み合うべき時、争うべき時にあらず!」
エルフ族から見れば小柄なリックが胸を張って正論をぶちまける。。しかし、浴びせられたのは冷笑であった。
「何者だ。そこな異邦の者よ。」
「関わり無き者は去ねられよ。」
完全スルーされそうになったがリックは怯まない。
「さあご覧じろ。人々が怯えておるではないですか。貴兄らは何を守るための騎士ぞ? 民の安寧、そして貴婦人の微笑みであろう。その本懐を忘れ、騎士を名乗るは笑止千万。」
「やれやれ、ど正論を言いやがった。相手は酔っ払いだぞ⋯⋯。」
トムがかぶりを振る。あははは!隣の男は愉快そうにに笑った。
「退け」
「そちらが退け!」
リックを無視したまま、双方剣を抜く。
すると、リックも槍を鞘のまま抜き真ん中に立った。そして双方を睨み付ける。
「小僧、なんのつもりだ。」
さすがに鼻白むと思いきや、却って双方の怒りに火を付けたようだ。
「貴殿の友人、面白いな。相当腕に自信があるのだろう、そんなに腕が立つのか?」
男が尋ねる。トムは首を振った。
「いや、自分でそうありたいと思っているほど強くはありませんよ。」
「ほう、勝算も無いのに、突っ込んで行ったのか? 何故だ?」
男は呆れたように言う。トムも苦笑を浮かべた。
「おそらく、それが彼にとっての正義だからだと思います。」
「面白い、この喧嘩、俺も買おう。」
男が膝を打つと立ち上がった。トムは内心面倒くさいことになったと思ったが、ここで行かないわけにはいかなかった。
リックが槍の鞘を取ると群衆はどよめいた。しかしリックはそれを石畳に突き立てた。重力子金属が織り込まれて鍛えらえた穂先は易々とそれを貫く。
「喧嘩なら剣を使わず、拳でなさるが良い。」
イラっとくるほどのリックの正論に、男たちがついにぶちキレた。
「そうだな、それではまずはお前からだ。」
いきなり二人がかりでリックを押さえつけ、腹に殴打を何発も食らわす。さしものリックも腹を押さえて地面に突っ伏しそのまま失神した。
「おいおいどうした小僧? 随分あっけなく失神しやがって。この程度で俺たちを抑止るつもりだったのか、心底バカだな。」
嘲笑う声が響く。そして、邪魔者を排したところで再び双方の戦意が高まる。その時だった。
「そうバカでもござらんよ。」
そういうと恐ろしいほどの膂力で二人の騎士が襟首を掴まれ持ち上げられたのである。
それは先ほどの大男であった。まるで子犬のように高々と持ち上げられ、しかも首を絞め上げられているため気道を確保するため襟元を抑えるしかなかったのだ。
「あの者のおかげで貴殿らの首魁が誰であるか判別出来たのだからな。」
大男が朗らかに言う。
「貴様、何者だ?」
吊り下げられた二人の男は苦しそうに尋ねる。
「名乗るほどのことはないが教えてやろう。素牢人、前田慶次郎と申す。以後良しなに、とは申さぬわ。」
それだけ名乗ると、二人の男の頭をいきなりぶつけた。骨同士がぶつかる物凄い音がして、二人は失神した。男は失神した騎士たちを地面に放り出すとうろたえる取り巻きたちに言い放った。
「さあ、無益な喧嘩はやめて、さっさと出かけられよ。広い通りじゃ、その人数なら難なくすれ違えるだろうて。こんなつまらぬことで祭りを台無しされてはたまらん。」
男たちは失神したリーダーたちを抱え、這々の体で去って行った。
トムは大男、「前田慶次郎」に礼を言うと失神したリックを抱えて帰ろうとした。
「待たれよ。近くに休むところがある。そこで手当てをされるが良い。」
そう言うと、軽々とリックを抱え上げ歩き始める。トムはとりあえずゼルに連絡する。「仕事中」のゼルはリコとリンクしてきた。
「前田慶次郎」につれて来られたのは表通りから二街区ほど引っ込んだ娼館であった。彼はリックを担いだままそこにつかつかと入っていく。付いて行こうかどうか逡巡するトムに彼は振り向いて言った。
「どうした、遠慮するな。それとも貴殿は童貞でござったか?」
トムは思わずカッとなって入ってしまった。娼館に入ると美しいエルフ族の遊女たちが「前田慶次郎」に競うように群がる。
(随分とおもてになるようですね。)
リコが感想を述べた。
リックをベッドに横たえるとトムは「前田慶次郎」に礼を述べる。ゼルが召喚したバリさんがリックを治療した。
「そう言えば、まだ貴殿の名を尋ねておらなかったのう?」
「アトゥム・クレメンスと申します。先ほどはこの友人を助けていただいてありがとうございました。」
頭を下げたトムに慶次郎も改めて名乗った。
「長いのでな、みなケイジと呼んでおる。それに俺はこの手合いのバカは嫌いではないのだ。気にせんで良い。それにあまり友のことをバカと言わぬ方が良いぞ。貴殿までそう思われかねぬ。」
そう言って笑った。
「あれ、ここは?」
リックが目を覚ますとケイジによってつけられた遊女たちに囲まれていた。
「あら、お目覚めよ。」
「あら、可愛らしい男の子ね。」
リックはかかる事態に驚きのあまり思考が停止していた。
「やばい、俺は死んでしまったのか? ここはどこだ? まさか、天国⋯⋯なのか?」
リックが混乱していると遊女さんたちに頭を抱きかかえられてしまう。
「そうよ。ここは男の子たちの天国なのよ。」
リックは頭に押し付けられた豊かな胸の感触だけで下半身の中心部に血液が集まっていくのを感じていた。
「よう、お目覚めのようだな。せっかくだから一晩くらいここへ泊まって行くと良い。主らも騎士であろう。」
そうケイジに勧められたが、まだリックはまだ混乱しているようであった。
「いえ、俺の『童貞』は愛する女性に捧げたいので。」
リックが固辞するとケイジは噴き出した。
「何が『まこと』じゃ。ますます面白いやつじゃの。」
見兼ねたトムが助け舟を出した。
「おいリック、お前はこの御仁に助けられたのだ、礼を言っておいてくれ。」
キョトンとするリックのリコが手を差し出した。リックが触れるとトムの目線から『事の顛末』が送り込まれる。リックの顔が羞恥のあまりみるみるうちに赤くなった。
「た⋯⋯助けていただいてありがとうございました。」
リックがしどろもどろに深々と頭を下げるとケイジは笑って手を振った。
「良い良い。若さとは恥をかいて大人になっていくことよ。」
「俺はリチャード・ウインザーです。皆はリックと呼びます。」
流石に国家元首の代理人たる士師の随行員が娼館に泊まる訳にはいかず、二人はそこを後にすることにした。リックはケイジと意気投合したらしく、祭りを一緒に見物に行くようだ。
「前田慶次郎?」
ゼルを通してリコからの報告を受けた凜は素っ頓狂な声を上げた。
「お知り合いですか?」
リコの問いに凜は
「いや、僕の故国の歴史上の人物の名前だよ。この惑星で知っている人がいれば、かなりの時代劇マニアだな。⋯⋯いやしかし、いたずらにしても、凝りすぎてはいるな。何か背後にあるのだろうか?ゼル、ナベリウスに連絡して、ちょっと調べてもらってくれ。」
しかし、この祭りでの出会いはこれだけではなかったのである。
二人目の英雄は「槍」の達人「前田慶次」でした。リックと慶次の絡みは作者的に結構重要な伏線でして⋯⋯。
次回「第88話:ラストすぎる、侍。」は12/1投稿予定です。お楽しみに。




