第62話:はるかすぎる、月世界。
サブタイ変更しました。大統領就任式にせまる魔の手。
「幻想月世界旅行記」ルーク・ハミルトン・ジャンセン著。
「アビィ。これであなたのお父上の快復に必要な龍岩石は全て揃った。あなたのこの惑星を巡る旅はここで終わりだ。僕もここでお別れしよう。⋯⋯一夏の冒険としてはかなり刺激的な体験だったよ。」
リンは不意に宣告した。
最後の龍岩石をワイバーンの残した剣からはずしたリンはアブリルとクリントにそう告げたのだ。
ワイバーンは取り逃がしたものの、邪神と化したワイバーンの妖精クロム・ビーストを封印したことによって、リンのこの夏の任務は幕を閉じたのだ。
そして、それは龍岩石を求めたアブリルとクリントの旅が幕を閉じたことを意味しているのだ。
「長かったね。⋯⋯いや、あっという間、とも言えるが。港まで送ろう。きっとお父上もあなた方の帰還をお待ちかねに違いない。」
アブリルはその言葉を聞いて愕然とする。そうだ、この旅はいつかは終わる。いや、早く終わらせるためにリンの手を借りたのだ。確かに、今心からホッとしている。でも、心から喜べない自分がここにいるのだ。
[新地球暦1841年12月8日 惑星ガイア]
[スフィア時間:星暦1553年2月23日]
ブラッドフォードの再選で、ロナルドも副大統領になることが確定した。その後の就任式までの2ヶ月で高級官僚や各国の大使、国務大臣などの人事を決めなければならない。もちろん、ザックが再選したためほとんどのポストは留任ということにはなるが、論功行賞による配置換えや昇進も含めると、人事に関しては選挙期間中以上の多忙さに直面することになったのである。そのような状況のもと、ロナルドは思いがけない出来事に直面する。
「ロン、国務省から電話です。」
スタッフに受話器を渡される。
「国務省? バーニーが電話でなのか? ⋯⋯いったいどんな要件なんだろう?」
ロナルドが出るとそれは国務長官のバーニー・シュルツではなく、普通の女性職員であった。思わぬ女性の声に彼は面食らった。
「メアリーナ・アシュリーの保護者様ですね。おめでとうございます。」
という第一声から始まる。それはスフィアとアポロニアとの交換留学生にリーナが合格した、という通知であった。
「⋯⋯リーナが、なぜ?」
無論、ロナルドにとっては初耳であった。事態をすぐには飲み込めず、思わず、連絡をくれた職員に聞いてしまう。女性スタッフは一瞬、何を聞かれたのか解しきれず、無難に答えた。
「それは⋯⋯お嬢様が大変優秀な学生だったからだと思われます。」
「はあ、⋯⋯どうも、ありがとう。」
ロナルドは通話をオフにした。
[新地球暦1841年12月20日 惑星ガイア]
[スフィア時間:星暦1553年3月5日]
「リーナ、聞いておきたい事があるんだが。」
クリスマス休暇で大学から帰省した娘に、ロナルドは話を切り出した。思えば、しばらく選挙にかまけて家庭を疎かにしていた。彼はスフィアへの交換留学生の選考に合格したことを告げた。
「はい、私にも連絡がありました。帰ったらパパには早めに話そうと思っていたの。」
リーナは少し見ないうちにまた大人びて見えた。ロナルドは娘に聞いた。
「その、なぜリーナは月に行きたいのかね?」
ロナルドはリーナが『幻想月世界旅行記』の大ファンであることは知っていた。友人のフランクもロナルドの父も、そして若かりし頃はロナルド自身も好きだった。
しかし、それはあくまでも物語の中の世界だ。凜も竜騎士でも魔法使いでも無いし、スフィアも理想郷などではない。しかしリーナの瞳は希望と喜びに輝いていた。
「わたし、ティンクのおかげで、たくさんのことを学び、覚えることができるわ。だから、わたしは月でいろんなことを学びたい。そして、ガイアと月の間の架け橋になれるような仕事がしたいの。」
ロナルドには確かめたいことがあった。意を決したように父は強い語調で言った。
「パパは反対だ。月はここからあまりにも遠い。私はリーナのことが心配なんだ。」
これまで、親に強い口調で言われるとリーナは自分の意見を何一つ言い返せなくなってしまう。もちろん、それは養女である、という引け目から生じる態度であろう。しかし、ロナルドはここで言い返せないリーナのままでは心配であった。自分の意志を誰も味方がいない異郷の地でも通せるのだろうか。
「でも。」
そう言ってリーナは言葉を止めた。
「パパ、もう『一度』時間を取って、私の話を聞いてくれますか。」
しかし、そうはならなかった。というのも、リーナは毎晩のようにロナルドの書斎を訪れると なぜ自分がそうしたいのかを『何度』となく聞かせるようになった。
(まるでディベートの訓練のようだな。)
ロナルドはそう思いながらも、娘の話に耳を傾け、時折鋭い質問を挟んだ。
一方、凜はマーリンと共にブーネの持ってきた情報から短剣党について解析していた。そして、その結果は驚くべきものだった。
「これは思ったよりも根が深いですね。」
マーリンも凜も絶句した。
「どうやら、これは世間で言われているような僅か2、3年で成長した、というようなにわか仕込みの組織ではないね。用意が周到すぎる。」
凜は自分の見込みが甘かったことを認めざるを得なかった。それはアポロニアの政界・経済界・宗教界のそこかしこに根を張り巡らしており、軍にも多くのシンパを抱えていたのだ。
しかも、アポロニア一国だけのものではなかったのである。
「彼らの戦闘部隊は軍隊並みに組織されているね。しかも良く訓練されている。そして、資金も潤沢だ。さらにその流れもキレイに隠されている。これぞまさにプロの仕事だ。それに、幹部連中の言動を見るとガイアだけでなく、スフィアとフェニキアが一枚噛んでいる、というところだろう。何だか嫌な予感がするよ。」
戦慄を隠さない凜にマーリンも苦笑する。
「そうですね。この分だと、 またまたとんでもない名前が出て来そうで怖いですよね。」
確かに、あの時点でブーネを引き上げたのは迂闊だったかもしれない。しかし、リーナを助けるためには他に手がなかった。さらに言えば、ここで現実を知ったからこそ、次の手を打つ必要性を意識できた、ということは収穫であるとも言える。
「ロナルドにも情報を流さねばならないね。⋯⋯『ある程度』だけにはなってしまうと思うが。」
「ええ、国交が成立したらまず軍事機密の情報保護協定から結ばねばならないでしょうね。」
この「短剣党」が後々まで凜たちの前にたちはだかるようになることはまだ、彼らも予想だにしていなかったのである。
[新地球暦1842年1月20日 惑星ガイア]
[スフィア時間:星暦1553年4月5日]
この日、大統領の就任式が行われた。
凜とグレイスもその式典に招かれた。そして選挙協力のかねてからの見返りとして、これでしばらくは惑星防御砲の案件をロナルドに任せることができることになっていた。凛は騎士団長正装に身を固めたグレイスに囁いた。
「今回の交渉はグレイスさんのおかげで本当に助かりました。⋯⋯ところで、槍も剣も使わない『選挙』はどうでしたか?」
グレイスは凜に目もやらずに言った。
「ふむ、⋯⋯極めてわかりにくい、というか歯痒さしか感じぬな。そうであろう? 民衆は何が『正義』かではなく、何が『有利』かで自らの帰趨を決める。そして、それに振り回されるかのように、政治家どもは自分の信念も言動もころころと変わる。まるで、風見鶏のようにな。それは果たして、本当に民衆のためになるのだろうか。」
「手厳しいですね。」
マーリンが苦笑した。グレイスは続けた。
「私は正義を体現する『覚悟』と『実力』を持った者たちが自らの力量によって主張する。それこそが選挙の本質だと思う。無論、私とて民を導くなどと言う烏滸がましいことは言わぬ。それは陛下と坊主(僧職)の仕事だ。だが、為政者が民に振り回されてどうする?⋯⋯ そう思うのも、やはり私も騎士だからなのだろうな。」
「さすがはグレイスさんです。」
凜が褒める。グレイスは面白くなさそうに呟いた。
「お追蹤を言うな、トリスタン。⋯⋯それに、めんどくさそうなところはことごとく私に回し、面白そうなところはみんな卿らがやってしまったのだからな。私こそ蚊帳の外であったわ。」
グレイスはシカリオン討伐のことで、自分が蚊帳の外になってしまったことを僻んでいたのだ。
(いや、普通に考えたら逆だと思うけど。)
『戦いを嗜む』根っからの女騎士に凜もマーリンも苦笑を隠せなかった。
「大丈夫ですよ、グレイス。一番美味しいところはまだ貴女のためにとってありますから、どうぞご安心ください。」
ゼルが無表情のまま告げた。
「ゼル、そう言うのを『取り逃がした』と言うのだ。自慢どころか冗談にもならぬ。」
グレイスの口調は怒っていたが、いい終わってから彼女は口の端を上げた。
(いや、本当に厄介になるのはこれからです。)
マーリンもそう言いたかったのだが、それを口にはしなかった。
なにしろ、野党の連邦民主党にも短剣党は入りこんでいたのだ。彼らの目的は軍にある宇宙船を合法的に奪うことであった。そのために大統領をトニー・クラインにさせ、軍の指揮権を欲していたのだ。
(地球に向かうための宇宙船と地球への航路図を手に入れること。これがここ数年の彼らの行動の理由だったわけだ。無論、彼らがこのまま諦めるとは思えない。)
凜はまた新たな展開に慄然とした。敵は国内の抵抗勢力だけではないのだ。やつらとハワード、いや『ドM様』が結びついてしまったとしたら。きっとその化学反応は猛毒を生み出すことだろう。
式典はつつがなく進んで行き、やがて、ロナルドが新たな副大統領として登壇し、ザックとがっちりと握手する。観衆から拍手が巻き起こる。と、その時だった。突如警備に当たっていたはずの警官が飛び出し、拳銃を抜くとザックを襲ったのだ。
「死ね! 悪魔の手下め!」
そして、何発も発砲したのだ。パン、パン、パンと乾いた銃声がこだまする。
「ザック!」
とっさにロナルドはザックを庇うとその銃弾をもろに身体に受けてしまった。その全身を激痛が駆け巡る。
(あれ、痛い⋯⋯いや、熱い。)
ロナルドはその場に崩れ落ちた。
「パパ!」
リーナが叫んだ。
「マーリン、行くぞ。」
「ええ。」
凜はマーリンの腕を掴むと転移する。
狙撃者は即座に他の警護官によって取り押さえられた。
「ロン、しっかりするんだ。」
凜はロナルドを抱きかかえると容態を確認しようとした。被弾したその腹部からの出血がひどい、ロナルドの顔は真っ青になっていた。
「ゼル、バリさんを呼んでくれ!」
「はい、すでに召喚ずみです。出でよ、ソロモン七十二柱、序列第6位ヴァレフォール!」
ヴァレフォールは医療技術を司る有人格アプリである。その容姿は黒髪の長身の青年だが、前髪は白く、顔には大きな縫合された傷跡がある。黒い外套に黒のスーツ。そして白いドレスシャツ、ネクタイがリボンタイではなく、普通のタイにしてあるところが彼に取って『ギリギリ』の線なのだろう。読者様の時代なら著作権的にアウトである。
(くっそ、なんて格好だ。しかし、突っ込んいる時間がない。)
いつもは普通の白衣姿で現れるくせに、凜に突っ込む暇がない時ほどこう言うふざけた格好で出てくる連中なのだ。
「患者を俺に寄越せ。」
ロナルドを横たえるとヴァレフォールはロナルドの脈を確認する。凜はロナルドに声をかける。
「ロン! しっかりしろ。今、医師が治療するから。」
「まあ、『無免許』医師なんですけどね。」
涼しい顔でヴァレフォールが言う。
「おい、余計なことを言って、患者を不安にさせないでくれ。『この国では』、という大事な文言を省くんじゃねえ。」
凜は舌打ちをした。ロナルドは凜を見ると力なく微笑んだ。
「凜、……私のことを初めて『ロン』と呼んでくれたね。」
「乙女かっ!」
思わず凜も突っ込む。しかし、恐らく傷が深すぎて精神が錯乱しているのだろう。凜は危機感を深めた。
「大丈夫だ。すぐに傷を塞ぐ。」
ヴァレフォールはロナルドから流れる血から彼のゲノムを読み取り、惑星ガイアの大気中に散布されているナノマシンを使って止血し、傷口を修復する。みるみるうちに血が止まる。
「マーリン、弾丸を摘出してくれ。」
ヴァレフォールがマーリンを見上げた。
「了解です。」
マーリンが杖をかざすと体内に撃ち込まれた銃弾が浮き上がって来た。凜はそれを取った。
「恐らくもう大丈夫だろう。 」
凜は駆けつけた救急隊にロナルドを託すと立ち上がった。凜は銃弾をケビンに渡すと、再び観衆の中に戻る。
「パパ!」
リーナは駆けつけようとしたが制止されてしまい、残念ながらそうはできなかった。
「大丈夫だよリーナ。パパはもう大丈夫だ。」
リーナは凜の胸に顔を埋め、何度もありがとうと言っていた。
就任式はその後も続けられた。テロには決して屈しない、という政府の姿勢を示すためである。
[新地球暦1842年1月25日 惑星ガイア]
[スフィア時間:星暦1553年4月10日]
スフィアに帰る前、凜はマーリンとグレイスを伴い、ロナルドを見舞った。ロナルドは完全に良くなっていたのだが、どちらかと言うと過労のために2、3日安静にしているように医師に入院を勧められていたのだ。個室の病室には妻のリズとリーナもいた。ロナルドは凜を見ると起き上がった。
「ロン、そのままでいいですよ。」
凜の言葉にロナルドは首を振った。
「いや、もうとっくに傷はふさがっているからね。ホントは仮病なんだ。」
ロナルドはベッドに腰掛けた。リズがその肩にガウンをかけた。
「これから国交の正式な樹立に向けて忙しくなるだろう。党の中にもスフィアとの国交の必要性に疑問を差し挟む者もいたが、あの(暗殺未遂)事件ですっかり黙ってしまったよ。」
ロナルドは嬉しそうだった。理由を問う凜にロナルドは答える。
「あの、ヴァレフォールという有人格アプリさ。あのアプリを使えば身体の全てがゲノム通りにリセットされる。つまり、どんな病気にも効く、というわけだ。欲の深い連中が早速僕のところまで陳情に来たよ。凜を紹介してくれ、ってね。」
どの国にも利に聡い連中はいるものである。凜は半ば呆れ、半ば感心していた。
「いいえ、残念ながら遺伝子が原因の病気もありますから、なんでも即座に治る訳ではありませんけどね。ガンや外科手術には役立ちますし、これで戦死者が大幅に減ったのも間違いないですね。」
マーリンが苦笑まじりに言う。
「⋯⋯でも、ほんとうは遺伝子の『書き換え』もできるのだろう?」
ロナルドの問いに、凜は
「ええ。多少は、と言うことにしておきましょう。我が国の医療に関しては先住民のゴメル人の知恵を色々と拝借していますからね。私が所属する聖槍騎士団は医療騎士団ですから、多少のお力添えはできると思いますよ。」
凜の答えにロナルドは満面の笑みをたたえる。
「ありがとう、凜。選挙では大いに助かったよ。そして、いつもリーナを守ってくれて感謝している。あの子はティンクを受け入れてからすっかり引っ込み思案なおとなしい子になってしまった。でも凜、キミのおかげでどんどん自分の意見を言えるようなって来た。私はそれが嬉しくて⋯⋯そして、寂しかった。そして、リーナはスフィアへの留学生候補に合格したんだ。⋯⋯でも、私は悩んでいる。この子を月に送り出してしまっていいものかどうか。もしかして、ロバートが生まれて用済みになった、なんてこの子に思われやしないかどうか。」
「パパ!」
リーナがロナルドに抱きつく。
「パパ、愛しているわ。そしてとても感謝しているの。パパは私に新しい世界への鍵をくれたわ。だから私はスフィアで一生懸命頑張って、一生懸命勉強してパパの役に立ちたいの。だからスフィアへ行きたいの。追い出されたなんて絶対に思ったりしない。
私、お兄ちゃんと接して解ったの。ガイアの技術なんて、とっくのむかしにスフィアに抜かされているわ。だから、あのテロリストたちもお兄ちゃんには全然歯が立たなかった。
だから私が出来る限り勉強する。きっとそれはパパの役にも、この国にも、そしてこの惑星の役にたつと思うから。」
娘の言葉にロナルドも目を細めた。
「もちろん、解っているよリーナ。キミが僕とリズに感謝してくれていることも、ロビーに優しくしてくれていることも、一生懸命頑張ってくれていることも。
だけど、僕のリクエストは違うんだ。キミにはもっと自由に生きて欲しい。僕は自分の役に立てるためにキミを娘にしたんじゃない。⋯⋯僕はキミと初めて出会った時にピンと来たんだ。きっと僕たちとこの子とはどこかで縁があったに違いない。僕とキミは血は繋がっていないけど、もっともっと深いところで、そしてもっともっと強い絆で、リーナは僕たちと結ばれた娘に間違いないんだ。
この気持ちは僕だけじゃない、リズも一緒だ。僕たちは家族になるべくしてなったんだよ。」
ロナルドとリズ、そしてリーナは抱き合う。
「⋯⋯だから、リーナ。月に行きなさい。そして⋯⋯できれば今パパがどうして助かったのか、勉強して来て欲しい。この技術はガイアにはまだ無いものだから。」
「⋯⋯ありがとう、パパ。私、頑張ってくるから!」
しかし、リーナの出国には少なからず反対があった。それは彼女の中に有人格アプリであるティンカーベルがおり、そして国家機密たる宇宙航路図があったからである。しかし、国交の交渉の過程で、有人格アプリに関する研究に留学生を受け入れることと、宇宙航路図の写しをリーナがスフィアにいる間貸与する、と言う条件で認められたのである。
こうして、リーナのスフィアへの、聖槍騎士団への留学が認められたのである。リーナには護衛として戦闘用傀儡がつけられた。リーナはそれに「ラ・クリマ・クリスティ」と名付けた。もちろん、その由来は「幻月」の竜騎士リンドブルムの愛刀からである。長いので、みんなには「クリス」と呼ばれるようになる。
「霊剣『ラ・クリマ・クリスティ』はワイバーンとの戦いで折れてしましましたけど。本当にこの名前で良かったのでしょうか?縁起がいいとは思えません。」
ティンカーベルの問いにリーナは笑った。
「あなたが縁起なんて言うとは思わなかったわ。いいのよ。リンが使うのをやめてしまったから、私が代わりに使うのよ。とても素敵な名前なのに、もったいないわ。」
同じ頃、短剣党はアポロニアの西海岸に面した国内第二の都市ゴールドラッシュに新たなアジトを構えていた。そこは「原理派」と呼ばれる地球教の一派の本部であり、巨大教会の付属施設であった。
そこにはボランティアで宗教活動に勤しむ若者たちが住んでおり、身を隠すにはうってつけであった。
「ルイ、ラッセン牧師がお呼びです。」
フランソワにそう告げられたルイは、懺悔室に入る。
「大幹部『栄光』⋯⋯じゃなかった、牧師ラッセン。御用向きは何でしょうか?」
ルイのボケに『栄光』は苦笑する。
「ルイ、出張だ。それも長期でな。」
「どこへ?」
ルイはホッとしていた。せっかく得たリーナをみすみす凜に奪われてしまった。心にぽっかり空いた穴を埋めるために、任務を欲していたのだ。
「月だ。そこでとある騎士団に入ってもらう。やってくれるな。」
『栄光』の指令は予想外のものであった。そしてそれは、ルイの心を踊らせる。
「はい、ご命令とあれば。」
「詳細は『美』⋯⋯じゃなかった、牧師レンブラントから聞いてくれ。まずは小衛星基地へ行く準備をしてくれ。スフィアに潜入する前にやることも多いからな。」
これでまたリーナを取り戻す機会に巡り会えるだろう。懺悔室から出たルイの足取りは軽かった。
[スフィア時間:星暦1553年5月5日]
「で、そのリーナって子、うちの旅団で預かることになったの?」
ビアンカが凜に尋ねた。カフェ・ド・シュバリエで、歓迎会を兼ねて一同と顔を合わせることになっていたのだ。
「うん。本人と親御さんのたっての希望でね。今日、団長の透さんが宇宙港まで迎えに行ってるよ。そろそろここに着くんじゃないかな。」
凜が答えるとリックがビアンカをからかう。
「おやおや、またまたライバルが増えちゃいますね。心配ですか? アン。」
ビアンカが笑う。
「いやいや、相手は12歳ですよ。まだまだライバルとはいわないでしょ。きっと由布子とどっこいどっこいくらいじゃない?ここはお姉さんの貫禄と余裕をばーんと見せちゃうんだから。」
その時 、ドアが開く。ドアに付けられた鐘がカランカラン、と音を立てた。
「よお、みんなお待たせ。」
透さんが入ってくる。
「どうしたの? みんないい奴らだから心配ないよ。」
どうやらリーナは恥ずかしがっているようだ。ナディンさんが大丈夫よ、と励ましている。
「なんだよ。遠慮すんなよ。高級レストランじゃあるまいし。こんなボロい店なんだから遠慮なんて無用、無用!」
リックが迎えに行く。
「おいリック、ここは俺の城だ。ボロいとか言うな。」
店主のヘンリーは不愉快そうに甥っ子に言う。
リックがドアまで行くと、マリオネットがにゅっと入ってくる。2mを超える大きさにリックは驚いて尻餅をついた。
「うわ、なんじゃこりゃ?」
「リック、それがガイアの戦闘用傀儡です。現地では単純に機体と呼んでいます。」
ゼルの説明に、
「そうか、こいつで戦うのか」
リックは目を丸くする。
「あの⋯⋯。」
皆が『クリス』に気を取られている間に、リーナもすでに店に入って来ていた。リーナは白いレースのワンピースを着ていて、手には革製のスーツケースを持っていた。
つばの広い帽子を取ると彼女の長い赤毛の髪が現れる。彼女は頭を深々と下げた。
「紹介しよう、この子がメアリーナ・アシュリー。今日から君たちの旅団に参加してくれる新顔だ。彼女は日中は妻の研究室で医学を学ぶ留学生だ。なんと、国費留学生だぞ。お前らより歳は若いがオツムの出来は半端ないからな。」
透さんの紹介にリーナは顔を上げる。
「え?」
ビアンカもメグも、そしてロゼもリーナのプロポーションに目が釘付けになる。
「確か12歳、⋯⋯って言ってたよね。」
「うむ。そう聞いたはずだが。」
「うわあ、ボーーーン、キュ、ボンやでえ。」
三人娘は顔を見合わせた。
「こりゃ凄い。」
ヘンリーはそう言ってから咳払いをした。
リックとトムが生唾を飲み込む。
「 メアリーナ・アシュリーです。リーナと呼んでください。今日からこの騎士団で、またこの旅団でお世話になります。よろしくお願いします。」
リーナは視線の先に凜を見つけると緊張した表情を崩し、あどけない笑顔を見せた。
「お兄ちゃん!」
リーナは嬉しそうに凜に飛びついた。
「良く来たね、リーナ。」
凜もリーナを抱きとめて頭を撫でる。リーナは目を瞑り幸せそうな表情を見せた。
「な⋯⋯⋯⋯!!!!!」
メグとアン、そしてロゼは息を呑む。
(あの巨乳であのあどけなさ。12歳だけど12歳だけど12歳だけど⋯⋯⋯)
アンの手がワナワナと震える。
(嫉妬しちゃだめだ、嫉妬しちゃダメだ。嫉妬しちゃダメだ。⋯⋯⋯⋯)
メグも小刻みに身体を震わせる。
(アカン、あれは反則や。あんな立派な⋯⋯いや、危険な乳つけよってからに、……イチコロにならん男はおらんがな。)
ロゼの身体に衝撃が突き抜ける。
「それでアン、お姉さんの余裕と貫禄は⋯⋯?」
リックがイジワルそうに聞いた。
「だめえええ。やっぱり、だめええ。」
アンも凜に飛びついた。
「『張り』だけは負けへん⋯⋯はずや!いや、負けられへん戦いがここにあるんや!」
ロゼも即参戦する。
「やせがまんは毒だぞ、……メグ。」
透さんに心を見透かされてメグはキッと透さんを睨みつける。
「よ⋯⋯よろしい。ならば私も参戦だ!」
「ちょっと⋯⋯メグまで。」
凜は4人に押しつぶされる格好になる。
「面白そう。凜、わたしもわたしも!」
さらに父親について来た由布子=アンリエッタも乗っかる。 もはや、ただの『おしくらまんじゅう』であった。
「⋯⋯リア充め。」
リックが恨めしそうに舌打ちをする。やれやれといった感でヘンリーが首をすくめた。
「さあ、リック、トム。歓迎会の料理、出すぞ。」
「へいへい。」
ヘンリーの言葉に男子二人は厨房へと向かった。
リーナの『月世界旅行記』はここから始まる。竜騎士と精霊と、そして愉快な仲間たちとの一緒の旅が始まるのだ。抜けるような夕刻の空に浮かぶ「月」は青い光をたたえていた。
これにて第5章:「理不尽な絆―『月の王子と少女の秘密』編」(ガイア編)は終了です。アメリカをモデルにアポロニアを書いたのですが、アメフトに手を出して失敗しました。まだ野球かバスケの方が良かったかも。
さて、ここに突然ロゼが団員になっていることに驚いたあなた。第6章でその謎?が明らかに。
第6章:「理不尽な拳―『レースと涙と男と女』編」(フェニキア編)が始まります。ロゼの故郷、フェニキア植民都市エウロペⅠ。そこで繰り広げられる宇宙船レース「アポロニア・グランプリ」。それに巻き込まれてしまう凜たち。(アポロンはスフィアとガイアを照らす恒星です。みんな太陽と呼んでいますが。)
「チキチキマ●ン猛レース」と「頭●字D」をネタに、笑いあり涙ありのレースと人間模様が。レースとバトルが一体になった「なんでもあり」のレースなのです。中盤最後の章になり、これが終わるとやっと選挙大戦へと行くわけです。
お知らせ。仕事の関係で金曜日のお昼に投稿をお引越しします。今後ともよろしくお願いいたします。ランチのお供に是非!
「第63話:ネコ耳すぎる、挑戦者。」は6月16日(金)です。ぜひ、ブクマのほどをよろしくお願いします。




