第66話:一癖ありすぎる、レーサー。
ついに連載1周年。いつもご愛読ありがとうございます。
[星暦1550年12月28日。惑星スフィア。フェニキア領エウロペ。宇宙港]
「グランプリに参戦、ってホンマでっか?」
メカニックたちは突然の展開に驚き、喜ぶ。しかし、ひとしきり喜んだ後、やはり行き着くのは心配であった。
「しかし、レーサーのあてはあるんかいな?」
ジェシカは凜たちを紹介するも、レース業界では聞いたこともない名に皆は不安そうな面持ちである。
「こちらがハチロクです。」
メカニックたちは「魁」よりも型番の「AE-86」からの「ハチロク」と呼んでいるようだ。
宇宙船はネーミングライツ権の売り買いが認められているため、度々名を改めることが多く、メカニックたちは変更のない型番で呼ぶことを好むのだ。
「魁」は上から見ると白い塗装だが、間近で見ると下部は黒く塗装され、ツートンカラーになっているのだ。
「コクピットを見せてもらってもいいですか?」
しかし、サミジーナはコクピットを見て顔を横に振った。
「これじゃ、無理っぽいかな。すみません。レイアウト変えといてもらっていいですか?」
そう言って彼らに説明を始める。
「こ⋯⋯これは?」
サミジーナの指示にメカニックたちも興奮気味のようだ。
「旦那、こいつはホンマもんかもしれません。お任せください。明日までになんとかしまっさかい、また、明日。ご足労おかけしてもええでしゃろか?」
突然の展開にジョーダンも戸惑いを隠せない。
「あ、ああ。」
「俺はここで指示と打ち合わせが必要だから、みんな、先にあがっててよ。」
サミジーナに追い出され、凜たちは一旦引き上げることになったのである。
[星暦1550年12月29日。惑星スフィア。フェニキア領エウロペ。宇宙港]
翌日、再びドックを訪れた凜やジョーダンたちをメカニックたちは興奮気味に迎えた。テストコースの使用許可はジェシカがとっておいてくれたようだ。
「本当に大丈夫なのかね?」
ジョーダンはやや戦々恐々という体であった。改造されたコクピットは自動車風になっていた。前方2席、後方3席になっており、前席右がドライバー、左がキャプテン、後部座席がパイロット、となっている。
大抵のコクピットは航空機を模したものが多いので不安を感じるのも無理はない。しかも、この時代に自動車は自動運転のものがほとんどなので、丸い舵輪とペダルが3つ、そしてギア用のシフトが一本、というのはあまりにシンプル過ぎるように見えた。メーターも速度計と回転計の二つしかない。
「まさか、たったあれだけの装置で宇宙船を操作するつもりなのか?」
不安そうに言うジョーダン氏に
「ええ、あれでも彼は宇宙船のドライブアプリの中では比類のないものですからね。大船に乗ったつもりで大丈夫⋯⋯です。」
凜やマーリンは彼が運転する艦艇に一緒に乗った経験があるので、安全性については保証したが、同乗者が感じる恐怖心に関しては保証しなかった。
「その、ぶつかったり、しないだろうね?」
不安そうなジョーダンに頭をかきながらサミジーナは答えた。
「ムリはしないですよ。なにしろ、機体をぶつけたらオヤジにグーで殴られますから、気をつけますよ。」
(オヤジ⋯⋯って誰なんだ?)
皆がそのツッコミを飲み込む。しかし、サミジーナは意に介さずにカップホルダーに水がなみなみと入った紙コップを置いた。
「テストコース開きます。」
テストコースのワームホールが開くと、音もなく「魁」はそこに滑り出した。
サミジーナがイグニッションキーを回すとエンジン音が響く。
シグナルが点滅を開始する。
シグナルが青になると一気に加速する。無論、ブラックホールの引力に引きずられてはいるが、ブラックホールエンジンの加速も含まれるため、モニターから入る星の光が逆行するように見える。
「この速度は⋯⋯。」
亜光速の世界である。ただ、皆『騎士』であり、空戦でほぼ生身で空を飛ぶ訓練を受けているため、かかる重力には慣れていた。しかし、不安を覚えるほどの速度は初めてであった。
キンコン、キンコン。光速の99%に達したことを示すアラートが鳴った。サミジーナは無造作に見えるハンドルさばきでコースを進んでいく。
カップに入った水が遠心力に従ってコップの中で回り始めた。
「あのコップ、何か意味があるのか?」
ジョーダンの問いにマーリンは苦笑しながら説明する。
「あれをこぼさずに飛ぶようにすると、カーブでの船の荷重移動がスムーズにできているかどうかが分かるそうですよ。」
ジョーダンは何度も頷いた。
「なるほど、確かに彼は優秀なドライバーのようだね。それは解ったから……、そろそろ減速しても差し支えないないのでは……。」
さすがにこの速度に恐怖を感じたようだ。
「あ、大丈夫っす。軽くいきますから。」
そういってギアを落とす。エンジンブレーキがかかったのかエンジン音がうなりをあげ、機体は横にすべり始める。
「うわああああああああああああ。」
ジョーダンは叫び声をあげる。
「見事なドリフトなんですけどね。どうです、閣下?……あれ?」
ジョーダンは気を失ってしまっていた。
「後に言う、『オーナー・ジョーダン、カーブ3つで失神事件』ですね?」
ロゼのボケに、凜とマーリンはやめなさい、と突っ込みをいれた。
「いや、ひどい目にあった。しかし、腕は確かなことは分かったよ。……もう試乗はごめんだがね。」
息を吹き返したジョーダンが苦笑する。
「トリスタン卿。申し訳ないが、私は今、一番不利な条件で戦わねばならない。実は有力なチームにいくつか出場を打診してみた。しかし、アポロニア・グランプりは所詮ローカルレース、ものの見事に断られてしまったよ。よって、現在の私とあなたは一蓮托生と言っていい。だから、あなたが最善と思う方法でやってくれ。今の私にはそれが限界だ。」
ジョーダンは弱気であった。
「お父さん。私も、これに乗る。」
ロゼが言い出した。
「ロゼ?」
凜はジョーダンを見やる。その表情は複雑なものであった。ジョーダンはジェシカから報告を受けて知っていた。ロゼがショーンの跡を継いで、レースに出たがっていたことを。そのために、ショーンがいなくなった後も拳闘の修練を一人で積んでいることも。
「なぜ、お前はレースに出たいのだ?」
「え?」
ロゼは驚いた。不意に父親の口をついて出てきた言葉が、「ダメだ」という否定の言葉ではなかったことに。ロゼは一度深呼吸してから吐き出すように言葉を紡いだ。
「オカンとの約束やねん。私が元気でいるところをオカンに見させてやりたいねん。ウチはオカンに会いたい。でも、オカンはウチがお嫁に行くまでは会ってくれへん。だから、ウチがここにいてる、元気に生きてるゆうのを見させてやりたいねん。」
ロゼの目を見てジョーダンは一度ため息をついた。
「そうか。……トリスタン卿に全て任せる。私にはそれ以上のことはできん。」
ジョーダンは娘の訴えに直接は答えず、それだけ言って行って去ろうとした。
「閣下、それでよろしいのですか?」
凜が声をかけた。
「二言はない。私ははめられたのだよ。ハルパートにな。あいつは主席の座を狙い、親父に根回しをした。それが悪いとは言わない。むしろそれこそが商売人の基本だからだ。そして、それすら私は怠ってしまった。だから今、こんな目にあっている。私にはこの商売の世界は合わないのかもしれんな。
だから、トリスタン卿、君にすべてベットするんだ。あなたの肩には国家の存亡と人民の命がかかっている。だから、あなたはすべてに最善を尽くしてくれる、私はそう信じているよ。だから、機体もドックもメカニックも好きに使ってほしい。契約書を作らせるから、少し待っていてくれないか?」
「わかりました。スタッフはお借りします。ロゼの件ですが、ジェシカさんもチームに加えていただければ、差し支えありません。」
凜の答えは意外なものであった。
「私⋯⋯ですか?」
ジェシカの声がうわずる。
「なるほど、そうきたか。いいでしょう。⋯⋯ジェシカ、トリスタン卿の補佐をして差し上げなさい。」
ジョーダンはふっと笑うと部屋を後にした。
「かしこまりました。」
ジェシカが深々と頭を下げる。
「ええ?」
ロゼは不満そうだ。折角のレース。しかも凜ともっと近づけるチャンスなのに、いきなり、「お目付役」まで付いてくることになったからだ。
「ウチだけで充分やん?」
「まあジェシカさんは『元』はとはいえ天位騎士ですからね、遊ばせておく手はありませんね。」
マーリンも納得し、ロゼの不満は却下されてしまった。
こうして凜たちはジョーダンと正式に契約を結び、およそ1年にわたるグランプリへの戦いが始まったのである。
[星暦1551年2月3日。惑星スフィア。フェニキア領エウロペ。宇宙港]
「アポロニア・グランプリ」とは11隻の船が競う本戦の前に7回の予選があり、優勝した7隻と、順位によって獲得したポイントの上位4隻が本戦の出場権を獲得することができる。
今週末には予選の第1戦が行われる。その前夜祭がこの宇宙港にある最高級ホテル、ホテル・イスカンダルで行われた。出場するクルーは、1階にある大ホールで、メディアや招待されたファンを相手にサービスをしなければならないのだ。
オーナーたちは、最上階のラウンジで同じように懇親会が開かれる。
出席した人たちのほとんどがフェニキア人であり、無名の新人である凜たちに誰も見向きはしなかった。
「どうかね?」
主席としてあいさつを終えたジョーダンがカクテルを片手に凜たちの近くにやってくる。ジェシカは今日はジョーダンの秘書としての仕事が忙しいようで、ジョーダンとともに行動していた。
「何分初めてのことですからね。なにをしていいやら分かりませんし、それ以上に需要がない、というのが正直なところです。」
凜はそう言って頭をかいた。そのとき、凜の身体にどん、とぶつかるものがいた。ノーモーションでぶつかったため、結構な衝撃で、凜はつんのめりそうになってしまった。
「おや、珍しい。主席閣下がレースに復帰、という噂は本当だったんですね?眉唾モノだったので、思わず確認しに来てしまいましたよ。」
ヘラヘラと笑いながら来た男は、そう不躾に言い放った。
「誰です?」
凜が尋ねるとジョーダンは答えた。
「シルベスタ商会の宇宙船、『自在天』のキャプテン、パット・ペンディングだ。パット、挨拶にしては随分と乱暴だな。キミらしくもない。『教授』と呼ばれたいつもの知的な紳士がどうしたのかね?」
パットはニヤリと笑うとジョーダンに会釈をした。
「お久しぶりですね、ジョーダンの旦那。旦那がレースに引っ張りだされたのはこちらの界隈では大ニュースでしてね。ひと昔前の最新鋭のマシンがどれほどのものか、少し拝見させていただきました。錆びついてはいないようですね。でも、旧式は旧式だ。」
パットはそう言ってから凜たちの前に立った。
「坊や。今回のアポロニア・グランプリは何かと話題でね。なんとエウロペの主席の座が掛かっているとか。それで、賞金も掛け金もこれまでに比べて破格になったのだよ。ちゃんと予選を勝ち上がって来てほしいものだね。坊やにできるかな?」
そう言い放つと踵を返した。
「『坊や』だからといって、なめないで欲しいです。その昔、『坊や哲』という最強の雀士が阿佐ヶ谷の界隈を⋯⋯。」
凜ははいはいとゼルのボケをいなした。
「 彼はどんな人なのですか?」
凜の問いに答えたのはゼルであった。
「『自在天』は可変式の宇宙船です。普段は宇宙船の形をとりますが、ブースターを切り離すと、コクピット部分が人型に変形して戦うことができます。もともとはスフィア製の主天使を改造したもののようです。
パット・ペンディング氏はもともとは科学者ですが、自分の実験のために多額の借金を抱えた方のようです。ついに、自分の女房子供を借金のカタにしてしまい、現在は『身請け』するためにレースに身を投じているという噂のようです。」
「なるほど。」
また濃いのが出てきたものだ、凜はそう思ったが一言呟くに留めた。
「まあ、レースに身を落とす人間に、ロクなやつはいないさ。」
ジョーダン氏が吐き捨てるように言った。その言葉に、ロゼは身体をピクリとさせた。
「閣下のいいようはいささか乱暴ですが、的を得ています。レーサーの多くは重債務者、特赦を狙う受刑者、賞金稼ぎ、軍人崩れや海賊崩れ、あるいは最下層民といった人がほとんどです。ローマ時代、剣奴に殺し合いをさせ、それを娯楽にした時から人間はあまり進歩していないのかもしれませんね。」
ゼルの言葉は無表情なものだが、哀愁にも満ちているように思えた。
「しかし、あの『放棄派』のシルヴェスタ家のレーサーです。裏に何かあると見ても良いでしょう。」
次回、「第67話:確執すぎる、父娘。」ロゼと父ジョーダンの確執の原因とは?
また金曜お昼に投稿予定です。
文中、ロゼたちが使う言葉は「カルタゴ弁」です。えへへ。




