第48話: 小さすぎる、貴婦人。
連日投稿でやんす。今日は3連休最終日。お墓参りなんて方も多いかもしれませんね。
お疲れさまでした。
事件は会議室で起こってんじゃねえ的展開でやんす。
[新地球暦1839年6月23日 惑星ガイア]
[スフィア時間:星暦1550年9月8日]
リーナに弟のロバートが生まれた頃の話である。
「パパ、そのボール、なあに?」
フットボールの楕円の球をロンが握っていたのだ。
「ああ、これはパパが子供のころ、パパのパパとキャッチボールしていた思い出のボールさ。男の子が生まれたら、これでキャッチボールするのが、パパの夢、だったんだ。」
別に男系至上主義の世界では無いガイアだが、「男は名を繋ぎ、女は命を繋ぐ」というように名家になると男の子が望まれるのは不思議ではなかった。
「パパ。ロバートが生まれてくれて、本当によかったね。」
リーナは不意にロンに言った。
「あ、いや。そういう意味じゃ無いんだ。もちろん、リーナが私の娘で私は誇らしいよ。君のこともとても愛しているよ。リーナ。」
ロンは慌ててリーナを抱き上げると頬にキスをした。
(でも、ロバートが生まれたから、もう私は1番ではないんだろうな。)
リーナの中に弟への嫉妬はなかった。リーナにとっても可愛い弟である。でも、ただ単純に淋しい、という感情が湧き上がった。家族で血の繋がりが無いのは私だけなのだ、という事実に気持ちが押し潰されそうになっていた。
「ここは?」
リーナが目を開けると、そこは見知らぬ天井であった。
「そうか、わたし、攫われたんだ。」
彼女がうす暗い部屋を見回す。隣に母のリズがいた。リーナは母にそっと手を触れる。母がその手をにぎりかえしてくれた。
(良かった。ママも無事だったんだ。)
リーナは目に涙が溢れていることに気づく。そして、それが先ほど夢に見た2年も前の出来事のせいであったことに思い当たった。
(2年も経っているのに。まだ、私、こだわっているんだ。でも、お兄ちゃんは違う。必ず私に会いに来る、って約束してくれた。だから、絶対に助けに来てくれる。)
リーナはもう一度床に転がった。今度は体力を温存させるために。
短剣党、と見られるテロリストに誘拐された要人、およびその家族は7人だった。
あの高級住宅街に住んでいた3つの屋敷から無作為で誘拐されたのだ。
アポロニア連邦最高裁判所判事ジェフリー・パットン・ギュンター。そして妻のアマンダ。
ガラテア州選出の上院議員ロナルド・カーター・アシュリーの妻エリザベス、および娘のメアリーナ。
大企業マックイーン・マテリアルのCEOアレックス・ジェイコブスと孫のジャスティン・クリーブランド。そしてそこに偶然遊びに来ていたジャスティンの友人で同企業COOロイド・ウイリアムスの孫娘、フィリス・アン・ウイリアムスであった。
ナベリウスはこれら出回るはずのない情報をすでに獲得していたのである。
「マジかよ。100点満点じゃん。」
ケビンはその能力に驚きを隠せなかった。
「ナベちゃんは優秀だね。こんな極秘情報をたった2、3時間で集めてしまうなんて。⋯⋯どう? 連邦捜査機関に来ない?」
「驚く必要などありません。これがスフィアであれば5分とかからない仕事です。褒められるには値しません。」
つらっと答えるナベリウスにケビンはウインクした。
そして、シカリオンが犯行声明を出した。サングラスをかけたままの装いで、「代弁者」と目される、コードネーム、「理解」といわれる大幹部の一人である。
彼は誘拐された7人を紹介し、彼らが極めて『紳士的』に扱われていることを述べ、最後までそう扱われるかどうかは政府の対応如何である、と警告した。
そして、彼はメテオ・インパクトの危険性をハッキリと述べ、政府の情報隠蔽と偽の情報を流して国民を欺いている、と非難した。
さらに、全市民が一時的に星系外に避難することと、それには宇宙船が必要であること、それを得るために戦わねばならないことを主張したのだ。
それで、すべての「捕鯨」船はその採掘活動を止めて避難船として活用すること、宇宙船の高度な技術を持つスフィアに軍事行動を起こしてその技術を供出させることを要求した。
その手始めとして、スフィアの空母フォルネウスを引き渡すよう求めたのだ。求めに応じないなら人質を殺すであろう、ということであった。そして、彼らが避難先として挙げていたのが「地球」であった。
「どう思う?」
ケビンは凜に感想を求める。
「そうですね、ルネを取られたら僕はどうやってスフィアに帰るんでしょうかね?」
凜は嘆いて見せた。
「馬鹿げている。あいつらクスリのやり過ぎに決まっている。頭がおかしい。」
今回の誘拐事件の捜査本部長であるマーティン・シュローダーはどなり散らした。
凜は地方警察の会議室に作られた捜査本部にケビンとともに詰めていたのだ。
「でも彼らの狙いは悪くないですね。ルネなら地球までピストン輸送ならなんとか間に合いそうですからね。まあ、惑星一つ分のお金持ちくらいは。」
マーリンは涼しい顔で言った。
「じゃあ、スフィアはどうなるんだよ?」
凜が苦笑する。
「そんなこと言ったってなあ。いったいその地球とだれが話をつけるの? 地球で俺たちの人権は保証されているのか?だいたい、そんなことしたらスフィアと戦争になる。そして、それは2日3日で終わるもんじゃない。戦争にうつつを抜かしている間に、俺たちはジ・エンドだ。机上の空論も甚だしい。話にならん。」
ケビンが吐き棄てるように言う。
そいて困ったことに、インターネットでは彼らに迎合する書き込みも見られるようになった。シカリオンは若者、とりわけ既得権益の蚊帳の外にいる連中の耳に心地よいことを言っているのだ。
「こんなプロパガンダに踊らされて、やつらの戦闘員にでもなるヤツがゴロゴロと出るんだろうな。やれやれ。」
[新地球暦1839年6月25日 惑星ガイア]
[スフィア時間:星暦1550年9月10日]
さらに2日後、再び画面に現れた「理解」はシカリオンの精神的支柱と言われる地球教の「原理派」の僧職者ニコラウス・ボッティチェリの解放を要求リストに加わえた。
彼はいわゆる「地球帰還派」ともいわれる原理主義者で、魂が地球に帰るのではなく、肉体が帰るべきである、という教理を主張し、そのための宇宙船を奪取すべきだ、と信徒たちを煽ってきたのである。
それを体現すべくシカリオンが結成されたのだ、と言われている。
「凜、この要求をお前さんはどう見る?」
ケビンが尋ねる。
「実は、彼らにとってこの釈放こそが本命で、これを安易だと感じさせるための素っ頓狂な要求をこれまでしているのかどうか、ということですか?」
「そうだ。」
凜は少し考えてから、
「それもあるでしょう。ただ、これはチャンスかもしれませんね。私に考えがあります。」
「おいおい、一つ譲歩したら土足で5、6歩踏み込んでくるような連中だぞ。安請け合いは怪我のモトだ。」
ケビンだけではなく、本部長のマーティンも反対する。
「とりあえず、人質交換ということにすればいいでしょう。」
凜は説明を続ける。
「おそらく合計7人の人質は、一箇所にではなく最低三箇所か、それ以上に分けられて監禁されているものと思われます。三箇所同時に人質の奪還作戦をかけることは困難です。少なくとも、子供たちは釈放してもらいましょう。失敗なぞしたら幹部はそう失職ものです。そして、こちらの提案に対する反応によって彼らの目論見や組織の規模、背後関係などが見えてくるかもしれません。」
本部長は反対していたが、凜がニコラウスに「聲」を仕込む、ということを知ると渋々承諾した。「渋々」というのは、彼らにはそのような技術はなく、捜査の主導権を凜に握られることを恐れたのである。
無論、彼らもガイアでは最新式の極微小な盗聴器をニコラウスにしかけた。
[新地球暦1839年6月27日 惑星ガイア]
[スフィア時間:星暦1550年9月12日]
シカリオンによって指定された街で、警察はニコラウス・ボッティチェリ師を釈放した。しばらく街を泳がせていると、彼は光学迷彩を施された飛空艇によって回収されると姿を消してしまった。警察も町中に警戒線を張っていたものの、重力リフトで音もなく持ち上げられてしまっては手も足もでなかった。
そして、翌日アポロニア大陸西岸の大都市ゴールドラッシュ市の市街で人質の二人の子供たちが保護された。ジャスティン・クリーブランドとフィリス・アン・ウイリアムスであった。
リーナが釈放されなかった理由について、「理解」はリーナ自身が母親と引き離されることを拒んだことと、警察の卑怯なやり口の結果である、と述べた。
実際にニコラウスにつけられた盗聴器は発信することなく終わったのだ。
「畜生!ばれていたのか。」
本部長のシュローダーもほぞを噛んだ。
「まあ、聲の囮ぐらいの役には立ちましたね。」
マーリンは何気なく言ったのだが、周囲にはかなりの皮肉と聞こえたに違いなかった。
「おかげさまで、こちらの方は気づかれずに済みました。」
会議室のスクリーンに凜のモニターが写された。そこにはゼルが現れる。
「凜、この娘は?」
ケビンが尋ねる。
(こいつ、ナード(オタク)かなぁ、なんでかんで美少女ばかりだ。)
「わたしの名はアザゼル。ゴメルの知恵の実を司る4人の巫女の一人です。聲はヌーゼリアル王家に伝わる秘術ですが、私たちはそれをアレンジして使っています。」
その後、ニコラウスの目線の映像がモニターに現れた。会議室を安堵の空気と共に、凜の反応に注意が集中する。
「その⋯⋯」
シュローダーが口ごもる。プライドが彼の言葉を押しとどめていた。
「たまにはスフィア製もやるもんでしょう?」
凜が助け船を出す。今回はマーリンが突き放し、凜がフォローするといういつもとは反対の形になりそうであった。
ほっとした空気が会議室を流れた。
「そして、これからどうなるんだ?」
ケビンが立ち上がると説明を始める。
「ええ、今回、トリスタン卿の作戦はこうです。聲を使ってこのニコラウスに本部の通信回線に接触させます。そこに有人格アプリ『ブーネ』を送りこみます。そうすれば、ネットワークを通してすべての人質の監禁先を突き止めることができるでしょう。」
「ブーネ?」
シュローダーは聞き返す。モニターのアザゼルの横にキャップを被った半ズボンの少年が現れる。ゼルが紹介する。
「『ソロモン七十二柱』序列第26位ブーネです。彼は拠点制圧型アプリという性格を持っており、ハッキングを通してホストコンピュータを制圧、突入チームの援護をします。ブーちゃん、ご挨拶は?」
「ぶーちゃん」と呼ばれ、ブーネは明らかに嫌そうな顔をする。
「ブーちゃんと呼ぶな。」
ブーネはキャップを取ると会釈をする。
「ボクのことは『ミスターB』とでも呼んでくれ。今回、拠点制圧のプロであるボクがわざわざ出張ってきたんで、みんな大船に乗ったつもりで戦ってくれ。」
(惜しい、眷属語なら「ブーネ」だけに「大船」だったのにね。)
ゼルがほくそ笑む。
ニコラウスは飛空艇で自分にあてがわれた部屋に入ると、酒を飲み始めた。そして、ポルノ雑誌を読み始める。
「おいおい、とんだ生臭坊主だな。」
カンファレンス・ルームを失笑が包んだ。ただ、ニコラウスに『聲』が仕込まれていることを全く気づかれていない、という証左でもある。
その間にも、様々な部署から情報が上がってきており、その分析や対処にも追われた。1時間後、飛空艇はいずこへかと着陸し、ニコラウスも飛空艇を降りた。
その後もニコラウスの「生臭坊主」ぶりは健在で、自分の部屋でシャワーを浴びると、最初に自室に呼びつけたのは娼婦であった。たっぷりと情事を楽しんだ後、ふたたびシャワーを浴びるとバスローブに身を包み、ソファに座ると葉巻をくゆらせ、高級ブランデーを楽しむ。
「惜しいな、あと長毛種の白い猫でもいたら、完全に悪の親玉だったのに。」
ケビンが悔しがった。
そして、もう一度ニコラウスが電話の受話器を取る。ここでブーネが行動を開始した。ニコラウスを経由して電話からシステム内部にもぐりこんだのだ。
「これでしばらくはお下劣な映像を見なくても済む、というわけだ。」
ケビンがやれやれ、と言いたげに両手を開き、首をすくめた。
「もっとも、つぎは人質奪還に向けた準備をしなければなりませんよ。」
凜がケビンにいう。
「それなんだが。今回、強襲チームをお宅の飛空艇で運んでもらうということになったが、代理人閣下には突入には参加しないでいただきたい。」
シュローダーが唐突に言い出す。
「ここは我々の国だ。我々の同胞は我々が救わねばらないのだ。あなたが治外法権者なのだから、この事件にも首を突っ込まない(ノータッチ)でいただきたい。」
凜は少し考えてから、
「わかりました。ただ、人質が3か所に分けられて監禁されている場合、わたしはリーナを救出するチームを運ぶことでよろしいですか?」
これが凜の要求の最低ラインであった。リーナの所在の座標さえつかんでしまえば、あとは転移陣を使えばいいだけのことだからだ。
やがて、ブーネから連絡が来る。予想通り3か所に分けて監禁されており、しかも本部や支部、といった自前の施設ではないことも明らかになった。そして、現在彼らがいる場所も、本部ではない、ということも明らかになった。
「意外に賢い、というよりは思ったより組織の規模が大きい、といえるだろうな。あちらさんは、こっちの力量を図るつもりなんだろうか?」
ケビンが感心したように言った。
「まあ、どちらかといえば、『蜥蜴の尻尾切』かもしれませんよ。少なくても精神的支柱であるニコラウス師は奪還したことですしね。」
凜が推測する・
「では、とりあえず同時に作戦をスタートさせましょう。時計をあわせますよ。」
凜がいつもの癖で、つい仕切ってしまうとシュローダーは咳払いをする。
作戦決行は翌未明の午前4時と決まった。
凛とマーリンは強襲降撃艇ヴェパールと共に大陸西海岸にある大都市、ゴールドラッシュ市郊外にある富裕層の住宅街の一角の売り家にターゲットを定める。これがリーナと母のエリザベスが監禁されている座標なのである。
[新地球暦1839年6月29日 惑星ガイア]
[スフィア時間:星暦1550年9月14日]
「わたしはもう要らなくなった子どもなのではないだろうか?」
リーナはいつも不安だった。もちろん、実子のロバートがうまれたとはいえ、あの事件の時に体を張って両親をたすけてくれたリーナを邪険にするはずはなかったのである。
しかし、その態度がますますリーナを精神的に追い込んでいったのだ。彼女はティンクを受け入れた時に生じた大脳皮質の変質のため、性格が内向的になってしまったのである。また、孤児院時代の記憶をほとんど失ってしまっていた。そのため、彼女はすっかり自信を失い、極度に人に嫌われることを恐れ、引っ込み思案になっていった。のである。彼女が唯一生き生きとできるのは読書をしている時であり、とりわけ、スフィアに関する物語は彼女の心を羽ばたかせるものだったのである。
そして、彼女の前に現れたのが、「月の王子様」だったのだ。
リーナは、凜が会いに来る、と約束したその日の正午、突然賊に襲われたのである。家族やスタッフたちと共に教会での礼拝に参列し、帰宅した直後のことであった。
「お兄ちゃんが助けに来てくれる。」
それがリーナの確信の全てだった。
リーナが監禁された部屋は薄暗い客室で、光が漏れないように分厚い遮光カーテンが入れられ、目張りもされていた。手は自由だったが、両足首に手錠をかけられていた。
リーナだけ解放される、と知らされた時、リーナはそれをきっぱりと断ったのだ。
「私はママと一緒でないと帰りません。」
エリザベスは
「リーナ、何を言っているの? あなた正気なの?」
そう言ったがリーナは頑なだった
「ねえ、ママ。私、あの人たちを信用出来ない。解放すると見せかけて、私を別の場所へ移すだけかもしれないもの。それよりも、お兄ちゃんを信じてる。だって、会いに来る、って約束したもの。」
「なぜ、それほどまでにお兄ちゃんを信じられるの?」
エリザベスはリーナに尋ねた。
「だって、それが騎士ですもの。騎士は貴婦人との約束は、法に次いで 守られるべきもので王の命令より上なの。だから、私は決めたの。騎士に約束を守ってもらえる貴婦人になる。だから、子供でいることはもう、止めたの。」
その時だった。ティンカーベルがリーナに囁きかける。
「ママ、お兄ちゃんが来るわ。」
次回、凜とマーリンの活躍が!投稿はたぶん日曜日。きっと日曜日。ではまた。第49話:あざやかすぎる、お子様。




